不安障害には様々な種類があります。高所恐怖症や先端恐怖症などは非常に有名でしょう。その中でも、人と関わることに対する「対人恐怖」は非常に古くから注目されてきました。
対人恐怖が日常場面で出会う人という広範にまで広がり、その人のパーソナリティにまで根付いていると回避性パーソナリティ障害という精神障害となってしまうのです。
回避性パーソナリティ障害とはいったいどのような精神障害なのか、その原因や特徴、症状と診断基準、治療法、接し方についてご紹介していきます。
目次
回避性パーソナリティ障害とは
回避性パーソナリティ障害とは、人とのかかわりに対して強い不安を抱くことにより、社会生活を送るうえで必要な対人場面を回避してしまうことを特徴とするパーソナリティ障害です。
回避性パーソナリティ障害の有病率は2.4%ほどだと言われており、男女で発症率の差はありません。
社交不安障害と回避性パーソナリティ障害の違い
対人恐怖を主症状とする不安障害に社交不安障害というものがあります。
社交不安障害と回避性パーソナリティ障害には対人恐怖という共通点があり、どのような違いがあるのかを明確に理解しておくことが必要でしょう。
社交不安障害は対人場面において強い不安を呈するという特徴がありますが、それは限局的です。
例えば、「会社のプレゼンを行うのが怖くて、仕事にいけなくなってしまった。プレゼンの前日には、実際のプレゼンで話しているときに緊張してしまい、手や足が震えて、汗をかき、倒れてしまうのではないかという思いになってしまうのです」といったようにです。
この人は、会社のプレゼンという状況を限定的に恐れて、それが原因で会社にいけないという不適応を引き起こしています。対人恐怖の類型で言うならば、「演説恐怖」を発症しており、それにより「震え恐怖」・「発汗恐怖」・「卒倒恐怖」が表れていると言えるのです(対人恐怖の類型については後述)。
これに対し、回避性パーソナリティ障害はこのような対人恐怖がパーソナリティ傾向まで根付いており、日常における様々な場面に対人恐怖を呈するという特徴があります。
このような違いを明確に把握し、鑑別できるようにすることは後の治療方針の組み立てに大きな影響を与えるため、しっかりと確認しておきましょう。
回避性パーソナリティ障害の原因
回避性パーソナリティ障害の明確な原因は現在でも特定されていません。
しかし、個人のパーソナリティは遺伝的な性格傾向(気質)と生まれ育った環境から影響を受けることが指摘されています。
例えば、気質的な特徴として指摘されているのが、新奇性追求(新しいものへの興味関心)の低さ、報酬依存(人から認められたいという気持ちの強さ)と損害回避(心配しがちで失敗を避けようとする傾向)の高さです
そのため、回避性パーソナリティ障害も遺伝的な影響と環境からの影響の相互が関連することによって発症するとされます。
回避性パーソナリティ障害とアタッチメントスタイル
愛着(アタッチメント)と呼ばれる、保護者などとの間に築かれる信頼関係は後の人間関係のひな型となることが指摘されています(これを内的作業モデルと呼びます)。
そして、対人関係間において主に問題が引き起こされる回避性パーソナリティ障害はこの愛着の形式、つまりアタッチメントスタイルに特徴があると考えられるのです。
そして、これを受け市川・村上(2016)はパーソナリティ障害傾向とアタッチメントスタイルの関連を検討しました。
アタッチメントスタイルは次の2軸によって表現されます。
【アタッチメントスタイルの2次元】
- 見捨てられ不安:「自分は愛される価値のある存在か」という不安を反映した自己観
- 親密性の回避:「他者は自分を助け、信頼できる存在か」
その結果として、見捨てられ不安及び親密性の回避は回避性パーソナリティ障害傾向を高め、回避性パーソナリティ障害傾向は抑うつを高めるという不適応的な影響が与えられるモデルが見出されています。
これは何を意味しているのでしょうか。
