ポジティブ心理学とは?代表的な研究や批判点、学び方と主要な学会を紹介

2021-11-15

臨床心理学では、治療という観点から社会不適応や精神疾患など人間のネガティブな面に着目した研究が多くなりがちでした。

しかし、近年、人間の持つポジティブな性質に着目したポジティブ心理学が注目を集めています。

それでは、ポジティブ心理学とはどのようなものなのでしょうか。代表的な研究や批判点、学び方、主要な学会などについてご紹介します。

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ポジティブ心理学とは

ポジティブ心理学とはペンシルバニア大学のセリグマン,Mによって提唱された心理学です。

セリグマンは元々、動物実験により学習性無力感を証明するなど、抑うつ等のネガティブな領域を追求することで社会不適応を改善することに焦点を当てていました。

しかし、これまで見過ごされがちであった人間の精神機能のポジティブな側面に注目をするべきとして、アメリカ心理学会の会長となった1998年にポジティブ心理学を提唱したのです。

ポジティブ心理学の目的

人間のもつ精神機能のポジティブな側面に注目することには、どのような意味があるのでしょうか。

ポジティブ心理学では、従来の臨床心理学と同様に援助を必要とする人々に対し、新しい援助方法を提供することを目的としています。

それに加え、援助が必要なほど問題を持っていない人に対しても、さらなる精神的健康や主観的幸福感(ウェルビーイング)を向上させ、あらゆる人生をより充実したものにすることを目的としています。

ポジティブ心理学は、人間の持つネガティブな側面を無視しているのではありません。臨床心理学とタイアップしながら、健常な人々の主観的幸福感の促進や強みの強化を目指しているのです。

世界保健機構(WHO)は、心の健康とは、「すべての個人が自分自身の可能性を認識し、日常のストレスに対処し、生産的かつ豊かに働き、社会に貢献できる状態」としており、心の健康こそがウェルビーイングの状態であるとしています。

そのため、ポジティブ心理学の研究の多くは主観的幸福感という概念を向上させたり、阻害したりする要因がどのようなものなのかを捉えたものが多くなっています。

ポジティブ心理学の中核概念

ポジティブ心理学の中核概念として、主観的幸福感と楽観性があります。

各概念の概要は次のとおりです。

主観的幸福感

ポジティブ心理学で重視されている主観的幸福感には2つの側面があると指摘されています。

それは感情的な側面と認知的な側面です。

感情的側面では、快感情(嬉しい、楽しいなどのポジティブな感情)を有していること、および不快感情(辛い、苦しいなどのネガティブな感情)が無いことが重視されます。

認知的な側面とは、人生への満足感のことを指します。

つまり、主観的幸福感は次のような式で表すことが出来ます。

主観的幸福感=快感情の多さ+不快感情の少なさ+人生への満足感

楽観性

先に述べたように、ポジティブ心理学はウェルビーイングを非常に重要視しており、その主な研究は、どのような心理的要因がウェルビーイングの向上につながるのかということを調べています。

その中でも、ウェルビーイングと深い関わりを持つ、ポジティブ心理学の中核概念ともいえるものが「楽観性」です。

心理学における楽観性には次の2種類があります。

【心理学における楽観性】

  • 特性的楽観性:広く一般化された楽観的な期待によって特徴づけられるパーソナリティ特性
  • 楽観的説明スタイル:原因帰属のスタイルであり、ポジティブな出来事は内的・安定的・全体的な次元に帰属し(いつも、自分には、様々な場面でこのようなポジティブなことが起こると考える)、ネガティブな出来事は、外的・不安定的・特異的な次元に帰属しやすい(今回のネガティブな出来事はたまたま運悪く、自分のせいではないが起こってしまったと考える)傾向のこと。

ポジティブ心理学の研究

ポジティブ心理学における国内の代表的な研究例をまとめました。

心不全患者のウェルビーイングに影響を与える要因

日本においてがんに続いて心疾患による死亡は、日本で2番目に死亡数が多い疾患です。

そのような心不全疾患の治療やQOLの質には精神的健康やウェルビーイングが鍵を握っていることは喫繁の課題とされます。

宮崎(2020)は、心不全患者のこころの健康に着目した効果的支援を見出すために、心不全患者のウェルビーイングと楽観性、抑うつ、健康関連QOL、社会的交流との関連を検討しています。

その結果、心不全患者のウェルビーイングに影響を与える主な要因としては、楽観性、健康関連QOL、社会的交流の3変数が挙げられています。

つまり、心不全患者のこころの健康を促進するためには、自分の状況を楽観的または肯定的に受け止めることができ、社会とのつながりを保つことができるよう支援することの必要が示唆されたのです。

