今回は応用行動分析学(Applied Behavior Analysis:ABA)とは何か、その目的と基本原理・実施方法・批判や問題点を具体的な事例と共に解説します。また、応用行動分析学について学べる本や学会・研修会をご紹介していますので、関心のある方は参考にしてみてください。
目次
応用行動分析学とは
まずは、応用行動分析学とはどのようなものなのか、概要を理解しましょう。
応用行動分析学とは何か
アメリカの心理学者であるB.F.スキナーは、行動分析学を創始しました。行動分析学とは、人や動物の行動の原因を客観的な環境に求めるものです。
そして、行動分析学を日常の問題解決に役立てようとするものが、応用行動分析学(Applied Behavior Analysis:ABA)です。
応用行動分析学の適用範囲
応用行動分析学の適用範囲は、次のように幅広くなっています。
- ペットのしつけ
- 精神疾患のある人に対する支援
- 障害児に対する療育、支援
- スポーツマネジメント
- 組織行動マネジメント など
応用行動分析学の基本原理
応用行動分析学を行う上での基本原理を3つに分けて見ていきましょう。
強化(きょうか)と弱化(じゃっか)
「行動に変化が見られた」という場合、その行動が増えたか、減った(違う行動が増えた)かのいずれかを指しています。つまり、応用行動分析学では、ある行動を増やすか減らす(違う行動を増やす)ことが目的となります。
ある行動を増やす手続きを強化、ある行動を減らす手続きを弱化と言います。
・強化の種類は2通りあります。好子の提示と嫌子の除去です。
・弱化の種類にも2通りあります。好子の除去と嫌子の提示です。
つまり、応用行動分析学における基本原理の1つは、好子と嫌子の提示や除去によって強化や弱化が起きる、という考え方です。
好子(こうし)と嫌子(けんし)
行動分析学においては、行動の変化のために、好子と嫌子がキーとなることがわかります。では、好子と嫌子とは、どのようなものなのでしょうか。
好子
行動の直後にある刺激(物や言葉や環境の変化など)を与えた時、直前の行動が増えた場合、その刺激は好子です。
例えば、子どもが外から帰って手を洗った直後に「偉いね」と褒められることで、手を洗う行動が増えたとします。この場合「偉いね」というほめ言葉が好子となっていると考えられます。
嫌子
反対に、行動の直後にある刺激を与えた時、直前の行動が減った場合、その刺激は嫌子です。
待ち合わせに遅れたら相手にひどく怒られることで、遅刻が減ったとしたら、相手から怒られるということ象が嫌子になっていると考えられます。
人それぞれ嬉しいことや不快なことが異なるように、人によって好子や嫌子は異なります。また、個人にとっても体調や気分の変化があるように、個人にとっての好子や嫌子も場面によって変わることがあります。
ABC分析
応用行動分析学では、行動を次のような流れの中で捉えます。
ABC分析
事前の出来事・先行条件(Antecedent)
↓
行動(Behavior)
↓
結果(Consequence)
このように、行動を「事前の出来事」と「事後の結果」というセットでとらえることで、行動の意味を考える原理を、それぞれの頭文字をとってABC分析と言います。
応用行動分析学の具体的な適用場面
以上の基本原理を踏まえた応用行動分析学が、実際にどのような場面で適用されるのかを見ていきましょう。
応用行動分析学をビジネスに適用する
やる気のない部下に対して、もっと元気に生き生きと働いてほしいと思っている上司がいたとします。
この部下に対する応用行動分析学を用いた解決策として、舞田(2012)は次のようなアプローチを提案をしています。
応用行動分析学によるアプローチ
- 問題を具体的な行動に置き換える
- 問題行動をABC分析で理解する
- 増やしたい行動を強化する
それぞれについて詳しく見てみましょう。
① 問題を具体的な行動に置き換える
行動分析学を用いるためには、問題を行動として理解し直す必要があります。この場合、例えば「会議で発言しない」という具体的な行動に置き換えることが可能です。
② 問題行動をABC分析で理解する
- A(先行条件):会議中
- B(行動):発言する
- C(結果):つまらなさそうな反応や反論をされる →弱化が生じている
次に、「会議で発言しない」という問題行動をABC分析で考えます。会議中(先行条件)に発言(行動)した結果、つまらなさそうな反応をされたり、反論されたらどうでしょう?このような場面では弱化が生じ、「会議で発言しない」という行動につながってしまいます。
③ 増やしたい行動を強化する
- A(先行条件):会議中
- B(行動):発言する
- C(結果):興味深そうに聞く、共感を示す →強化が行われる
それでは、部下が会議中に発言した時、興味深そうに聞くようにして、共感を示したとしたらどうでしょう?おそらく、強化が行われて次回から会議中の発言が増えるはずです。
このように、ビジネス場面でも、問題を具体的な行動に置き換えABC分析を行なうことが有効に機能します。
応用行動分析学を子育てに適用する
応用行動分析学は子育てにも有効です。例えば、子どもが壁などに落書きをしてしまうのをやめさせたいとします。
多くの場合、落書きを後から発見したり、落書きを見つけた時に叱ることが多いのではないでしょうか。叱ってやめたのなら、叱ることが嫌子となっており、目的が達成されたことになります。
ただ、叱っても落書きをやめない場合には、叱ることが嫌子として有効に機能していないと考えられます。
例えばABC分析で考えると、A(先行条件)が「母親の長電話」で、C(結果)が「叱られることによって母親の注目を得られた」だとしたら、どうでしょう?落書きという行動は、母親の注目という「好子」によって増加することになってしまいます。
- A(先行条件):母親の長電話
- B(行動):落書き
- C(結果):叱られることによって母親の注目を得られた