この結果は、回避性パーソナリティ障害傾向の高い人のアタッチメントスタイルは見捨てられてしまうかもという自信のない人であるということを指しています。
そして、そのような見捨てられてしまうことを防ぐために、他者と親密になることを願っているのですが、その一方で他者を信じ切れず、親密になることを回避しようとすることと葛藤を引き起こしてしまうのです。
そして、このような葛藤により精神的な健康度が下がってしまうという図式により、回避性パーソナリティ障害の主観的苦痛につながっていると考えられるのです。
回避性パーソナリティ障害の特徴
回避性パーソナリティ障害は対人場面における不安の強さから、社会的場面を回避してしまうことが最も特徴的だと言えます。それでは、そのような特徴はどのようなメカニズムで生じるのでしょうか。
市川・望月(2013)は回避性パーソナリティの行動メカニズムを実行(遂行)機能という観点から検討しています。
実行機能とは、神経心理学検査で測定される認知的な機能であり、次のような能力を指しています。
【実行機能とは】
目標の設定、行動のプランニング、計画通り物事を実行したり、効果的に遂行するため必要な認知機能を統合・管理し、問題を解決する能力。次の2因子から構成される
- 情意制御:情緒や思考を制御する機能
- 行動制御:実際の行動を制御する機能
この認知能力は、適切な行動を選択し、実行できるよう制御する機能であると言えますが、回避性パーソナリティ障害は、見捨てられるかもしれないという不安がありながら、対人場面を回避してしまうという行動の制御に問題を抱えていると解釈することもできます。
実際にこれらの機能と回避性パーソナリティ障害傾向の関連を検討したところ、回避性パーソナリティ障害傾向と関連がみられたのは、情緒や思考の制御に関わる「情意制御」のみでした。’
このことから、自己価値の低さから生じる見捨てられてしまうかもしれないという情緒や思考のコントロール不全のために、社会的場面を避ける過度な行動抑制が生じるのです。
回避性パーソナリティ障害の治療法と接し方
回避性パーソナリティ障害の治療法は他のパーソナリティ障害と同じく、日常での困りごとや自身の思考、感情のあり方と向き合う心理療法を行います。
基本的に、何らかの治療を行ったことにより別人のように性格が激変することはありません。
そのため、回避性パーソナリティ障害の治療は、その症状を取り除くというよりも、その人の個性として受け止め、うまく付き合う方法を探すような支援を行います。
また、回避性パーソナリティ障害は対人場面に恐れを抱き、回避行動をとりやすいため、治療に行くこと、セラピストに会うこともかなりの負担がかかります。
そのことを念頭に置き、辛い中治療に来たことをねぎらう温かな態度で接することが求められるのです。
補足:対人恐怖に関する研究
回避性パーソナリティ障害に特徴的な、人との交流において嫌われてしまうかもしれない、大きな失敗をしてしまうのではないかという不安は対人恐怖とも呼ばれており、その研究の始まりは精神障害の中では比較的最近のものです。
対人恐怖の類型
対人恐怖という概念には様々な場面や身体的変化に伴う症状を含んだ幅広い概念です。
そして、対人恐怖は対人場面に応じた類型及び二次的身体変化に応じた類型が存在します。
対人場面に応じた類型
- 大衆恐怖:大勢の前に出ることを恐れる
- 長上恐怖:目上の人と同席する状況を恐れる
- 異性恐怖:異性と同席する場面を恐れる
- 交際恐怖:他者と交際する状況を恐れる
- 演説恐怖:人前で発言することを恐れる
- 朗読恐怖:人前で朗読することを恐れる
- 談話恐怖:他者と会話する状況を恐れる
- 電話恐怖:他者と電話する状況を恐れる
- 会食恐怖:人前で食事する状況を恐れる
- 視線恐怖:他者から注視される状況を恐れる
- 正視恐怖:他者と視線を合わせる状況を恐れる
- 思惑恐怖:自分が皆をしらけさせる状況を恐れる
二次的身体変化に応じた類型
- 赤面恐怖:人前で赤面することを恐れる
- 表情恐怖:人前で顔が引きつり変な表情になることを恐れる
