心理検査には様々な種類があり、中には絵を描くことで、そこに表される被検者のこころの内面を探る描画法というものがあります。
今回はその中でも文化に関係なく人間になじみ深い「木」をテーマにした描画法であるバウムテストを取り上げ、実施方法から結果の解釈、具体的な事例などをご紹介します。
目次
バウムテストとは
バウムテストとは、コッホ,Kによって開発された、樹木を描くことで被検者の心理的な状態を捉えようとする心理検査です。
バウムテストを含む描画法では、被検者の無意識を捉えることが出来るとされています。
無意識を対象とした心理検査の代表的なものとしてはロールシャッハ・テストやTAT(主題統覚検査)などが挙げられますが、それらに比べ実施が簡便に行え、被検者への侵襲性(心理検査で曖昧な刺激に晒すことによる心への負担のこと)少ないとされています。
しかし、描画法だけで被検者のこころの全体像をとらえることはできないため、あくまで他の検査と組み合わせるテストバッテリーの一つとして用いるようにしましょう。
※その他の描画法・投影法について知りたい方は、以下の記事をお読みください。
投影法とは?検査の種類と長所・短所―心理テストは無意識を測定できるのか
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バウムテストの目的
バウムテストは、無意識を捉えることが出来る点や実施に言葉を用いない点などから、面接の語りとは異なるパーソナリティの一面を捉えることも可能にします。
実施の目的としては、パーソナリティ傾向を把握することで被検者の多面的理解に役立てることのほか、被検者の状態像、知能・発達水準などを把握する手掛かりとすることもあります。
例えば、年齢に比して形態が幼い場合は、心理的な退行や知的の遅れが窺えます。また、被検者の状態像・病態水準を捉えることも可能であり、治療過程の把握に役立てられることもあります。
なお、バウムテストはもともと職業適性検査のひとつであり、コッホが産業カウンセラーとして従事していた際に、バウムテストをパーソナリティ検査へと開発したという経緯もあります。
バウムテストの実施法
バウムテストの実施は非常にシンプルです。
必要なもの
- A4版画用紙(白)
- 鉛筆(2B以上)
- 消しゴム
教示
基本的にはこれだけで実施が可能です。
ただし、自由かつ丁寧に絵を描いてもらうことは守ってもらいましょう。
描画後には木がどのような状態であるか、今どのように感じているか、強い木か弱い木か、どのような人物をイメージしたかなどを質問し、解釈に生かすこともあります。
バウムテスト実施上の留意点
バウムテストでは、描かれる木に反映されたこころの内面を分析することが目的であり、現実にある木を正確に模写する必要はありません。そのため、外の樹木が見える環境や参考となる写真・絵があるような場所での実施はできません。
バウムテストでは検査用紙を縦向きで渡しますが、まれに横向きにしてから木を描く場合があります。そのような場合は、自由に描写させ、横向きに描かれた樹木を分析するようにしましょう。(横向きに書いた場合は利己的・自己の環境に満足していない・空想しがちなどの傾向を反映しています)
また、どうしても「実のなる木が描けない」という被検者もいます。その時は、無理に木を描かせることはやめ、描けないという被検者の反応を記録するようにしましょう。
バウムテストの結果の解釈
バウムテストはまず、描かれた木の全体的な印象を評価し、その後詳細な部分の分析を行います。今回は代表的な解釈のポイントをいくつかご紹介します。
全体の解釈
全体の解釈の着眼点は、以下のとおりです。
- 明るいか、暗いか
- 若々しいか、老いているか
- 伸びやかか、萎縮しているか
全体の評価が終わったら木の特徴に注目して分析を行います。
幹:生命力の象徴
- まっすぐ伸びている:頑固・負けず嫌い
- 右に曲がる:人に嫌われることを恐れる
- 左に曲がる:対人関係が苦手・消極的
- 太いー細い:活力にあふれるー疲れている
- 黒く塗る:自尊感情が低い・自己嫌悪に陥っている
- 模様を描く:他者評価を気にしやすい
- 一部が折れている:挫折
- 幹のみで枝葉がない:元気がない・抑うつ的
枝:知性や情緒の象徴
- 多い:空想傾向が強い・高揚している
- 広がりがある:寛容
- 先が尖っている:攻撃性
- 枝がない:自分に満足していない
葉:気分や感情の象徴
- はっきり書くー小さく曖昧:社交的-内向的
- 1枚ずつ書く:承認欲求が強い・完璧主義
- 尖っている:論理的
- 宙を舞っている:自己顕示欲求が強い・自意識過剰
- 落ち葉:挫折経験がある