この場合、落書きをやめた時、または落書きをしていない時に褒めることで、落書きをしないこと(代わりの別の行動)が増えるのです。
応用行動分析学の研究
ここまで応用行動分析学の概要と実践事例を解説してきました。ここからはさらに一歩進んで、応用行動分析学についてどのような研究がなされているのかを見ていきましょう。
掛け算九九の習得に応用行動分析学を適用した研究
野田・松見(2014)は、小学2年生の掛け算スキル習得に応用行動分析学を適用した実践研究を行なっています。
研究に用いられた指導法
この研究では、3C学習法(Cover-Copy-Compare)が用いられました。3C学習法は、学校現場で実施できる基礎的計算スキルの指導法で、応用行動分析学に基づいたものです。
掛け算スキルにおける3C学習法は、以下の5つのステップからなります。
- 問題と解答を見る(例えば、2×3=6)
- カード等で問題と解答を隠す
- 問題と解答を書く(2×3=6)
- 問題と解答を隠していたカードを外す
- 自分が書いた問題と解答を評価する
方法
掛け算九九の習得が難しい通常級在籍の小学2年生2名(A児、B児)に対し、10月から3月までの週2回、掛け算九九の3C学習を実施しました。
タイムトライアルにおける正答数が目標を達成できた場合には、「すごい!最高記録!」などの言語的賞賛とシールを1枚与えました。
タイムトライアルにおける正答数が目標を達成できなかった場合には、「惜しかったね。また今度も頑張ろう」などの励ましの言葉を与えました。
用いた掛け算の段は、各児童の習得していない段です。A児については2の段、3の段、4の段、B児については5の段、2の段、3の段を用いました。
結果
2名の児童について、掛け算スキルの正答数の増加が見られたと共に、掛け算スキルの流暢性についても向上が見られました。
考察
対象児2名における掛け算スキルの流暢性が向上したことは、3C学習法の影響だとしています。
すなわち、解答行動の直後に正答を確認するという即時フィードバックの手続きにより、正しく解答する行動が強化されたと考えられました。
また、タイムトライアルで、早さの目標設定とフィードバックを用いた練習も、流暢性の向上に影響を及ぼしたとしています。
応用行動分析学の批判・問題点
応用行動分析学は、スキナーの行動分析学を実際の問題場面に適用しようとしたものです。
目に見える行動のみを対象とし、動物にも人間にも同じ原理を適用するという、あまりにも科学的・客観的すぎる手法への批判もあります。
これに対し、北口(2010)は、「『科学的に考え行動する』ということは「愛情ある教育を行う」ということと、決して矛盾するわけではなく、むしろその必要条件であるとさえ言える」と述べています。
応用行動分析学の学会・協会と研修
応用行動分析学の学会・協会には、次のようなものがあります。
日本行動分析学会
1979年に「行動分析研究会」としてスタートしてから、40年以上の歴史を持つ学会です。
行動分析学に関わる研究、教育、実践活動の促進等を目的としており、米国に本部を置く国際行動分析学会にも加盟しています。
日本ABAマネジメント協会
「見える行動・測れる向上」を理念とし、組織・個人・家族子育て・教育・ペットのマネジメントを対象とした実践や研究を行なっている団体です。
平成30年に設立された新しい団体ですが、研修やセミナーも行なっているようです。
応用行動分析学について学べる本
応用行動分析学について学べる本をご紹介します。
現場で役立つ「施設職員ABA支援入門ー行動障害のある人へのアプローチ」 学苑社
強度行動障害の実践研究を重ねてこられた著書による実践書です。
施設職員にとって、行動行動障害を持つ方への対応は容易な事ではありません。
本書では、行動問題を示す人へのアセスメントから具体的な支援方法、自立するためのスキルを教える方法等がわかりやすく書かれています。
事例も載っており、現場で役立つ1冊となっています。
家族で楽しく実践できる「家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46」
応用行動分析学は、自閉症児の療育プログラムにマッチした学問です。
ですが、療育を家庭で熱心に取り組もうとすると、親子共々疲れてしまいます。
本書は、家庭での療育を効果的かつ楽しみながら取り組めるようなプログラムが46個掲載されています。
子供の「できない」ストレスの原因が具体的に分かり、親子で「できた!」という達成感を感じられるためのヒントが満載の1冊です。
シンプルに考える
私たちが悩みや問題直面した時、精神力の弱さのせいにしてみたり、やる気スイッチを探してみたりすることがあります。
自分の内面を見つめることも成長に役立つことがあるのは事実ですし、心を探る心理療法が有効な場合も勿論あります。
けれども、もっとシンプルに行動を変えることができる方法もあるのです。
相手や状況に応じて、行動へのアプローチと内面へのアプローチを上手く使いこなせたら素晴らしいのではないでしょうか。
参考文献
青木愛弓(2008) インコのしつけ教室 応用行動分析学でインコと仲良く暮らす 誠文堂新光社
井上雅彦(2008) 自閉症の子供のためのABA基本プログラム 家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46 学習研究社
北口勝也(2010) 応用行動分析を用いた教育コンサルテーション 武庫川女子大学大学院教育学研究論文集 5,33-40
村本浄司(2020) 施設職員ABA支援入門ー行動障害のある人へのアプローチ 学苑社
野田航・松見淳子(2014) 小学2年生の掛け算スキルの流暢性の向上を目指した応用行動分析的指導の効果ーCover-Copy-Compareの応用ー 特殊教育学研究,52(4),287-296
舞田竜宜(2012) 行動分析学で社員のやる気を引き出す技術 日本経済新聞出版社
山口薫(2010) 発達の気がかりな子どもの上手なほめ方しかり方〜応用行動分析学で学ぶ子育てのコツ〜 学研教育出版