本記事では、スイスの発達心理学者、ピアジェ(Piaget,Jean)について解説します。
はじめに、ピアジェという人物を紹介するために、ピアジェの経歴や著書を見ていきます。次に、ピアジェの主要な業績として、認知発達理論などを説明します。最後に、ピアジェについてより詳しく学べる本を2冊ほど紹介します。
目次
ジャン・ピアジェとはどのような人物か
最初に、ピアジェと言う人物について知るために、ピアジェの簡単な経歴や主要な著書を見ていきましょう。
ピアジェの経歴
ピアジェは、スイスのヌーシャテルで生まれた発達心理学者です。1896年に生まれ、10歳の時に既に白スズメに関する論文を発表しています。1918年にヌーシャテル大学にて、軟体動物研究で生物学の博士号を取得。
その後はローザンヌ大学やチューリッヒ大学、ソルボンヌで心理学を学び、ルソー研究所主任やジュネーヴ大学教授などを歴任しました。
ピアジェは、子どもの思考の発達過程を系統立てて明らかにし、発達心理学の発展に大きく貢献しました。また、主著『知能の誕生(1936)』など生涯で50冊以上の書籍と500本以上の論文を執筆し、多くの学者に影響を与えました。
ピアジェの業績①認知発達理論
ここからは、ピアジェの業績を具体的に見ていきます。最初にご紹介するのは認知発達理論です。
ピアジェの業績で最も有名なものと言えば、この認知発達理論でしょう。本項では、認知発達理論の概要や、その中身を大まかに見ていきます。
認知発達理論の概要
認知発達理論は発生的認識論とも呼ばれ、子どもの世界の捉え方・認知や思考の仕方がどのように発達していくかをまとめたものです。ピアジェは、自身の3人の子どもの発達を詳細に観察することで、子どもの思考が、大きく4つの段階を経て発達していくことを明らかにしました。
次項で各段階を詳しく見ていきますが、先に着目すべきポイントを述べておきます。それは、各段階の名前にも表れている”操作”です。操作とは、頭の中で行う論理的な操作、すなわち論理的な思考が出来るかどうかを意味する概念です。
この概念を念頭に置いて、次項を読んでみてください。
ピアジェの4つの発達段階(認知発達段階)
先に述べたように、ピアジェは子どもの思考の発達には、4つの段階があると考えていました。4つの段階とは次のようなものです。
- 感覚運動期:0歳~2歳頃
- 前操作期:2歳~7歳頃(幼児期)
- 具体的操作期:7歳~11歳頃(児童期)
- 形式的操作期:11歳、12歳以降
感覚運動期
1つ目は感覚運動期と呼ばれる段階です。0歳~2歳頃が該当します。
この時期の子どもは、頭を使って何かを考えると言うより、見る、触る、舐める、叩くなどをして、五感を通して色々なものを知っていく時期です。
前操作期
2つ目は前操作期で、2歳~7歳頃(幼児期)が該当します。
この時期になると、頭の中にイメージや表象を用いて考えたり行動したりするようになります。ごっこ遊びができるようになるのもこの時期です。
なお、この時期の特徴として、自分だけの立場から物事を見る”自己中心性”があります(後述)。また、論理的に考えることは難しく、保存の概念の理解が不十分な時期でもあります。
具体的操作期
3つ目は具体的操作期で、7歳~11歳頃(児童期)にあたります。
この時期になると、目に見える具体的なものがあれば、論理的な思考をすることが可能になります。空間的にも、自分と違う位置から”もの”がどう見えるかを想像することができるようになります(自己中心性からの脱却=脱中心化)。
また、保存と言う概念が獲得されるのもこの時期です。
形式的操作期
4つ目は形式的操作期です。
11歳、12歳以降を指し、この時期になると具体的な事柄だけではなく、目に見えない抽象的なことも論理的に考えられるようになります。ですから、仮説や記号だけで説明される論理についても理解できるようになります。
なお、細かく言うと、感覚運動期はさらに6つの段階に、前操作期はさらに2つの段階に分けられます。ただし、ここではあくまで大まかな理解を目的としていますので、ここでは割愛します。
詳しく知りたい方は、後述する”ピアジェを詳しく学べる本”をご参照ください。