楽観・悲観性が精神的健康に与える影響

将来へのポジティブな結果を予測する傾向である特性的楽観性は、これまで楽観性-悲観性という単一の次元で扱われ、研究がなされてきました。

つまり、楽観的でない人は自動的に悲観的であるという考え方です。

しかし、近年の研究では、楽観性と悲観性を単一次元の両極で捉えるべきではなく、異なった2つの次元で捉えるべきという見方が広がってきています。

張・外山(2015)ではそのような考えに基づき、楽観性そして悲観性がどのように精神・身体的健康に影響を与えるのかについて検討しました。

その結果、楽観性と悲観性が精神的健康に与える影響のメカニズムは異なることが分かっています。

【楽観性】

楽観性はポジティブな感情を喚起しやすく、それによって今後の事態に肯定的な解釈を行いやすい。この肯定的な解釈はストレスに対する適応的な対処法(ストレスコーピング)であるために、満足感や幸福感といったウェルビーイングの向上及び抑うつといった精神的不健康を抑制する傾向がみられた。

【悲観性】

悲観性はネガティブな結果を予測することによって、ネガティブな感情が喚起されやすく、その結果として満足感が抑制され、抑うつや不安・不眠などの症状が高まることが示された。

これらの結果を勘案すると、楽観性が低く、悲観性が高い人は精神的にも身体的にも不健康となる恐れが高いことが考えられます。

特に、楽観性、悲観性は経験した感情価によって、使われるコーピングが左右されることは興味深い結果です。

つまり、楽観性がもともと低く、悲観性の高い人に対しては、心理療法などの介入などで変容させにくいパーソナリティ特性としての楽観性や悲観性に直接アプローチするよりも、ポジティブな感情の体験する機会を増やし、ネガティブな感情を経験する機会を減らすことがウェルビーイングの向上に望ましいことが分かります。

楽観性が代替的な目標の抑制に及ぼす影響

ポジティブ心理学は寄り良い生活を目指すという点も重視していることは先に述べましたが、ポジティブな性質を持つ人は仕事や勉強などのパフォーマンスが高いことも古くから指摘されていました。

しかし、ポジティブ心理学における中核概念である楽観性が高いという人は、考えようによっては、仕事が進んでいなくても「なんとかなるか」と楽観的な期待を持ち、結果的にパフォーマンスが悪くなることを先読みできないという道筋も考えられます。

この点に関し、外山(2017)はその理由として、楽観性が高い人はなぜ目標の達成ができるのかという点を検討するため、達成しなければならない重要な目標を活性化させた被検者の代替的な目標の想起がどのようになるかを楽観性の高低によって比較しています。

その結果、楽観性の高い人は、重要な目標が活性化されたときに代替的な目標の活性化が抑制されることが示されました。

例えば、楽観性は、学校でテストがあるという重要な学業達成の目標がある際に、「テストも何とかなるだろう」と短絡的な見通しを立てるように機能するのではなく、「バイトをしてお金を稼ぐ」、「部活でレギュラーになるために練習を頑張る」など代替的な目標が抑制され、テスト勉強に集中することができるよう機能するため高いパフォーマンスを引き出すことが分かったのです。

ポジティブ心理学への批判

ポジティブ心理学は臨床心理学に新たな視座をもたらしたものですが、その知見に対し批判が寄せられることもあります。

例えば、ポジティブ心理学では、ポジティブが良いもの、ネガティブが良くないものとしてとらえられがちですが、

  • ポジティブになればすべての問題が解決するわけではない
  • ネガティブな精神機能が人間にもたらす機能を軽視している

といった、ポジティブになることへの圧力に対する反発も生まれているのです。

ポジティブ・イリュージョンという現象とそれへの批判

ポジティブ・イリュージョンとは

ポジティブ心理学はこれまでの臨床心理学と異なる視点から、個人のポジティブな精神機能に目を向けてきました。

その最たる例は、健康である多くの一般人が、自身に関することに対し、実際(他の平均的な人よりも自身の能力や健康、運などを)ポジティブに捉えたり、考えたりするという知見です。

この肯定的に偏った認知が精神的健康につながるとするこの考えは、ポジティブ・イリュージョン(非現実的楽観性)と呼ばれています。

イリュージョン、つまり幻想と名付けられているのは、すべての人が「自分は平均よりも上である」と考えることは平均という考え方にそぐわず、理論的に不可能だからです。

例えば、「自分は平均的な人よりも健康的で、病気にかからないと思う」や「自動車事故に遭いにくいだろうと考える」などといったことは、多くの人が考えているのではないでしょうか。