- 葉がない:孤独
根:検査時の生命力
- しっかりと力強く張っている:気分が安定して、落ち着いている
- 根がない:緊張している・不安が強い
地面:他者との対人関係
- 平坦:人間関係に問題がない
- 歪んでいる:人間関係に問題がある
- 塗りつぶされている:人間不信になっている
- 草が生えている:人間関係に疲れ果てている・癒しを必要としている
実:希望や目標の象徴
- 実を描く:目標がある
- 枝から離れている:目標に何らかの障害がある
- 落ちている:夢を諦めた挫折経験
- 実の種類が豊富:大げさな夢を抱えている
木以外
- 左に太陽(右に影):やる気・希望にあふれている
- 右に太陽(左の影):新たな自己を模索
- 雲・雨:後ろめたさ・秘密がある
- 真上に並木道:新しいことを始めようとしている・前向きになっている
- 右上に並木道:目標に向けて努力している
- 左上に並木道:振り切りたい何かがある
- 鳥の巣に卵:家族を作ろうとしている
- 空っぽの鳥の巣:喪失感を抱いている
- 飛んでいる鳥:開放的な傾向
- 昆虫:依存的な傾向
- 絡まったツタ:女性的思考が強い
- 絡まったヘビ:親子関係に問題がある、親が煩わしい
- 山:親に依存している、自立心が乏しい
- 花や生き物:目立ちたがり
樹木の位置
バウムテストでは検査用紙という限られた空間をどのように使っているか、つまり木をどこに描いているかについて分析を行うことがあります。
そして、用紙の左右及び上下は次のような心理的特徴を反映しているとされます。
- 上ー下:【精神性・意識】ー【物質性・無意識】
- 左ー右:【内向・内省・母性・女性性・過去】ー【外向・行為・父性・男性性・未来】
また、木が描かれる場所は次の9つに分類されており、それぞれの解釈は次の通りです。
- 中央:バランスの取れた人物で、健康かつ肯定的な未来への期待を抱けている
- 左側:情緒のバランスが悪く、支配的な母親の影響を強く受けている
- 右側:幼少期の母の愛所が欠如しており、母への怒りが強い
- 上方:退屈もしくは自信がある
- 下方:不適切な感覚を抱いている
- 左上:母の影響を強く受けている、母の支配から抜け出そうともがいている
- 左下:抑うつや未来への恐れがあり、過保護な母親の影響を受けている
- 右上:野心家、空想を好む
- 右下:目標へ到達できない、新しいものを否定し、失敗を恐れる、未来に対する拒否感
樹木のサイズ
極端に大きいもしくは小さい樹木は何らかの心理的特徴を表しています。
非常に小さい木
非常に大きい木
また、中には用紙をはみ出すほど大きな木を描く場合があります。はみ出している部位それぞれに対する解釈は次の通りです。
- 用紙の下端で途切れ、根がない:自己を切り捨てて、眺めている
- 樹幹が上左右の3辺にはみ出す:自己中心的・判断力にかけ騙されやすい・空想家
- 樹幹が右側へはみ出す:男性に影響されやすい・素朴で批判的判断に欠ける
- 樹幹が左側へはみ出す:女性に影響されやすい・心霊現象に影響されやすい(男性)・女性的な活動に夢中になる(女性)
筆圧
筆圧や絵を描き上げるスピード、用紙の使い方なども解釈の手掛かりとなります。
- 強い:行動力がある・積極的
- 弱い:消極的・無気力・不安
- 安定しない(使い分けているわけではない):情緒不安定
描く速さ
- 早い:せっかち、衝動的
- 遅い:おっとり、慎重
用紙の使い方
- 縦向き:現状に大きな不満はない
- 横向き:現状に満足していない
バウムテストの事例
実際にバウムテストを用いた事例にはどのようなものがあるのでしょうか。
今回は解離性同一性障害(いわゆる多重人格)の治療過程における、分裂した人格の統合と描画される樹木の関係について紹介している福井ら(2007)の研究をご紹介します。
解離性同一性障害(DID)とは症状が多彩かつ複雑で、統合失調症のような幻聴や妄想を示すこともあり、その鑑別診断にはロールシャッハ・テストを用いることが多いとされます。
クライエントについて
初診時、32歳既婚女性。不妊治療がうまくいかず出産を諦めざるを得なくなった後電車の中でパニック発作を発症。幼少期は母親からの虐待やいじめ、性的暴行などトラウマティックな経験をしており、催眠療法を適用すると12の交代人格が確認されたため、同治療法にて人格の統合を行った。
(※福井ら(2007)『催眠療法により人格統合に至った解離性同一性障害の心理アセスメント事例--4回のMMPIとバウムテストの結果』p194より)
治療過程におけるバウムテストの描画
治療過程において、4回実施したバウムテストの描画は次の通りです。
(※同上p196より)
