人間が現実世界のものや事象がどのようなものであるかを気付かないうちに歪めて捉えてしまうことがあります。ネガティブな方向に歪んだ認知は自分自身を苦しめてしまうこともあるでしょう。このような現象が起こる原因や対処法はどのようなものなのでしょうか。また、代表的な認知の歪み10項目についてもご紹介します。
目次
認知の歪みとは
認知の歪みとはある出来事に直面した際に、現実に即していない歪んだ捉え方をすることを指します。
この考えは認知療法を開発したベック,Aによって理論化され、その弟子のバーンズ,Dによって発展しました。
認知の歪みに関する理論では、人間は常に「環境における状況や出来事についての様々な思考が特に意識しなくても自然に浮かんでくる」という自動思考に注目します。
そして、その内容が行動や気分、身体反応と相互に関連しているという前提に立つのです。
物事や事象を捉えるフィルターである認知が歪んでしまっていると、ネガティブな自動思考が生じてしまい、それに付随する行動や気分、身体反応も不適応的な性質を示すようになります。
認知の歪みの原因
認知の歪みが生じてしまう原因は過去の経験にあります。
認知心理学では、人間が物事や事象を捉える際に、スキーマと呼ばれる認識の枠組みを通して認識していると考えます。
スキーマとは、物事、事象を認識する枠組みのことで、これまでに経験してきた出来事や周囲の環境が蓄積されることで形作られています。
つまり、失敗経験など過去にネガティブな出来事に繰り返しさらされることで、ネガティブなスキーマが形成され、認知の歪みが生じるのです。
※スキーマについては以下の記事でより詳しく解説しています。
スキーマとは?心理学での意味や定義、理論を具体例でわかりやすく解説
人間の過去の経験が図式を ...
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代表的な認知の歪み10項目と具体例
バーンズはベックの理論をさらに発展させ、不適応を導きやすい代表的な10パターンの認知の歪みを挙げています。
白黒思考
物事全てを0か100か、勝ちか負けかで認識するという思考パターンです。
例えば、好きな人に告白してフラれてしまった際に「告白してフラれてしまったから、どんな子とも付き合うことはできない」と考えることです。
このような一度の失敗、些細なミスをも受け入れることが出来ないような完璧主義的な思考では、その出来事が真実であろうとなかろうと「常に」や「全て」、「決して」と極端な考えとなりがちです。
過度な一般化
過度な一般化は、根拠や理由が不十分であるのにもかかわらず、非常に広く一般化した結論を下してしまうことです。
例えば、アルバイトの面接に落ちてしまったために「面接に落ちたから、もう自分を雇ってくれるようなところはない」と考えてしまうことが挙げられます。
心のフィルター
心のフィルターとは、ある物事の全体ではなく悪い部分にのみ注目し、良い部分を見ないようにしてしまうことです。
例えば、試験で90点をとったとき、間違えてしまった問題にばかり注目し、問題を間違えてしまった自分はなんてダメなんだろうと自己嫌悪に陥ることが挙げられます。
このとき、90点という優秀な成績を残せたことに関しては無視されてしまっています。
マイナス思考
マイナス思考とは、物事の良い面を良いと考えないようにしたり、良いことを悪いことに置き換えてしまう考え方のことです。
例えば、電車でお年寄りに席を譲ったとしても、自分は偽善者だと思い込んだりすることです。
心のフィルターでは、良いことを遮断し、見ないようにすることであるのに対し、マイナス思考では良いことを悪いことにすり替えてしまうという違いがあります。
論理の飛躍
論理の飛躍とは、もっともな根拠が無いにも関わらず、ネガティブな結論を下してしまうことです。
例えば、朝の挨拶をしても返事がなかっただけで、自分が相手を怒らせてしまって嫌われたと思い込むことなどが挙げられます。
また、論理の飛躍は他者心理に対する推測だけではなく、「自分は一生不幸だ」といった未来に対する誤った結論を下す思考にも現れます。
拡大解釈と過小評価
拡大解釈は悪いことを必要以上に大きく、過小評価は良いことを極端に小さく考えることです。
つまり、些細な仕事のミスをしてしまうと首になるようなとんでもないことをしてしまったと思ったり、仕事の成功をまぐれで起こったことで大したことはないといった形に考えます。
しかし、他者が失敗した際には、失敗を大したことないと励ますなど自分には厳しく、他者には寛容という特徴を示します。
感情的決めつけ
感情的決めつけは、自身のネガティブな感情・気分を理由に物事の判断をすることです。
例えば、試験の前に不安になり、「不安だから、きっと失敗してしまう」と思い込むことが挙げられます。
べき思考
べき思考は「~すべき」、「~であるべき」というある価値観に必ず従わなければならないという考えです。
「会社員はたとえどんなに体調が悪くても出勤すべき」などの例が挙げられます。
べき思考は自分自身も苦しめてしまうだけでなく、他者に対しても自分の価値観に沿うよう強いるため、対人関係でトラブルを引き起こしてしまう可能性があります。
レッテル
レッテルは先入観や偏見によるネガティブなイメージを固定化させてしまうことを指します。
「負け組」という言葉を使って、人生において良いことが無く、何をしても上手くいかないというレッテルをはることがあります。
