精神分析理論において代表的な心理学者としてユングという人物がいます。当時、フロイトによる精神分析は心理臨床の現場でも大きく注目され、絶対的な権威を持っていましたが、フロイトの理論に異を唱え、独自の分析心理学を提唱したユングの功績は高く評価されています。
それではユング心理学はいったいどのようなものなのでしょうか。タイプ論やペルソナなど分析心理学を語るうえで外すことのできない主要概念をわかりやすく解説していきます。
目次
ユング心理学とは
分析心理学とも呼ばれるユング心理学とは、スイスの精神分析家であるユング,C.G.が提唱した精神分析理論のことです。
精神分析というと、フロイトによる理論が非常に有名ですが、その弟子であったユングの提唱した分析心理学も大きな注目を集めるものでした。
フロイトによる精神分析は、主にヒステリーと呼ばれる神経症の観察を通じて、リビドーと呼ばれる性的な起源を持つ精神的エネルギーを巡る無意識的なこころの動きに関する理論です。
これに対し、ユングはリビドーを性的なものではなく、より普遍的な心的エネルギーとして捉え、本来の自分自身になることを求めるための心理学理論を提唱したのです。
このような本来の自分自身を目指す自己実現のことを個性化と呼びます。
ユング心理学の主要概念
ユング心理学は非常に難解であり、膨大な量があるためそのすべてをご紹介することは困難です。
そのため、ユング心理学を語るうえで欠かせない重要概念を抜粋してご紹介します。
個人的無意識と集合的無意識
フロイトによる無意識の発見は心理臨床の現場に多大な影響を与えましたが、この無意識と呼ばれる領域は意識から締め出された内容が入る場所、つまりこころから排除された領域であり、その内容を意識化することによって神経症を治療しようとする還元的アプローチから無意識を論じるものでした。
これに対し、ユング心理学における無意識は意識されない未知のこころの内容や働きのことを指しています。
そして、ユング心理学での無意識は、個人的無意識と集合的無意識という2つの種類の無意識を仮定し、次のような順番で連続体を成していると考えます。
①意識の方向に会わないために、意識化を抑止された素材 |
➁個人の過去の記憶の断片 |
③微弱なため無意識の中に取り残された要素 |
④十分な閾値に達していない空想の混合物 |
⑤人間精神に受け継がれてきた構造的な痕跡 |
これは①に近いほど個人的無意識の要素が強く、⑤に行くほど集合的無意識の要素が強く出る連続体です。
それでは、ユング心理学での無意識はどのような機能を持っているのでしょうか。
ユングによれば、個人的無意識は自我の持つ偏りを修正するよう補償的に作用するとしています。
本来、意識はある一定の方向性を持っているために、自分が意識しているものと合致しない内容は零れ落ちていき、無意識の領域へとしまわれていきます。
しかし、あまりにも意識が一面化してしまうと、より良い精神機能を発揮できないため、無意識にしまわれている内容を取り入れ、意識の偏りを修正するのです。
このようなこころ全体でバランスを取ろうとするような補償的機能に注目するのがユング心理学の大きな特徴であり、この後紹介する元型やタイプ論、神経症など心理的不適応に関する理解にもこの考え方がベースとなっているのです。
元型
このように、ユング心理学では個人の意識の補償として働く個人的無意識と文化や時代を超えて全人類に共有されている集合的無意識の2層から成るとされています。
集合的無意識は、その名の通り無意識であるため、普段個人に自覚されることはありません。
しかし、ユングは世界中の神話や伝説に共通する要素があることに気付き、その象徴は集合的無意識は類型化されたイメージとして意識上に現れると考えたのです。
そして、そのイメージのことを元型(アーキタイプ)と名付け、次のような種類があると主張しました。
【代表的な元型の種類】
- アニマ・アニムス:男性もしくは女性の中に存在する異性的な性質のこと
- グレートマザー:愛情や成長など母なるイメージで慈悲の存在
- ワイズオールドマン:権威や倫理観、秩序などをもたらす存在
- シャドウ:もう一人の自分であり、自我を補完する役割を持つ
ペルソナ
元型の一つとして捉えられることもある概念としてペルソナと呼ばれる重要概念があります。これは、社会生活を送るうえで、求められた役割を演じられるよう機能するこころです。
例えば、家庭ではだらけていたとしても、職場ではまじめで礼儀正しい人物を想像してみましょう。
この人の本当の人物像は、必要でなければやりたくない怠惰なパーソナリティですが、それでは生活していくことはできません。そのため、他者からも受け入れられ、社会生活を送れるよう、本来の自分とは異なる役割を演じているのです。
