古くから心理臨床の心因性疾患として注目されてきた概念として、ヒステリーという精神疾患があります。この疾患は現在の精神医学において、転換性障害と解離性障害という概念に分かれ、注目を浴びています。
それでは解離性障害とはいったいどのような精神疾患なのでしょうか。その症状や診断基準、治療法についてもご紹介します。
目次
解離性障害とは
解離性障害とは、自分が自分であるという感覚が失われ、自分のこころの機能のつながりが断絶されることによって様々な症状を呈する精神障害です。
心理学において、健全なこころとは、こころの諸機能が統合されており、心理学的な事象全てが個人的知覚に統合されている状態です。
ところが、解離ではその精神的都合力が弱まり、かなりの数の心理学的事象がパーソナリティによる統合を離れて漏れ出ていくようになるのです。
解離とは何か
解離性障害で特徴となる解離という現象とはいったい何なのでしょうか。
解離は自分のこころ(自我)を守るため無意識的に行われる対処法である防衛機制の一つであると考えられており、解離性障害の患者だけでなく健常者においても起こりうる現象です。
解離はこころの中に収めておくことができないようなつらい体験や感情を意識することが無いように、それらをこころの外に追いやる心理的な防衛でもあります。
そのため、解離が起こることによって、本来はつながっているはずの記憶や意識が途切れてしまうという現象が生じます。
つまり、解離とは、次のようなものであると言えます。
正常解離と病的解離
多くの人が「ストレスが溜まりすぎて、気がついたらドカ食いをしていた」、「クレーム処理の最中に頭が真っ白になってしまった」などの経験があるかもしれません。
解離が起こったからと言ってただちに問題になるわけではありませんが、それが健全な解離ではなく、病的な解離になると社会適応に支障をきたします。
正常解離と病的解離を理解するためには次のような2つのモデルが存在します。
【解離における2つの視点】
- 連続体モデル:正常解離と病的解離は1つのスペクトラム(連続体)に存在する
- タクソン・モデル:病的解離と正常解離は質的に異なっており、病的解離は健常者は決して(もしくはごく稀にしか)体験しないもの
連続体モデルとは、もともと解離という機能はだれにでも備わっており、解離行動の度合いがあまりにも強い場合、病的な解離として社会不適応に陥るという考え方です。
これに対してタクソン・モデルでは、正常解離と病的解離は似ているようで全く異なるものであり、病的解離を行う人の認知構造は健常者のものと全く異なっていると捉えます。
これらのモデルのどちらが正しいのかということは現在も結論が出ていませんが、どちらのモデルにも共通する事項として言えることは、解離とは「嫌な出来事に対する主体性のない対処方法、もしくは情動に対する回避的対処方法」であるということです。
解離性障害の歴史
ジャネによる解離の提唱
解離性障害の前身となるヒステリー研究において、解離という概念を提唱したのはジャネ,Pという心理学者です。
ジャネは外傷体験によって生じるトラウマ性の記憶による苦痛から逃れるために解離を引き起こし、その結果としてヒステリー症状が現れると考えていました。
そのため、解離はその提唱されたときからトラウマと密接な関係を持っていると考えられていました。
フロイトによる解離の研究
精神分析の創始者であるフロイト,Sは、ヒステリーにはトラウマ体験に対する解離が関連しているとしつつ、その主なトラウマ体験は性的な要素を含むものと考えました。
つまりフロイトは、幼児期における性的暴行や性的交渉のようなものが解離によるヒステリーを引き起こす原因と考えていたのです。
第一次世界大戦以降の解離理論
このように研究がなされていった解離ですが、次第にトラウマ体験を前提とするジャネの解離理論は注目を失っていきました。
その後、再び解離という概念に注目が集まるようになったのは第一次世界大戦中です。
当時は戦争という常に死と隣り合わせの過酷な環境の影響により、戦争神経症と呼ばれる、現代でいうところのPTSD(心的外傷後ストレス障害)が深刻な問題となっていました。
その後、女性の社会進出や児童虐待への社会的関心が集まったこともあり、DSM-Ⅲによって初めて、解離性障害という疾病単位が記載され、トラウマ体験を前提とした解離理論が構築されるようになったのです。
解離性障害の症状
解離性障害には、同じ解離というメカニズムの表れ方によって様々な種類が存在します。それぞれの症状は次の通りです。
解離性同一性障害
解離性同一性障害は、映画やドラマでも見かけるような、明確に区別できる複数の人格が同一の人の中に存在し、それらの複数の人格が後退して個人の行動を支配するという所謂多重人格症のことです。
解離性同一性障害では、後述する解離性健忘も同時に出現することが多く、人格ごとで行為を記憶しておけません。
