心理学が誕生した、今から140年ほど前には、「こころとはどのようなものなのか?」、「こころとはどのようなものでできているのか」を探求していました。
しかし、アメリカ心理学の父と呼ばれたウィリアム・ジェームズはそのような流れに一石を投じたのです。それでは、ジェームズとはどのような業績を残したのでしょうか。こころの働きの目的に着目した機能主義心理学も解説していきます。
目次
ウィリアム・ジェームズとは
ウィリアム・ジェームズとは、アメリカ合衆国出身の心理学者です。
1842年にアメリカのニューヨークに生まれたジェームズは、当初画家を夢見ていたようですが、南北戦争後に大学で生物学や医学、生理学、解剖学など幅広い学問を学びました。
その後、アメリカで初の心理学実験所を設立し、最初の心理学の博士号を取得しています。このような背景から、ジェームズはアメリカ心理学の父とも呼ばれているのです。
また、ジェームズは人間の精神に強い興味を持ったジェームズは哲学についても学び、後にハーバード大学に哲学の教授として在籍することにもなりました。
機能主義心理学とは
人間のこころを探ろうとする取り組みは非常に古くから行われてきました。
そして、世界初の心理学実験室を創設したヴントによって、近代心理学が始まります。当時のヴントの研究テーマは、内観法と呼ばれる方法で、意識を構成している心的要素を探ろうとするものでした。
こうして、人間の意識・こころはどのような要素によって構成されるものなのかを検討する学派のことを要素主義・構成主義と呼びます。
構成主義・要素主義とは?機能主義との違いや構成主義への批判を解説
今回は、心理学の誕生にまで遡ります。ヴントの構成主義がどのようなものであったのか、その弟子のティチナーはどのような研究を行なったのか。 また、機能主義とは何かを学び、構成主義との違いについても見ていき ...
これに対して異を唱えたのが機能主義心理学派です。機能主義は、こころの内容ではなく、意識がどのような目的のために働くのか、なぜそのように働くのかということに注目をしています。
機能主義とは?こころの存在理由に注目した早期心理学を解説
世界初の心理学実験室が1879年に成立してから約140年。長い歴史のある心理学ですが、早期には、こころ(意識)をどのようにしてとらえればよいのかという議論が盛んになりました。今回はその中の立場の1つで ...
機能主義の背景には、当時の世の中に大きな影響を与えたダーウィンの進化論が背景にあります。ダーウィンの進化論では、生体が環境に適応と繁栄を成し遂げるために進化するという前提に立っています。
そして、機能主義心理学も「人間のこころの働きが、環境への適応においてどのような役割を果たし、生存に必要な行動を導くのか」という観点から研究を行ったのです。
その第一人者であるジェームズも「心的現象は、あらゆる環境への適応と生存するための機能であり、獲得される習慣もそれに関連した機能である」と考えました。
ジェームズは意識の内容を探ろうとする構成主義に対し、次のような批判を述べています。
「意識とは接合されたものでは決してない。それは流れるものだ。『川』『流れ』というメタファーで表すのが最も自然である。」
ジェームズの業績
様々な学問を学んでいるジェームズですが、心理学を学ぶ上でも外すことのできない重要人物です。
代表的な研究を早速見ていきましょう。
ジェームズ=ランゲ説(情動の抹消起源説)
構成主義と機能主義の対立は、人間の感情という面でも行われていました。
ヴントは、感情を次の3つの方向性に分化できるという主張をしていました。
【ヴントによる感情の3方向説】
- 快-不快
- 興奮-鎮静
- 緊張-弛緩
これは、感情がどのような要因によって構成されているかを明らかにしようとする取り組みです。
しかし、機能主義のジェームズはこれとは全く違った「どのようにして感情は生起するのか」という観点から、ジェームズ=ランゲ説(情動の抹消起源説)を提唱しました。
【ジェームズ=ランゲ説】
刺激事象の知覚によって身体的変化が生じ、その変化を知覚することが情動であるとする説
この説は、楽しい・怖い・腹が立つなど私たちが感じる様々な感情は、何らかの刺激を認識することによって生じた身体変化に気づいたものであると説明するのです。
例えば、お笑いのテレビ番組を見ていたとしましょう。