補足:保存の概念
認知発達理論の補足として、前操作期と具体的操作期の説明で出てきた保存という概念について説明します。
保存とは、”見た目が変化しても、対象の本質は変化していない”ことを意味する概念です。前操作期の子どもは、この保存の概念が身に付いていません。
ですから、例えば最初に2つの容器の液体が同じ量であることを確認させてから、一方を細長い容器に移して、どちらの量が多いか子どもに尋ねると、細長い方が多いと答えてしまいます。見た目の高さに惑わされるのですね。
これは量に関する課題ですが、量だけでなく、例えば数に関する課題でも同じことが言えます。
白と赤のおはじきを等間隔に6つ並べ、子どもに見せます。次に、赤いおはじきの間隔をあけて列を長くします。そして、どちらのおはじきが多いか子どもに問うのです。すると前操作期の子どもは赤い方が多いと答えてしまいます。これも見かけの変化に騙された好例と言えます。
一方、具体的操作期の子どもになると、見た目ではなく論理的に物事が考えられるようになります。ですから、液体の課題に対してもおはじきの課題に対しても、「どちらも同じ」と答えることが出来ます。保存の概念が獲得されるわけですね。
この保存の概念は、前操作期の子どもの特徴を的確に表す概念ですので、よく理解しておくと良いでしょう。
ピアジェの業績②自己中心性
続いて、自己中心性について説明していきます。
自己中心性は先の認知発達理論に出てきた概念ですが、あえて別項としました。自己中心性は、これから説明するアニミズムや自己中心語などにも繋がる概念です。さらに自己中心語については、ピアジェとある心理学者との間で論争が起こりました。
このように、自己中心性はとても広がりのある概念と言えます。ですので、別に項を設けて解説させて頂きます。
自己中心性とは
自己中心性とは、自分と他人を明確に区別できず、他者の視点を理解できないことを指します。いわゆる”自己中”と混同しがちですが、自己中は他者の視点は理解していながらも常に自分中心に物事を考え、他人の都合は考えない、という意味です。
対して自己中心性はそもそも他者の視点が理解できていない、すなわち”他人がどう思っているか”という発想がない点が異なります。
アニミズムと自己中心語
ピアジェは、前操作期の子どもは、自己中心性があるため、他者の立場に立って考えることが出来ないと考えました。そして、自己中心性の例としてピアジェが挙げたものが、アニミズムや自己中心語です。
アニミズムは、無生物にも心や命があると考えることです。
例えば、人形やぬいぐるみに話しかけたり、一緒に遊んだりと、まるでそれらが生きているかのように接することが挙げられます。3~4歳くらいの子どもにお絵描きをさせると、太陽に顔を書くことがあります。これもアニミズムの一例と言えます。
自己中心語とは、他者を意識しないひとりごとのような発話を指します。
ピアジェは、3歳児にひとりごとが多く見られ、7歳頃までに減少していくことを発見しました。ここからピアジェはひとりごとが自己中心性の表れと考え、自己中心語と呼びました。
そしてひとりごとが減少するのは、子どもが脱中心化し、社会性が発達するからだと考えたのです。
ピアジェ・ヴィゴツキー論争 -自己中心語vs内言・外言-
ピアジェの自己中心語に対する考えに反論した人物がいました。ロシアの心理学者、ヴィゴツキー(Vygotsky)です。ヴィゴツキーは、言葉を2つに分類しています。
他者とのコミュニケーションに用いる外言(がいげん)と、声を出さずに頭の中で考えを整理するために用いる内言(ないげん)です。
ヴィゴツキーの考え
人はコミュニケーションの手段として言葉を獲得していきますが、その言葉は5~6歳くらいになると、伝達手段としての外言と、思考の手段としての内言に分かれると、ヴィゴツキーは考えたのです。
ヴィゴツキーは、実験によって、子どもは困った場面に遭遇すると、ひとりごとが増加するという事実を見出しました。このときのひとりごとは、自分自身との対話であると考えられます。
このことから、ひとりごとは子どもが自分で問題を解決しようとする過程で、内面化が不完全なままの形であらわれた、いわば”内言の原型”であると考えました。
