人間の知能にはいくつかの分類方法がありますが、その中でも流動性知能と結晶性知能という分類の仕方は、高齢期の認知機能、知的能力を考えるうえで非常に有用だと考えられています。
それでは流動性知能・結晶性知能とはいったいどのようなものなのでしょうか。その特徴を具体例でわかりやすく解説していきます。
目次
流動性知能・結晶性知能とは
人間の知能に関する研究は古く、一言で知能といってもその機能や働き、特徴などによって様々な分類がなされてきました。
そして、1963年、キャッテルという心理学者によって流動性知能及び結晶性知能という分類が提唱されたのです。
知能理論の提唱
それまでの知能研究ではスピアマンやサーストンという学者がそれぞれの知能理論を提唱し、対立していました。
スピアマンの知能理論
二因子説を提唱。
人間の知能はすべての知的活動に共通して作用する一般因子と知的活動それぞれに働く特殊因子の2因子から人間の知能が構成されていると考えました。
この説によれば、全ての課題に共通する一般因子を測定することによって知的能力の個人差を比較することができるとされます。
サーストンの知能理論
多因子説を提唱。
スピアマンの提唱した二因子論に異を唱え、知能は「知覚・言語・記憶・空間・推理・語の流暢さ」の7つの因子から構成されていると考えました。
キャッテルによる知能の分類
このようにキャッテルの知能理論提唱までの1940年代はスピアマンの提唱した一般因子の存在について議論がなされていました。
そして、スピアマンのもとで大学院生として認知機能に関する研究を行っていたキャッテルは、一般因子をさらに分類したのです。
こうして抽出されたものが流動性知能と結晶性知能の2つの因子です。
流動性知能・結晶性知能の特徴と具体例
それでは、流動性知能と結晶性知能にはどのような特徴があるのでしょうか。
具体例を挙げながらわかりやすく解説していきます。
流動性知能とは
流動性知能とはいわゆる「頭の回転の速さ」や「地頭の良さ」などその人本来の頭の良さを表す知的能力です。
この能力はこれまでに遭遇したことのない状況で、既存の知識では解決できない問題を解決する能力のことであり、記憶や計算、図形、推理などの問題から測定することができます。
流動性知能の特徴
流動性知能には次のような特徴があるとされています。
【流動性知能の特徴】
- 文化や教育の影響を比較的受けにくい
- 個人の能力のピークは10代後半から20代前半くらいまでの早期に現れる
- 老化に伴う能力の衰退が著しい
流動性知能は既存の知識に頼らず、新しい状況でも思考をすることで適応するために役立つ知的能力です。
そのため、一見すると、これまで習ったことのない図形の問題を解決するひらめきであったり、新しい事業を立ち上げるアイデアなどは流動性知能に依存した能力であるといえるでしょう。
このように、流動性知能とは抽象的な思考であったり、計算を行うときなどに発揮される知的能力なのです。
結晶性知能とは
結晶性知能とは、これまでの経験と近い状況で、獲得した知識を用いて問題を解決する知的能力であるとされています。
主に語彙や一般の知識のテストによって測定することができるとされています。
結晶性知能の特徴
結晶性知能には次のような特徴があるとされています。
【結晶性知能の特徴】
- 文化や教育の影響を強く受ける
- 能力のピークに達する時期が遅い
- 老化による衰退は緩やか
結晶性知能は、それまでの人生経験などから形成される知的機能です。
そのため、若いころにわからないことを年長者が知っていたり、判断できることなどは結晶性知能に依存していると考えられます。
例えば、結婚式でのご祝儀にどれくらいを包むのが妥当なのかということは、若いころは多くの方がわからないはずです。そこで、母親などに相談すると、妥当な金額を判断し教えてくれるでしょう。
このような年の功ともいえる判断能力は結晶性知能によるものであり、年をとっても衰えにくいものなのです。
高齢期の知能の特徴
高齢期に入ると認知症が社会的問題となるように、知的機能は衰えを見せます。
しかし、先述したように結晶性知能は加齢による影響を受けにくく、年を取ってからでも発達する知的能力であることが知られています。
これに対し、問題となるのが流動性知能です。
流動性知能のピークは10代後半から20代であるとされており、高齢期では特に衰退が著しくなるものであるとされています。
いったいなぜなのでしょうか。
ワーキングメモリと流動性知能
現在、流動性知能の大部分を説明することのできる認知機能として大きな注目を集めているのがワーキングメモリです。ワーキングメモリとは、人間の記憶の1つです。
ワーキングメモリの機能
大きく人間の記憶は半永久的に記憶される長期記憶と、ごく短時間だけ記憶しておくことのできる短期記憶の2つに分けることできます。
そして、この短期記憶は、認知的活動を行うための作業場として用いられるために、ワーキングメモリとしての性質も持ち合わせていることが指摘されているのです。