ジェームズ=ランゲ説によれば、そこで繰り広げられる面白いトークの音声情報や視覚映像により、脳や神経系は活性化し、笑顔になるという身体的な変化が生じます。
そして、自身の表情が笑っていることを気づくことで、楽しいという感情が自覚されるのです。
従来、感情は行動を引き起こすもの、楽しいから笑う、悲しいから泣くと考えられがちですが、ジェームズ=ランゲ説では、その真逆で笑うから楽しい、泣くから悲しいと考えるのです。
現在では、感情が生起するメカニズムとしてこの説は支持されてはいませんが、その後、感情の生起のメカニズムを解明しようとする研究の先駆けとなったという意味で心理学史に刻まれる重要な研究として位置づけられているのです。
心霊現象とプラグマティズム
科学としての心理学を追求しようとしていたジェームズですが、実は心霊というスピリチュアルな分野に対しても強い関心を持っていたようです。そのきっかけはレオノア・パイパーという人物でした。
ボストンに住むパイパー夫人は、霊を自分に憑依させることのできるトランス霊媒師でした。1885年、ジェームズはパイパー夫人が知っているはずのない自分の知人の名前を言い当てられ、パイパーに起こった超自然現象に対して強い興味を持つようになります。
その後、度重なる実験を行ったことで彼女の能力がトリックによるものではなく真正のものであることに確信を抱くようになったのです。
ジェームズは本当に霊魂が存在していてパイパーに乗り移ったのか、それとも霊媒師の無意識的な心的作用により起こったことなのか最終的には判断しきれずにいたようです。
それでも科学としての心理学を追求していたジェームズは、非科学的と考えられる心霊現象や超常現象にも強い関心を示していたのです。
プラグマティズムとは
この背景には、ジェームズが提唱したプラグマティズム(実利主義)という考えが背景にあるようです。
プラグマティズムとは、あらゆる学説、考え、主張などは生活において役立ち、有益であるならば、それは「真」であるという考えを指しています。
例えば、無神論者にとって、神様がいること、そしてそれを信仰することは大きな意味を持たず、神様がいるという主張は馬鹿馬鹿しい非科学的なものだと思えるかもしれません。
しかし、その信仰において人生が救われる、神の存在を信じることによって生きていけるなどその人の生活にとって有益となっているのであれば、それが科学的でないものであっても真だと考えるのです。
ジェームズは機能主義のように、外界に適応し生きていくための心的作用を追求したため、たとえ心霊現象であっても、それが生活に有益となっているのであれば真だとして研究を行ったのです。
ジェームズについて学べる本
ジェームズについて学べる本をまとめました。
初学者の方も手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
ウィリアム・ジェイムズ入門: 賢く生きる哲学
ジェームズは、人間の心的活動が外界に適応し、生きるために役立つよう進化してきたのだと考えていました。
それでは、ジェームズの考えは私たちの生活にどのように役立てることが出来るのでしょうか。
ジェームズが目指した心理学・哲学をぜひ本書を読むことで自らの生活に取り入れてみましょう。
ウィリアム・ジェームズと心理学―現代心理学の源流
哲学者として一般的に知られているウィリアム・ジェームズですが、、心理学において彼が残した功績は決して軽視することはできません。
彼の半生、そして心理学者としてどのような道を歩んできたのか。
ぜひジェームズのバックグラウンドを本書から感じ取ってください。
アメリカ心理学の祖
ドイツでヴントが現代心理学を創始したことはもちろんですが、アメリカにおける心理学の第一歩を切り開いたジェームズの功績は大きなものです。
彼に憧れて、多くの心理学者がアメリカの心理学研究の発展に寄与しています。
ジェームズに興味を持たれた方は、ぜひ彼の思想や心理学における貢献について深く学んでみてください。
【参考文献】
- 福田正治(2012)『感情階層説 : 「感情とは何か」への試論』研究紀要 : 富山大学杉谷キャンパス一般教育 40 1-22
- 信原幸弘(1996)『心・脳・機能主義』哲学 1996 (47), 42-54
- 木村英二(1983)『心霊現象とW.ジェイムズ』産業研究所所報,(6),52-60