また、場合によっては人格同士が話をしていたり、自分の行動を他の人格に監視されているような感覚が生じることもあるようです。
解離性健忘
解離性健忘とは、映画やドラマなどでショッキングな事件に巻き込まれた被害者が、事件に関する一切のことを思い出せなくなってしまうように、単なるもの忘れでは説明できないほど、過去の一時期の記憶や自分の生い立ちなどに関する記憶を失ってしまう所謂記憶喪失のことを指します。
DSM-5への改訂により、自分の全ての生い立ちを忘れ、「蒸発」してしまい、全く別の場所で、別の人間として暮らす解離性遁走も解離性健忘の一つであるとまとめられています。
解離性健忘には次のような種類があります。
- 限局性健忘:ある出来事に関わる一定期間の記憶が抜け落ちてしまう
- 選択的健忘:ある一定期間の出来事のいくつかは思い出せるものの、そのすべてを思い出すことができない
- 全般性健忘:これまでの自分に関する記憶の全てを忘れてしまう(解離性遁走を引き起こす可能性有)
- 系統的健忘:特定のことに関することだけの記憶が抜け落ちてしまう
- 持続性健忘:新しい出来事が起こるたびに、それを忘れてしまう。
離人感・現実感消失障害
離人感・現実感消失障害は、もともと離人症と現実感消失症という2つの疾患をまとめた精神障害です。
離人症とは、実際の体験と感覚や感情・思考行動などと言ったことがバラバラに感じられることによって、様々な心理的機能が自分のもののように感じられなかったり、外側から自分を見ているかのような感覚に陥るものです。
また、現実感消失症では、周囲に対する現実感やなじみ深さが失われることで、周りの景色に現実感がなかったり、外界と自分の間に霧がかかっているかのような感覚が生じます。
解離性障害の治療法
解離性障害は心因性の障害であると考えられており、不眠などの2次的な症状が起きている場合などは睡眠薬などが補助的に用いられることがありますが、基本的には原因となる心理的な問題に対するアプローチとしての心理療法が用いられます。
特に解離は自分に対し、不快な出来事を自分のこころから切り離すというというメカニズムによって生じると考えられているため、ストレスとなる出来事を減らし、休養を促すような環境調整が重要です。
また、いじめや虐待などの外傷経験とも深い関わりを持っていることが古くから指摘されているように、そのようなショッキングな出来事も自分の一部であると受容できるような家族や治療者との安心できる信頼関係を築くことが重要です。
解離性障害の症状の多くは、ある程度時間が経てば自然に解消されたり、別の症状へ移行することが多いため、安全な環境下の中で治療経過を見守る温かな姿勢が求められます。
解離性障害について学べる本
解離性障害について学べる本をまとめました。
解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)
解離性障害の症状を確かめる質問紙では、普段私たちが経験しないであろう体験に当てはまるかについての質問がまとめられています。
つまり、解離性障害の人が体験する病的解離を私たちが体験的に理解することは非常に難しいでしょう。
そのため、その人たちがどのような体験をしているのかについて、本書でイメージを膨らませるのはどうでしょうか。
実践入門 解離の心理療法―初回面接からフォローアップまで
解離性障害に対して、適切な治療とはどのようなものなのでしょうか。
解離性障害は外傷体験と深い結びつきを持っているように、初回面接からしっかりとした信頼関係を築けるよう、留意する必要があります。
初回面接から治療後のフォローアップまでをまとめた本書で解離性障害についてのアプローチを学びましょう。
辛い出来事への防衛反応
解離性障害の症状は一見異質なように見えることが優先され、その症状により本人が苦しんでいるということにフォーカスが当てられにくいかもしれません。
しかし、辛い体験から何とか自分を保つために解離せざるを得なかった、辛い体験を生き抜いてきた人だと思えれば、解離性障害に対する見方も変わるかもしれません。
人間のこころの働きにはまだ未解明なものも多いため、ぜひ解離に対して抵抗を持つことなく、その学びを深めてみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
- 赤坂和哉(2020)『解離性障害の治療論 : 虐待トラウマから愛着トラウマへの原因論の変遷を通して』函館短期大学紀要 (47), 85-92
- 岡野憲一朗(2015)『解離性障害をいかに臨床的に扱うか』精神神経学雑誌 117(6), 399-412
- 廣澤愛子(2010)『「解離」に関する臨床心理学的考察--「病的解離」から「正常解離」まで』福井大学教育実践研究 (35), 217-224
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院