例えば、私たちがこれまでに電話したことのない番号に電話をかけようとするとき、少しの間これからかけようとする電話番号を記憶しておかなければ電話番号をプッシュできないはずです。
このように、ワーキングメモリは思考や行動における認知的作業を行う一時的な場所としての機能を持っています。
流動性知能とワーキングメモリの関連
ワーキングメモリは、次のような要因が流動性知能と強く関連していることが指摘されています。
【ワーキングメモリの機能】
- 注意制御:目標行動に注意を焦点化し、不要な情報を無視する能力
- 容量:ワーキングメモリに一度にしまっておける情報量
- 二次記憶の検索効率:長期記憶から上手に必要な情報を持ち出す・思い出す能力
例えば、年を取ることでよく見られる現象に「物忘れ」が挙げられます。昔有名だったアーティストの名前が出てこないなどの現象は年を取るほどに多くなるでしょう。
これは記憶の能力が低下していることを表しており、ワーキングメモリの機能も例外なく低下してしまうと考えられます。
そのため、流動性知能に大きな影響を与える「注意制御」・「容量」・「二次記憶の検索効率」の機能も低下してしまうために、流動性知能も加齢、特に高齢期になると著しく低下してしまうと考えられているのです。
流動性知能の低下を防ぐ方法
このような背景から、高齢期における流動性知能の低下をどのようにして防ぐのかということが大きな課題となっています。
中島ら(2009)は日常的な活動において、モノづくりなどの創造的活動のような社会参加する活動や新しい人々と出会う活動が高齢者の流動性知能の低下を防ぎ、改善していくために有効であるということが示されています。
また、ワーキングメモリが流動性知能に大きく関与していることから、ワーキングメモリをトレーニングすることも流動性知能の低下防止に有効であると考えられています。
ワーキングメモリのトレーニングには大きく次の2種類があるとされます。
【ワーキングメモリトレーニングの種類】
- ストラテジートレーニング:ワーキングメモリに記憶する方略をトレーニングする
- コアトレーニング:ワーキングメモリの容量そのものを高めるトレーニング
ストラテジートレーニング
ストラテジートレーニングは複数の単語を記憶する際にストーリーや視覚イメージを用いて効率的に記憶ができるようにする方略のことであり、効率的な記憶を行おうとするものです。
ワーキングメモリの容量の単位はチャンクと呼ばれる意味のあるまとまりで数えられ、ストーリーなどを活用することでチャンクの数を節約し、効率的に記憶を行おうとします。
しかし、このトレーニングではワーキングメモリ自体の機能や容量は改善しません。
コアトレーニング
対して、コアトレーニングはワーキングメモリ課題を繰り返し行うことで記憶容量を改善しようとする試みです。
流動性知能にかかわるワーキングメモリの機能としては注意制御・二次記憶の検索に加え、ワーキングメモリ自体の容量が挙げられます。
そのため、ワーキングメモリの容量自体を改善するコアトレーニングの実践によって高齢期の流動性知能低下を防ぐことができる可能性があるのです。
流動性知能・結晶性知能について学べる本
流動性知能・結晶性知能について学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
パーソナリティ・知能 (キーワード心理学シリーズ)
結晶性知能・流動性知能はその名にもあるように、知能の1つです。それでは、この知能とはいったいどのようなものなのでしょうか。
それがきちんと理解できていなければ、効率的に流動性知能・結晶性知能について学ぶことは難しいでしょう。
ぜひ、本書から知能とはどのようなもので、人間の心理的機能にどのように影響するものであるのかを学びましょう。
変化を好む脳好まない脳―流動性知能を鍛える
結晶性知能は経験によって向上し、年を重ねるほど高まっていくといわれています。これに対し、流動性知能は若いうちにピークを迎え、その後衰退していってしまうのです。
それではどのようにすれば流動性知能の低下を抑え、向上させることができるのでしょうか。
ぜひ本書から流動性知能を鍛えるための方法について学びましょう。
高齢期をよりよく迎えるために
後期高齢化が予想されるこれからの社会において、高齢期をよりよく過ごすことが大きな課題となっています。
そのため、高齢期になっても向上していく結晶性知能に加え、流動性知能をいかに衰えさせず過ごすのかは老年期の生活の質にもつながってくるはずです。
ぜひこれからも結晶性知能・流動性知能について詳しく学び、高齢期をよりよく過ごすための方法について考えていきましょう。
【参考文献】
- 三好一英・服部環(2010)『海外における知能研究とCHC理論』筑波大学心理学研究 筑波大学心理学研究編集委員会 編 (40) 1-7
- 坪見 博之・齊藤智・苧阪満里子・苧阪直行(2019)『ワーキングメモリトレーニングと流動性知能』心理学研究 90 (3), 308-326