一度レッテルをはってしまうと、そのイメージと異なる出来事や言動は無視されてしまい、ネガティブなイメージの修正は困難となってしまいます。
個人化
個人化は自分がコントロールできないことであっても、自分の責任だと考えることです。
例えば、子どもがいじめに遭ってしまったのは自分の育児が原因だと考えてしまうことが挙げられます。
ポジティブな認知の歪み
認知の歪みに関する研究の多くはネガティブなものを対象としていますが、中にはポジティブな方向に歪んだ認知に関する研究も存在します。
これは、ポジティブ・イリュージョンや非現実的楽観主義と呼ばれる研究領域です。
従来の心理学では、健康の維持し社会に適応するためには現実世界や自己について歪みのない正確な把握が重要だと考えられてきました。
これに対し、Taylar&Brown(1988)は抑うつではない健康な人は次のような傾向がみられると指摘しています。
- 自己を過度に肯定的に評価する
- 出来事の原因に自分が深く関わっている
- 将来、他者に比べ悪いことが起こらず、良いことが起こると推測する
この傾向が「イリュージョン」や「非現実的」と呼ばれるのは、すべての人が他人よりも優れているということは現実的に不可能なためです。
またこのポジティブな認知の歪みはガンやエイズなどストレスのかかる疾患に罹患した患者においてもみられ、ポジティブな認知の歪みが強いほど精神的に健康であるという結果が示されています。
なお、石原(2010)によれば、ポジティブな方向に認知が歪んでいることが、自己を受け入れ、尊重してポジティブに捉える感情である「自己肯定感」を高め、その結果として精神的健康度が高まるとしています。
認知の歪みへの対処法
ネガティブな認知の歪みへ対処するためにはどのようにすればよいのでしょうか。
自分の認知の歪みに気付く
まずは自分の認知が歪んでいることに気付けなければ対処の使用がありません。
しかし、自動思考は自然に浮かんでくる考えであるため、その内容を捉えるためには客観的な視点を持つことが重要です。
日頃の自分の出来事とそれに付随した考えを紙に書き出してみることで、視覚的に自分の考えの癖を捉えることが出来るでしょう。
また、友人や家族との会話も認知の歪みに気付く良いチャンスです。
認知が歪んでいる状態では、ネガティブなイメージにそぐわない情報は無視されてしまいがちですが、その時は非常に主観的になっている状態です。
そのような時こそ、「自分の思っていることは本当に正しいのだろうか?」という意識を持ち、周囲の人が見つけてくれた自分のポジティブな一面に気付けるよう注意してみても良いでしょう。
他者の言葉にも耳を傾け、客観的な視点を持つことが認知の歪みを抜け出す第一歩となるのです。
反証する
認知の歪みに気付いたら、それが本当か、現実に即しているものか吟味し、反証したり、違う解釈をしてみましょう。
例えば、「いつも失敗ばかりだ」という考えが頭に浮かびがちであれば、それは「いつもなのか?」、「成功している経験はなかったか?」を考え、ネガティブな自動思考に反論しましょう。
また、「失敗から学んだことはなかったか?」のようなネガティブな経験の中でもポジティブな解釈を行うよう意識しても良いでしょう。
認知の歪みについて学べる本
認知の歪みについて学べる本をまとめました。
教室でできる気になる子への認知行動療法: 「認知の歪み」から起こる行動を変える13の技法
認知行動療法では、不適応的な行動や身体反応、感情を認知の変容によって改善しようとするもので子どもに対しても用いられることがあります。
特に発達障害児はその特性から失敗経験が多く、認知の歪みによる二次障害が起こる可能性も高いと言えるでしょう。
認知行動療法を通じて子どものこころを理解し、認知の歪みを解消するための支援法を紹介している良書です。
図解 認知のゆがみを直せば心がラクになる
ストレス社会では認知の歪みを持っていると、多くのストレスをため込み、疲弊してしまいかねません。
本書は日常的なストレス場面における認知の歪みが生じる原因や対処法を丁寧に説明しています。
図も用いてわかりやすく説明しているため、認知の歪みに興味のある方にぜひ手に取ってもらいたい一冊です。
認知は誰しもが歪んでいる
人はそれぞれの人生経験に基づき形成されたスキーマを通して様々な事柄・事象を認識しています。
全く同じ人生を歩んできたということはないので、すべての人の認知の仕方はそれぞれであり、誰しも認知が歪んでいるともいえます。
しかし、それがあまりにも「極端」なネガティブな方向で、「長期間」に渡り歪んでいた場合は望ましくありません。
ストレスを感じた時や悩みがあるときなどは、人によって捉え方は様々だと肩の力を抜き、自分の認知の癖を見つめ直すようにしましょう。
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参考文献
- 塚野弘明(2015)『認知行動療法の理論と基本モデル』岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (14), 451-459
- 石原俊一(2010)『心理的健康に対するポジティブイリュージョンとセルフモニタリングの効果』日本心理学会大会発表論文集 74(0), 3EV092-3EV092
- 藪垣将(2012)『ポジティブ・イリュージョン研究の展望』東京大学大学院教育学研究科紀要 52, 419-426