人間が幸せをつかみ、高い精神的健康を保持するためにはどのようにすれば良いのでしょうか。これを追求した学者がマーティン・セリグマンです。
彼の主要な業績である学習性無力感やポジティブ心理学、PERMAモデルについてわかりやすく解説します。
目次
マーティン・セリグマンとは
マーティン・セリグマンはアメリカを代表する心理学者です。
1942年にアメリカで生まれたセリグマンはペンシルバニア大学で心理学を学び、博士号を取得する際に学習性無力感の理論を提唱しました。その後、人間の幸福に関して興味を持ったセリグマンはポジティブ心理学を提唱します。
これらの功績が認められ、1996年にはアメリカ心理学会の会長を務めるなどしました。セリグマンはアメリカでの心理学の発展に大きく貢献した人物なのです。
セリグマンの業績①:学習性無力感の研究
セリグマンの取り組んだ研究の1つに学習性無力感が挙げられます。
学習性無力感とは「自分の行動とは無関係で、コントロール不能な状況において嫌悪刺激を受け続けることにより無力感が形成される」という理論のことです。
セリグマンの犬の実験
セリグマンは学習性無力感を提唱するにあたり、犬を使った実験を行いました。
2匹の犬をそれぞれ別の実験室に入れる。
実験室はそれぞれ不快な電気ショックが定期的に流れるようになっており、1つの部屋には犬自身が電気ショックを止めることのできるスイッチを置いておく。
一定の時間、実験室で過ごした2匹の犬をそれぞれ、また別の実験室へ入れる。
次の実験室は低い仕切りによって部屋が区切られており、電気ショックの流れる区域と電気ショックの流れない区域に分かれていた。
実験の結果
この実験では、犬であっても無力感は学習されることが示されました。
最初にスイッチによって電気ショックを止めることのできる部屋で過ごした犬は、次の実験室でも不快な電気ショックを避けるために柵を飛び越え電気ショックを逃れました。
しかし、スイッチのない部屋で過ごした犬は自ら電気ショックを止めることが出来ないという理不尽な状況を経験します。
そのため、「自分の置かれている状況を変えることはできない」ということを学習してしまい、簡単に電気ショックを避けられる状況に置かれたとしても、その場に座り込んで諦めてしまったのです。
現在はこのような実験は倫理的に認められるものではありませんが、セリグマンはこうして得られた知見がうつ病の発症に関わるものであると考えていました。
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改訂学習性無力感
セリグマンが学習性無力感を提唱してから、心理学では人間でもこの現象が生じるのかについて精力的に研究が行われました。
そして、セリグマンの実験によるコントロール不能な状況で不快な刺激に曝され続けることのみでは人間には学習性無力感は生じないことが分かってきました。
そうしてセリグマンの理論をさらに発展させたのが改訂学習性無力感理論です。
この理論では、学習性無力感の成立に原因帰属の考えを取り入れています。
【改訂学習性無力感の現金帰属の次元】
- 内在性次元(外的-内的):出来事の原因が外的環境によるものなのか、それとも自分にあるのか
- 安定性次元(不安定-安定):出来事は一時的に起こったものと考えるのか、いつも起こるものなのか
- 全体性次元(全体-特殊):出来事の原因がどのような場面でも共通して起こるのか、特定の場面でのみ起こるのか
これらの次元はそれぞれ対になっており、どれに当てはまるかによって原因帰属のスタイルが決定されます。
そして、学習性無力感が最も強く引き起こされる可能性があるのは内的×安定的×全体的な帰属スタイルを持つ人であることが分かっています。
このような人は、何か良くないことが起こった際に、自分に原因があり(内的)、いつもそのような悪いことが起こり(安定的)、どのような場面でも悪いことが起こる(全体的)と考える人は無力感を抱きやすいのです。
このように、セリグマンの提唱した理論をベースに人間のこころの働きを探る研究が精力的に行われているのです。
セリグマンの業績②ポジティブ心理学の提唱
セリグマンが残した業績は学習性無力感の他にもポジティブ心理学が挙げられます。
ポジティブ心理学の構築
学習性無力感というネガティブな研究テーマによって有名になり、華々しいキャリアを持つセリグマンですが、自身のポジティブな感情や人生の満足という点でそれほど幸せに暮らしていたわけではないようです。
