現在では、ビジネスの場面でも一般的に用いられるようになったグループ・ダイナミクス。この集団を対象とした社会心理学を初めて提唱したのがクルト・レヴィンという学者です。
それではレヴィンはどのような人物だったのでしょうか。彼の主要な業績である場の理論やリーダーシップについても解説していきます。
目次
クルト・レヴィンとは
クルト・レヴィンとは、グループ・ダイナミクスを提唱したことで有名な社会心理学者です。
レヴィンの経歴
レヴィンは1890年、ドイツのプロイセン(現在のポーランド)でユダヤ人家庭に生まれました。幼少期にベルリンへ引っ越した後、ベルリン大学で哲学や心理学を学びます。
当時は第一次世界大戦が行われており、ドイツ軍の注意として従軍したものの、負傷し、大学に戻ったレヴィンは学位を取得します。
ドイツにおいてユダヤ人への風当たりは強く、レヴィンはベルリン大学で教授ではなく、私講師(給与が保証されておらず、授業を受講する学生から講義料をもらって生活をする大学教職のこと)であったレヴィンは哲学や心理学を教えていました。
その後、評判となったレヴィンの授業を聞きつけたスタンフォード大学から客員教授として招かれ、アメリカへと渡ります。当時のアメリカでは行動主義や精神分析などが主流であり、状況によって人間の行動が決定されるというレヴィンの考えは革新的な内容でした。
アメリカでの6か月の客員教授期間を終え一度は帰国したレヴィンでしたが、そのときにナチス党のヒトラーがドイツの首相に就いてしまいます。ナチスドイツはユダヤ人を迫害する政策を掲げており、将来を危惧したレヴィンはアメリカへと亡命します。
そして、民主的社会を導くリーダーとより良い集団・社会とはどのようなものなのかを追求していったのです。
レヴィンの業績①マージナルマン
アメリカに亡命した経験のあるレヴィンは、マージナルマンという概念を提唱しています。
マージナルマンとは、「2つの集団の境界上で立ち止まりしており、両方の集団と関係していながら、実はどちらにも所属していない人」のことを指しています。
ユダヤ人として、自分の国を持たないレヴィンは、国を転々としながら住んでいる国の文化とユダヤ人としての文化の間で揺れ動いていたのでしょう。
青年期におけるマージナルマン
マージナルマンはこれから自分がどのように生きていくのかを模索し、様々な場所で経験をする青年期を指す用語としても用いられています。
青年期は自分の立っている地盤が不安定で、自分の所属集団も不確かなために「無作法で、落ち着きがなく、臆病であるかと思えば攻撃的となり、過度に敏感で極端から極端へと走る節があり、他人にも自分にも過度に批判的な態度をとる」と指摘しています。
レヴィンは個人が2つ以上の重複する集団に所属することは自然であり、そのこと自体は問題だと考えていませんでしたが、しっかりと足をふまえる場所がなく、マージナルマンであり続けることの危険性を指摘しています。
自分自身も歴史に翻弄される過去があるだけにマージナルマンには否定的だったレヴィンは、それほど、自分が何者でどこに所属しているのかという安定したアイデンティティが欲しかったのでしょう。
レヴィンの業績②場の理論
レヴィンによる代表的な理論の1つが場の理論と呼ばれるものです。
心理学では、個人の行動や反応がどのようにして起こるのかを理解し、予測できるようになることが1つの目標とされてきました。
当時のアメリカで主流だったのは、精神分析や行動主義ですが、レヴィンは場の理論によってそれらとは変わった視点から人間の行動を捉えようとしていました。
レヴィンによれば、人間の行動はその個人のパーソナリティと環境との間の相互作用によって決定されます。
そして、次のような式で人間の行動を表現したのです。
同じ人であっても、環境が異なるのであれば、行動は変わってきます。
例えば、入学初日という環境であれば、恥ずかしがり屋という性格の人はなかなか周囲の人と話をするのが難しいかもしれませんが、日にちが経ち、学校に慣れてくれば話しかけられるようになるでしょう。
このように、人間の行動は環境からの影響とその人の状態によって決定されるのです。
そして、この関数は意図的な行動のみならず、夢や願望、思考などにも当てはまるとされています。
レヴィンの業績③リーダーシップ理論
ナチスドイツが行うユダヤ人を迫害した専制的な政治を目の当たりにしたレヴィンは、集団をより良い結果に導くことのできる有能なリーダーとはどのような人物なのかということに強い興味を示し、独自のリーダーシップ論を提唱します。
それにあたり、レヴィンは次の3つのリーダー像を提唱しました。
【レヴィンによる3つのリーダー像】
- 専制型リーダー:集団のメンバーの課題を厳しく管理し、作業や意思決定についてリーダーが指示する
- 民主型リーダー:リーダーを中心として集団で協議し、方針を決定する
- 放任型リーダー:意思決定や作業について、リーダーは関与せず、メンバーの行動を管理しない