ピアジェとヴィゴツキーの違い
少し複雑になってきましたので、両者の違いを簡単にまとめます。
ピアジェは自己中心語が社会的な言語(コミュニケーションを目的とした言語)に発達すると考えました。
一方ヴィゴツキーは、社会的な言語が、自己中心的な言語を経て、内言に発達していくと考えました。このように、ひとりごとの捉え方を巡って両者は対立しました(ピアジェ・ヴィゴツキー論争)。
論争の結果として、ピアジェは後にヴィゴツキーの考え方を受け入れるようになりました。
ピアジェについてより深く学べる本
ピアジェについてより詳しく知りたい方のために、わかりやすく学べる本を2冊ご紹介します。
完全カラー図解 よくわかる発達心理学
本書はピアジェに特化したものではありませんが、発達心理学の流れの中でピアジェを位置づけ、理解することができます。
例えば、発達理論としてはピアジェの他にエリクソンの生涯発達理論も有名ですが、本記事では触れることができていません。本書を読むことで、両者を比較し、ピアジェ理論の特徴をより理解できるでしょう。
また、前述した感覚運動期をさらに6つに分類したものや、前操作期を2つに分類したものについても、本書で学ぶことが可能です。
ピアジェ入門 活動と構成-子どもと学者の認識の起源について-
本書は、そのタイトルの通り、ピアジェがどのような活動を行い、それらがどのような影響を与えたのかをまとめた1冊です。ピアジェの考え方や主要な研究成果についてもよくまとめられています。じっくり学びたい方にオススメです。
ただし、”入門書”と銘打ってはいるものの、本文中には”認識論的疑問”や”前論理”など普段聞きなれない言葉も多く用いられており、初学者の方は読み進めるのに少し苦労するかもしれません。
ピアジェが遺した主要な著書
入門書で概要を学んだら、ピアジェの著書を実際に読み、さらに理解を深めることをおすすめします。
ピアジェは非常に多くの書籍や論文を執筆したため、ここでそれら全てを取りあげ、紹介することはできません。ですので、今回はその中でも特に主要なものに絞って紹介することにします。
『知能の誕生』
1冊目は、先ほども挙げた『知能の誕生』です。
本書は、ピアジェが自分自身の3人の子どもを綿密に観察し、それを基に感覚運動的知能から表象的知能への概念を確立したもので、発達心理学上重要な著作とされています。日本語版としては、1978年に翻訳刊行されて以来長く読み継がれてきました。
なお、『知能の誕生』については、『ピアジェを読み直す : 知能の誕生(大浜,2005)』を読むことで、ピアジェが具体的に3人の子どもをどのように観察したのか、どのような経緯を経て本著の出版に至ったのかを知ることができます。より深く理解したい方はこちらの論文にも目を通してみてください。
『発生的認識論序説』
2冊目は、『発生的認識論序説』です。
本書は、1950年に発表された全3巻からなる大著で、これまでの発生的認識論の研究成果をまとめたものになります。
その他の代表的な著書
以上が主要な著作になりますが、これら以外にも、『哲学の知恵と幻想』、『思考の心理学』、『知能の心理学』など、ピアジェは非常に多くの著作を遺しています。こちらも興味のある方は、目を通してみると良いかもしれません。
ピアジェを学び、子どもとの関わりに活かす
今回は、ピアジェについて、その経歴や業績を解説してきました。
ピアジェの考え方や理論は、日々子どもと関わる者にとっては非常に有益です。特に前操作期に見られる自己中心性やアニミズム、保存の概念は、この時期のこどもの特徴をよく表しており、ピアジェ理論を知っているか否かで見立てに大きな差が出ることでしょう。
ピアジェについてしっかり理解し、子どもとのよりよい関わりに繋げていってください。
参考文献
- 大浜幾久子(2005)『ピアジェを読み直す : 知能の誕生』,駒澤大学教育学研究論集21,19-46.
- 小野寺敦子著(2009).『手にとるように発達心理学がわかる本』かんき出版
- 子安増生,丹野義彦他(2021).『現代心理学辞典』有斐閣