1枚目の絵では、殴り書きのような樹幹と細く無機質な幹が描かれ、根もないなど陰鬱として寂しげですが、激しく様々な感情が内面で渦巻いているような印象を受けます。
実際に1枚目の絵を描いている際に
「実は描けない、青く茂っているだけ」
と語り、涙を流したとあるように、不妊治療の失敗から生きる目標も見失い、大きな混乱と絶望に陥っているとも感じられるようです。
しかし、治療を開始していく中で、木はより安定して豊かなものとなり、実もたくさんついた充実した内容となっているように感じられます。
2枚目の絵では身が下に落ち、子どもを授かれなかったという喪失体験に直面しているようにも感じられますが、人格統合がなされた3枚目、4枚目では実を3つもつけた絵になりました。
「樹齢は働き盛りの30代で、元気で育ちざかり。実は甘くてたくさんなると思う」
と語り、生きるエネルギーと将来への希望を取り戻したクライエントの状態像を反映しているようにも感じられます。
バウムテストについて学べる研修
バウムテストについて詳しく知りたいという場合、研修やワークショップの受講を通して、正しい実施法や解釈を身に付けておくことも重要です。
日本描画テスト・描画療法学会は、バウムテストをはじめとする描画法に関する学会です。年1回の大会のほか、定期的に研修会も開かれていたり、学会誌が発行されたりしています。
また、バウムテストは手続きが複雑ではなく、幅広い対象に用いられることなどから、投影法(描画法)の代表的な検査のひとつとなっています。日本臨床心理士会や各都道府県の臨床心理士会をはじめ、様々な学会や組織で研修やワークショップが開かれています。
バウムテストについて学べる本
更に深く学びたい方に向けて、バウムテストについて学べる本をご紹介します。
バウムテスト[第3版]ー心理的見立ての補助手段としてのバウム画研究
バウムテストは施行がシンプルであるのに対し、解釈するうえで着目すべきポイントは多数あり、それらをすべて記憶しようとするのには非常に骨が折れます。
ご紹介したこちらの本は、バウムテストの理論的背景や特徴的な描画サインについて詳細にまとめてあるため、これからバウムテストを学びたい方へおすすめの1冊です。
バウムテストQ&A
初学者が心理検査を実施するとまず直面するのが、検査時に起こるイレギュラーへの対応でしょう。
それぞれの検査には起こりやすいイレギュラーな被検者の反応の代表的なものがあり、検査者が動揺してしまったり、不必要に指示的態度をとると適切な検査結果は得られないでしょう。
そのため、事前にバウムテストに関するQ&Aに目を通し、想定されやすい事態を頭に入れておくとよいでしょう。
バウムテストに関連するキーワード
今回ご紹介したバウムテストに関連するキーワードをまとめます。サイト内に記事があるものについてはリンクを付けておりますので、併せてご参照ください。
バウムテストを理解するためのポイント
- バウムテストは、コッホによって開発された、樹木を描くことで被検者の心理的な状態を捉えようとする心理検査
- バウムテストは被検者の無意識を捉えることが出来ることに加え、実施が簡便且つ被検者への侵襲性も少ないことが特徴
- 手続きは「実のなる木を一本描いてください」と教示し、A4サイズの画用紙に鉛筆で自由に木を書いてもらう
- 解釈は、まず木の全体的な印象を評価し、その後に詳細な部分(位置やサイズ、幹、枝、葉、根、実など)の分析を行う
普遍的なテーマを描かせることの意味
木というのは人種、文化に関わらず人になじみのある普遍的なテーマです。
また、自然に囲まれると癒される経験は想像に難くなく、描画することでクライエントの葛藤を表現するカタルシス効果も見込めます。
バウムテストは心理検査であるとともに、治療的効果を持っていることも大きな特徴であると言えるでしょう。
投影法とは?検査の種類と長所・短所―心理テストは無意識を測定できるのか
投影法とは、無意識に潜む欲求や感情などを引き出す精神分析的発想に基づくもので、ロールシャッハテストやTAT(風景構成法)、バウムテストなどに代表されます。 投影法は、無意識に潜む欲求や感情などを引き出 ...
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参考文献
- カール・コッホ(著)・岸本寛史・中島ナオミ・宮崎忠雄(訳)『バウムテスト[第3版]ー心理的見立ての補助手段としてのバウム画研究』誠信書房
- 福井義一・飯野めぐみ・福井貴子(2007)『催眠療法により人格統合に至った解離性同一性障害の心理アセスメント事例--4回のMMPIとバウムテストの結果』東海学院大学紀要 (1), 193-202