心理検査の代表的なものである、MMPIやロールシャッハ・テストはパーソナリティを測定するもので、WAISや田中ビネー式などは知能を測定する検査です。
しかし、パーソナリティや知能のほかにも視覚と運動の協応の程度や神経学的な脳の損傷も精神症状を査定するために必要となる場合があります。
今回は、脳の損傷や認知症の評価にも用いられるベンダー・ゲシュタルト・テストを取り上げ、その特徴や解釈のポイントなどをご紹介していきます。
目次
ベンダー・ゲシュタルト・テストとは
ベンダー・ゲシュタルト・テストは児童精神科医であるベンダー,Lが開発した作業検査法あるいは描画法の心理検査です。
ベンダー・ゲシュタルト・テストは視覚-運動ゲシュタルト機能(視覚と運動を協応させるための機能)の成熟の度合いや異常を見抜くことに長けています。
適用年齢は5歳以上であり、認知症を詳細に査定する際にも用いられるなど高齢者を対象としても実施ができるとされています。
ベンダー・ゲシュタルト・テストの実施法
ベンダー・ゲシュタルト・テストでは、見本となる9枚の図版に書かれた幾何学図形を2Bの鉛筆によってA4サイズ縦長紙に書き写すことで行われます。
実施時間は約5分と短時間で実施でき、身体障害のない被検者にとっては実施が容易です。
しかし、身体不自由によるリハビリテーション施設などの座位をとることが困難な患者を対象として9枚もの図版を書かせることは大きな負担となりかねないことに注意が必要です。
なお、ベンダー・ゲシュタルト・テストで用いる図形はベンダー自身が作成したものもありますが、ゲシュタルト心理学者であるウェルトハイマーが研究で用いたものも含まれています。
実施上の注意点
原則として、自由に図形の模写を行わせなければなりませんが、検査を実施していると次のような質問や行動がみられることがあるため注意しましょう。
- 「1つの図形の描画サイズ・記録用紙内での図形の配置をどうすればよいか」などの質問を受けた際には指示的な回答をしてはならず、「自分の好きなように、自分の思うように描くこと」を伝える。
- スケッチ風に描写せず、単線で描写することを伝える。
- 刺激図版や記録用紙の向きを変えないよう教示する。これらを行おうとした際は一度注意をするが、それでも行おうとする場合はそのまま課題を行わせ、それに関する記録を残す。
- 制限時間はないものの、各図版ごとの所要時間を記録する。
- 課題遂行中の発言や表情の変化にも注意を払い、記録に残す。
ベンダー・ゲシュタルト・テストの解釈法
ベンダー・ゲシュタルト・テストで検査結果を評価する際には描写の正確さや描画方法、線の乱れ、図形の相互関係などに注目して行われます。
代表的な評価の方法としてはコピッツ法とパスカル・サッテル法の2つが挙げられます。
パスカル・サッテル法
ベンダー・ゲシュタルト・テストでは回転、繰り返し、震え、一部欠如、歪みなどの採点項目が各図版ごとに設定されています。(合計で105項目あります)
そのため、それらの採点基準に基づき、各図版の得点を算出し、求めた粗点をZ得点に換算します。
そして、求めたZ得点を4段階で判定します。
なお、段階が高いほどゲシュタルトが崩壊している度合いが高いとされています。
また、得点化するという数量的な評価に加え、特徴的な図形の変形や誤りを評価する内容分析も重ねて行うことでより被検者の状態像を詳細に把握することができるとされます。
コピッツ法
コピッツ法は5~10歳の児童を対象とした評価法です。
身体的発達が不十分な児童は、筋肉的な協応が十分に発達していないため、成人向けの採点方式で行うと公正な判断ができなくなってしまいます。
そのため、幼児向けに修正された評価法であるコピッツ法を用いるようにしましょう。
認知症を対象とした他の心理検査
ベンダー・ゲシュタルト・テストは、被検者に対する情緒的なショック及び負担が少ないことから、体力が低下した高齢者の精神機能の検査としても注目されており、認知症の症状を評価するツールとして用いられることがあります。
そのほかの代表的な認知症の評価が可能な長谷川式認知症スケールとMMSEをご紹介します。
長谷川式認知症スケール(HDS-R)
長谷川認知症スケールは一般の高齢者から認知症患者をスクリーニングすることを目的と作成された検査で、記憶を中心とした認知機能障害の有無を捉えることのできる心理検査です。
カットオフ値(異常が疑われる点数の基準)は30点満点中20点以下とされており、この数値を下回ると認知症の疑いがあると判断されます。
検査の対象となる高齢者は体力的な面から心理検査による負担を慎重に評価せねばならないため、質問項目が9問と少なく、5~10分で実施できるということは大きな利点です。
しかし、認知機能の中でも記憶力に関する項目で構成されており、そのほかの認知機能に関しての衰えを評価することには適していません。
MMSE
MMSE(Mini Mental State Examination)はアルツハイマー型認知症などの疑いがある被検者に対して行われる検査です。
主に記憶力、計算力、言語力、見当識の程度を11問の質問項目から評価します。
検査時間も10分程度と比較的負担の少ないという利点から長谷川式認知症スケールと共に広く用いられている認知症のスクリーニング検査であると言えます。
ベンダー・ゲシュタルト・テストを学ぶための本
ベンダー・ゲシュタルト・テストを学ぶための本をまとめました。
臨床心理査定アトラス―ロールシャッハ・ベンダー・ゲシュタルト・火焔描画・バッテリー
ベンダー・ゲシュタルト・テストは検査自体が独特且つ簡便に実施できるという特徴から単体で用いるのではなく、他の心理検査と組み合わせるテストバッテリーの1つとして用いられることがほとんどです。
この本は、ベンダー・ゲシュタルト・テストのスコアリングに関する解説に加え、心理テストを基に作成したデータベースから得られる人格的特徴にまで言及しています。
さらなる研究が求められるベンダー・ゲシュタルト・テスト
ベンダー・ゲシュタルト・テストは1938年に開発されたように、伝統的な心理検査の一つですが、日本での普及率はそれほど高くなく、約6%とする研究もあります。
その理由としては研究データの乏しいことが挙げられます。
滝浦(2007)では、日本人を対象とした基礎統計データや臨床群を対象とした研究の少なさを挙げ、ベンダー・ゲシュタルト・テストが測定する反応の質的な特徴がどのような精神機能を反映しているのかという実証研究の必要性を主張しています。
そのため、ベンダー・ゲシュタルト・テストに関する実証研究に注視していきましょう。
参考文献
- 小林俊雄(2015)『病院におけるこどものBGT検査小林法』吉備国際大学研究紀要. 医療・自然科学系 = Journal of KIBI International University. Health and natural sciences (25), 19-33,
- 滝浦孝之(2007)『ベンダー・ゲシュタルト・テストにおける日本人の標準値-文献的検討』広島修大論集 人文編 48(1), 315-346