- 吃音恐怖:人前でどもることを恐れる
- 震え恐怖:人前で手や声が震えることを恐れる
- 発汗恐怖:人前で発汗することを恐れる
- 硬直恐怖:人前で身体が硬直することを恐れる
- 嘔吐恐怖:人前で嘔吐することを恐れる
- 卒倒恐怖:人前で意識を失って倒れることを恐れる
- 頻尿恐怖:人前で度々尿意が生じることを恐れる
- 頻便恐怖:人前で度々便意が生じることを恐れる
- 尿閉恐怖:公衆トイレを使用できないことを恐れる
対人恐怖研究の変遷
対人恐怖に関する最も古い症例は1846年にドイツのカスパーという医師が報告した赤面症の症例だと言われています。
この赤面症とは、人前で赤面することに強い苦痛を感じる症状を訴えるもので、その後20世紀初頭までは赤面症がなぜ起こるのかということに注目がある集まり研究が行われました。
しかし、欧米ではその後対人恐怖に関する注目は一度落ち着きます。
その間に森田療法を開発したことで有名な、日本の森田正馬は、独自の神経症理論において赤面を代表とする対人恐怖の諸症状を強迫観念症の一種であるとし、これらを総称して羞恥恐怖という概念を提唱しました。
その後、欧米でも社交場面において強い不安反応を呈することで社会不適応に陥る患者がクローズアップされるようになりました。
米国精神医学会が発行している精神障害の診断と統計マニュアルであるDSM-Ⅲでは、限定的な場面で対人恐怖の特徴を呈するものを社会恐怖症、日常生活広範にまで渡り対人恐怖症状を示すものを回避性パーソナリティ障害として位置づけたのです。
現在の疾患分類では、社交不安障害は不安障害群に、回避性パーソナリティ障害はパーソナリティ障害群に属するため、全く異なる疾患のように思われがちですが、両者には歴史的にも対人恐怖という概念的基盤を有するという共通点があり、非常に近しい精神障害なのです。
回避性パーソナリティ障害について学べる本
回避性パーソナリティ障害について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
不安こそ宝物: 対人恐怖症を薬に頼らず克服した、医師からのメッセージ
対人恐怖を神経症の一つだと概念化したことでも有名な森田療法では、不安を抱くことは当たり前であり、それをあるがままに受け入れようとする姿勢により症状の解消を目指します。
様々な対人場面において対人恐怖を抱く回避性パーソナリティ障害の治療について詳しく知りたい方は森田療法についても知っておくとより学びが深まるでしょう。
生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)
回避性パーソナリティ障害は、近年まとめられた疾患概念であり、心理学研究の取り組みも比較的少ないため、回避性パーソナリティ障害について書かれている本は非常に貴重です。
ぜひ、そのような数少ない回避性パーソナリティ障害に関する本に触れてみましょう。
近づきたいけど近づけない苦しみ
回避性パーソナリティ障害はシゾイドパーソナリティなどと異なり、人間関係に興味が無かったり、それ自体を否定的に捉えているわけではありません。
しかし、その人の根底にある自信のなさにより傷つくことを恐れ、社会的場面を回避してしまうのです。
このような人には、安心感を得られる環境の提供が不可欠であり、周囲は温かく接することを心がけていくべきでしょう。
【参考文献】
- 櫻井龍彦(2011)『対人恐怖と近代--恥はいかにして病理化したか』浜松学院大学研究論集 (7), 31-49
- 市川玲子・望月聡(2013)『境界性・依存性・回避性パーソナリティ障害傾向と遂行機能障害との関連』筑波大学心理学研究 (46), 87-95
- 市川玲子・村上達也(2016)『パーソナリティ障害傾向とアタッチメント・スタイルとの関連:―横断研究による精神的健康への影響の検討』パーソナリティ研究 25(2), 112-122
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院