このようなリーダー像が示された中で、最も良いパフォーマンスを残すことが出来るのはどのようなリーダーのいる集団なのでしょうか。
民主型リーダーは集団のメンバーの意見を聞く場面を設けるため、集団のまとまりも強くなり、仕事や課題への意欲も高くなるため、積極的に取り組むことから長期的には高いパフォーマンスを残せると言われています。
これに対し、放任型のリーダーでは組織としてのまとまりがなく、仕事のパフォーマンスも低いのです。
専制型リーダーは短期的には高い仕事のパフォーマンスを残すことが出来るのですが、メンバー間の協力関係は生まれず、リーダーの指示を待つ受動的な姿勢が身についてしまうため、最終的には高いパフォーマンスを残すことが出来ません。
このことから、より良い集団を率いるリーダーとは民主型のリーダーであるとされているのです。
レヴィンの業績④ツァイガルニク効果
ブルーマ・ツァイガルニクとレヴィンは共同で研究を行い、ツァイガルニク効果を提唱しました。
ツァイガルニク効果とは、達成できたことに比べ、達成途中のものや達成できなかったことの方が記憶に残りやすい現象です。
例えば、ポストに手紙を投函しなければならないのに、いつも鞄の中に入れっぱなしにして忘れてしまうということはありませんか。これは、鞄に手紙をしまうということで、ポストに手紙を投函するという課題の緊張感が解け、安心してしまうことが関係しています。
そのため、会社からの帰り道にポストへ手紙を投函しなければならない場合は、手にハガキを持ち、常にポストに投函する課題の途中である状況を作り出すことによってツァイガルニク効果によって忘れられにくくなり無事ポストへ投函できるようになるのです。
レヴィンの業績⑤Tグループ
Tグループとは、トレーニンググループとも呼ばれるように、自己や他者への気づきを促し、リーダーシップを含む望ましい人間関係を構築できるようサポートを行う学習プログラムです。
教義のTグループは方法的な明確さを持ったグループセッションの呼称ですが、対人関係のトレーニングの場として広く用いられることがあります。
Tグループでは、10人ほどのグループを集め、特にテーマを限定せず「今、ここ」で感じられたこと、人間関係の中で生じたことについて話し合います。
自己理解の促進や他者への気づきを促し、それを言語化して発表することによって、他者から受け入れられる経験やより良い人間関係を築くための力を身に着けていくことを目的としています。
一般的な集団精神療法は神経症や精神病の治療が目的となっていますが、Tグループはあくまで対人感受性やより良い対人関係スキルを身に着けるための学習の場であり、健康な成人を対象としている点で大きく異なります。
一般的には8~10名のメンバーと2名のトレーナーが輪を描いて座り、90分程度自由な対話を行います。
なお、クライエント中心療法を開発したロジャーズによるエンカウンター・グループはレヴィンによるTグループを応用し、臨床場面でも使えるよう改良した集団精神療法だと言われています。
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レヴィンについて学べる本
レヴィンについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
社会科学における場の理論
人間の行動を個人の人格と環境からの影響を相互に受けることで決定されていくという場の理論は当時革新的な考えでした。
そのような、常識の枠にとらわれないレヴィンの主要な業績である場の理論について詳しく学んでみましょう。
NTLハンドブック~組織開発と変革~(改定版)
レヴィンが組織・集団を対象として提唱した心理学的知見は、ビジネスなどの組織・グループを改善するための指針として用いられています。
レヴィンらが設立したNational Training Laboratoriesによる組織改善のためのハンドブックにもレヴィンに関する記載が載っており一見の価値ありです。
ご興味のある方はぜひ手に取ってみて下さい。
自身の生い立ちからより良い組織を目指して
レヴィンは、ユダヤ人として、はっきりとした母国を見出せない苦悩を抱え、自分が所属している組織に満足感を感じられていなかったのでしょう。
そのようなハンディキャップからより良い組織を目指すためにはどのようにすればよいのかについて考え、リーダーシップ理論やTグループなどの知見を生み出したのです。
このように研究者の背景をながめてみると、心理学の理論も違った視点から捉えられるでしょう。ぜひ今後もレヴィンをはじめとする心理学者について学んでいきましょう。
【参考文献】
- 川浦康至(2020)『レヴィンの贈り物 : 研究ノート』コミュニケーション科学 51 170-162
- 小高加奈子(2005)『場の理論に基づく組織的情報創造の研究』人間文化研究科年報 20 189-200
- 小林孝行(1976)『マージナルマン理論の検討』ソシオロジ 21 (3), 65-83