そもそも、ペルソナ(persona)という用語は古代ローマでの演劇の際に役者が着用していた仮面を意味する言葉であり、社会生活という劇の舞台に上がる際に被る仮面という意味合いでペルソナをいう名前を付けました。
なお、ペルソナという用語は性格を意味するパーソナリティの語源としても知られており、個人の示す振る舞いの傾向を用いる用語の語源として広く知られています。
タイプ論
また、ユングはパーソナリティを類型化した理論を提唱したことでも有名です。
ユングは、関心の向かう方向と意識的な4つのこころの機能により分類を行いました。
【向性】
- 外向性:外界の対象に対して積極的に関わることによって適応しようとする
- 内向性:外界とのかかわりを回避することによって適応しようとする
【こころの機能】
- 感覚:現実に存在するものを確認する
- 思考:存在するものが意味するものを認識させる
- 感情:それがいかなる価値を持っているのかを示す
- 直観:現実に存在するものを認識する
この時、こころの機能は均等に発達するのではなく、たいていはどれか1つが前面に出て、残りは背後で未分化なままとなっています。
このように、個人の中で前面に出る機能を「優越機能」、残りの未分化の機能を「劣等機能」と呼び、優越機能は意識下に存在しますが、劣等機能は無意識の領域にとどまっています。
そして、優越機能だけで適応が難しくなったときに、残りの無意識にある劣等機能が補償的な機能を果たし、補うことによって人格の発達を遂げると考えたのです。
ユング心理学での神経症
心理臨床は古くから神経症と呼ばれる、心因性の機能障害の原因の追究と治療法の確立に力を注いできました。
そして、フロイトが提唱した精神分析は無意識に抑圧された心的外傷体験や心的な葛藤に注目し、それを自由連想法によって意識化することで症状を消失させようとしたのです。
このような精神分析の取り組みはある意味、意識や自我と呼ばれる個人にとって認められるもの、望ましいものとそうでないものの線引きを明確にする捉え方であるともいえます。
これに対し、ユングは神経症にこそ患者のこころがあり、まるで虫歯のように神経症を取り除こうとする行いは治療ではないと強く批判したのです。
ユングの考える神経症とは、生きようとするうえで誰もが直面する本来的な苦悩のことを指しています。
伝統的な精神分析では、過去にどのような発達過程を送ってきたのかに注目してきました。
しかし、ユングは、過去に原因があるとするならば、それが「なぜ今発症したのか」について十分に説明できないとし、神経症の原因は常に現在において見出され、「神経症は養分を与えられ、日々新たに作られている」と述べたのです。
そして、意識から排除されているのではなく、補償的に必要に応じて作用するという無意識理論に基づき、意識から解離しているものがあることを問題視することはなく、その解離自体を否認することによって神経症は形成されると主張しました。
そのため、本来のこころの働きである意識と無意識の間の交流が行えるよう第三者として治療者が関わることで神経症の消失を目指したのです。
ユング心理学について学べる本
ユング心理学について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
ユング心理学入門
ユング心理学は精神分析の中でも難解なことで知られています。
そのため、初めてユング心理学を学ぶ人はぜひ入門書から入るようにしましょう。
ユング心理学の主要概念を丁寧に解説してある本書から、ユングの思想がより分かるようになるでしょう。
臨床ユング心理学入門 (PHP新書)
ユング心理学は、その理論が取り上げられることが多いですが、臨床的な技法、考え方も軽視することはできません。
ぜひ、心理臨床におけるユング心理学の立ち位置について詳しく学びましょう。
無意識のポジティブな面を扱う理論
ユング心理学は、精神分析の中でもネガティブな性質を持つを見られがちであった、無意識や神経症のポジティブな面を取り上げ、独自の理論を発展させました。
それは、ユング自身が幼少期に失神発作や登校拒否などの神経症的障害に苦しんだ過去があるからだと言われています。
多くの心理学理論は、その学者の人生に影響されており、ユング心理学も例外ではありません。
ぜひ、ユングの人生、人物像についても勉強の幅を広げてみましょう。
【参考文献】
- 吉川眞理(2011)『ユングによるパーソナリティ理論再考 : 自然のダイナミズムを手がかりとして』人文 (10), 103-118
- 皆本麻実(2015)『遊びの神経症』京都大学大学院教育学研究科紀要 (61), 65-77
- 松下姫歌(2021)『<論文>心理臨床における現代的問題へのアプローチとしてのユング理論の再検討』京都大学大学院教育学研究科附属臨床教育実践研究センター紀要 (24), 118-158