ポジティブ・イリュージョンへの批判

ポジティブ心理学を含む現在の主流な心理学研究は、質問紙法を用いて人間の意識の層を対象とした研究を行っています。

しかし、意識で測ることのできる精神機能だけで、すべてを結論付けることには危険性もあります。

安田・佐藤(2000)は、質問紙で主観的幸福感などポジティブな心理的状態を自己報告する人の中には、本当に精神的に健康な人だけでなく、抑うつや不安などネガティブなものを無意識に強く抑圧し、見かけ上、楽観的に見える「抑圧型」が混入している可能性を指摘しています。

真の低不安者(健常者で本当に不安が低く楽観的であると考えられる人)と抑圧型の楽観傾向を比較したところ、

  • 真の低不安者はそれほど楽観的ではなく、現実に沿った見方ができる
  • 抑圧型は現状のネガティブな現状を捉える能力が低く、そのため、非現実的な楽観傾向を示す

といった傾向がみられました。

このように、見かけ上ポジティブだからと言って、自分にとって都合の悪いことは無意識に抑圧し見ないようにしてしまうことは、決して適応的とは言えません。

精神分析において古くから指摘されているように、無意識的な要素も含め人間の精神的な健康や適応を考える必要もあるようです。

ポジティブ心理学の学び方

ポジティブ心理学を学ぶためにはどのようにすればよいのでしょうか。

有効なのは学会に入会し、最新の研究やワークショップに触れたり、書籍によって自習することが挙げられます。

ポジティブ心理学学会の講座

ポジティブ心理学を学ぶためにおすすめの学会は、一般社団法人日本ポジティブ心理学会(JPPA)が挙げられます。

JPPAでは、ポジティブ心理学プラクショナー養成・認定コースと呼ばれる勉強会のコースを設けており、ポジティブ心理学について詳しく学ぶことができます。

ポジティブ心理学を学ぶための本

また、ポジティブ心理学を学ぶには、関連する書籍を読むこともお勧めします。

入門として、ポジティブ心理学をわかりやすく学べる本をご紹介します。

オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)

ポジティブ心理学の創始者であるセリグマンによる数々の研究では、楽観主義者が適応的で、高いパフォーマンスを示すという結果です。

読者が楽観主義者なのか、それとも悲観主義者かを判定するテストもついているので、これからポジティブ心理学を学びたい方はまずこの本を手に取ることをお勧めします。

それでも人は,楽天的な方がいい: ポジティブ・マインドと自己説得の心理学

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ポジティブ・イリュージョンと呼ばれる理論は1988年にテイラーとブラウンによって提唱された理論によって話題を集めました。

しかし、彼らの行った研究では、例え困難な病にかかっている人でも、自身に対する非現実的なポジティブな認知を持っていることが幸福感やストレス反応の少なさなど適応的な傾向がみられるという不思議な結果を報告しています。

そのような非現実的なオプティミストを巡る不思議な研究結果をまとめた本書で示されている楽観性にまつわる不思議な現象について知ってみましょう。

ポジティブだけが良いことか?

精神的健康を巡る研究では、不安などの傾向は不適応的なものとみなされています。

しかし、もともと不安というものは私たちに危険を知らせるアラームとしての機能を持った、生きていくために必要なものであることは変わりません。

心理学に新たな視座をもたらしたポジティブ心理学の功績はもちろんですが、それまでの臨床心理学で得られている知見を軽視することなく、総合的な人間のこころに関する学びを深めていきましょう。

【参考文献】

  • 橋本京子・子安増生(2012)『楽観性とポジティブ志向が幸福感に及ぼす影響』心理学評論 55(1), 178-190
  • 張 珺・外山美樹(2015)『楽観性と悲観性が精神・身体的健康に与える影響のメカニズムの日中比較』心理学研究 86(5), 424-433
  • 宮崎博士(2020)『心不全患者のウェルビーイングに影響を与える要因 : 楽観性,抑うつ,健康関連QOL,社会的交流に焦点を当てて』北海道医療大学看護福祉学部学会誌 16(1), 3-11
  • 外山美樹(2017)『楽観性が代替的な目標の抑制に及ぼす影響』教育心理学研究 65(1), 1-11
  • 安田朝子・佐藤徳(2000)『非現実的な楽観傾向は本当に適応的といえるか:「抑圧型」における楽観傾向の問題点について』教育心理学研究 48(2), 203-214
  • 一般社団法人日本ポジティブ心理学会,https://www.jppanetwork.org/

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    • この記事を書いた人

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    臨床心理士指定大学院に在学していました。専攻は臨床心理学で、心理検査やカウンセリング、心理学知識に関する情報発信を行っています。

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