抑うつ、不安、怒りなどは遺伝的なパーソナリティ特性に由来しており、何とか緩和することが出来るくらいで、完全に根絶することが出来ない。私自身、破滅的で自動思考に対抗するためにありとあらゆる治療的な技法を知っているにもかかわらず、生まれつきのペシミストとして、頻繁に「私は失敗者だ」「人生は生きるに値しない」といった声を聞いてしまうのだ。私はこうした声に反論することでそのボリュームを幾分下げることは出来るのだが、そうした声は常に存在し続け、背後に潜み、いつでもぶり返しそうになっている。
これはセリグマン自身の言葉ですが、いかにセリグマン自身が自分の人生に満足できていなかったかが見て取れます。
こうしてセリグマンの研究テーマは、どのようにすれば幸せになれるのか、自分が持っていないポジティブな心理的要因はどのように作用するのかということに代わっていきます。
こうして構築されていったのがポジティブ心理学です。
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ウェルビーイング理論(PERMAモデル)
従来の臨床心理学では、不適応や精神疾患の原因は何なのかというネガティブな側面に注目し研究が行われることが多いものでした。
しかし、ポジティブ心理学では「幸福」へ近づくためにはどのようにするべきなのかということに注目し、人間の持つポジティブな心理的要因の作用について焦点を当てた研究を行っています。
そして、セリグマンが幸せの構成要素5つを取り上げた理論がPERMA理論です。
このPERMAとは次の5つの心理的要因の頭文字を取ったものです。
【PERMAの意味】
- Pozitive emotion:ポジティブ感情
- Engagement:熱中
- Relationship:人間関係
- Meaning:意義
- Achievement:達成感
良好な人間関係に恵まれ、ポジティブな感情を感じると共に、意義あるものに時間を忘れて没頭し、何かを達成したときにこそ幸せは感じられるとしたのです。
これを受け、ポジティブ心理学では各要素の心理的機能を研究するという道が切り開かれたという点でセリグマンの提唱した理論は非常に意義のあるものなのです。
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セリグマンについて学べる本
セリグマンについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)
セリグマン本人が書いた楽観主義者がなぜ成功するのかについて切り込んだ一冊です。
自身の悲観主義に悩んだからこそ、楽観主義になるためにはどうしたらよいのかを深く考えているセリグマンの姿勢を本書で感じられるでしょう。
学習性無力感―パーソナル・コントロールの時代をひらく理論
学習性無力感について学ぶことのできる入門書です。
コントロール不能で理不尽な状況に曝されることがいかに心身に影響を与えるのかについても触れているため、セリグマンが学習性無力感を発見してからもう一歩踏み込んだ学習が出来るでしょう。
セリグマンの研究の背景にあるもの
心理学の概説書で必ず見かける学習性無力感を提唱したことで有名なセリグマンですが、ポジティブ心理学という真逆のテーマを提唱した人物でもあるため違和感を感じる人も多いのではないでしょうか。
しかし、ポジティブ心理学を探求した背景には、その研究者の個性や願いなどが隠れているのでしょう。セリグマンの研究はその代表的なものなのです。
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【参考文献】
- 鎌原雅彦・亀谷秀樹・樋口一辰(1983)『人間の学習性無力感 (Learned Helplessness) に関する研究』The Japanese Journal of Educational Psychology 31 (1), 80-95
- 宇野カオリ(2019)『ポジティブ心理学の挑戦 (特集 研究対象の変化と新しい分析アプローチ) -- (心理学)』日本労働研究雑誌 61 (4), 51-58
- 江口聡(2015)『幸福についての主観説と客観説,そして幸福の心理学』哲学の探求. (42)