心理検査には様々な種類がありますが、被検者の知的能力を測定する知能検査の代表的なものとして、ビネー式知能検査があります。
それではビネー式知能検査とはどのような特徴を持っているのでしょうか。その実施方法や問題例、日本で多く用いられる田中ビネー式知能検査も併せてご紹介します。
目次
ビネー式知能検査とは
ビネー式知能検査とは、フランスのビネー,Aとシモン,Tが開発した世界初の知能検査です。
ビネー式知能検査の歴史
ビネー式知能検査は1905年にフランスで初となる心理学実験室を創設したビネーとその友人の医師であるシモンによって開発されました。
その開発の経緯としては、当時フランスでは初等教育において精神遅滞児(知的障害児)を事前に把握するということが教育的課題としてありました。
知的障害児に起こる問題として、学業不振の問題が挙げられますが、それはなにも意欲が不足しているからではありません。そのため、当時のフランスでは、そのような子どもたちに特殊教育の場を提供しようとする機運が高まっていたそうです。
そこで、知的障害児をスクリーニングすることを目的として開発されたのが、世界初のビネー式知能検査なのです。
ビネー式知能検査の標準化
各国でも知的障害児を巡る問題は同様であり、フランス以外でも知能検査ができるよう、標準化をするための取り組みが活発に行われました。
そして、アメリカのスタンフォード大学に勤務していたターマン,L.M.は1916年にドイツのシュテルン,W.の提唱した知能指数(IQ)を採用し、「スタンフォード改訂増補ビネー・指紋知能測定尺度」を開発しました。
このスタンフォード=ビネー式知能検査は現代で用いられているビネー式知能検査の元となっています。
ビネー式知能検査の特徴
ビネー式知能検査の特徴は、全体的な知能の発達の程度を測定できることです。
最終的には知能の発達の程度を、知能指数(IQ)という数値で表すのですが、厳密にはビネー式知能検査で測定するものは精神年齢というものです。
それではビネー式知能検査における、知能そして知能指数、精神年齢とは一体どのようなものなのでしょうか。
ビネー式知能検査で測定するもの
実はビネー式知能検査のほかにも、ウェクスラー式知能検査など、知能検査にはいくつか種類があり、それぞれの検査において「知能とは何であるか」についての定義は異なっています。
ビネーは当初、知能を「判断力」であると捉えていたようですが、知能検査の研究を重ねていく上で、知能はより複合的なものであるという結論に至り、次のような定義に至ります。
これに対し、ウェクスラー式知能検査で想定する知能は、「知的な諸能力の複合」であると捉えています。
この違いは、ビネー式知能検査が知能の全体的な発達の程度を測定することに対し、ウェクスラー式知能検査は知的能力を構成する各要素それぞれを捉えるという結果の表れ方の違いに繋がっています。
知能指数(IQ)とは
ビネー式知能検査で採用された知能指数(IQ)は、知的能力の高低を示す指標です。
この算出には次の式が用いられます。
この精神年齢とは、ビネー式知能検査で測定される精神的な発達水準の指標です。
ビネー式知能検査では、各年齢の子どもの50%から70%がクリアできる問題を段階ごとで用意しており、その問題を正解できるようであれば、精神年齢はその発達水準に達しているとみなされます。
そして、その精神年齢を生活年齢(実年齢)で割り、100倍することで知能指数が算出されるという仕組みです。
ビネー式知能検査の課題
しかし、ビネー式知能検査で採用されている知能指数を算出する方式では、成人の知能を測定することに適していないという問題があります。
精神年齢という認知能力は一定の水準にまで達すると、その成長は緩やかになる、もしくは止まったり、下降したりするでしょう。
例えば、20歳の青年が80歳になったとき、その知的能力が大きく向上しているということはなく、物忘れが激しくなる、物事を組み立てて考えづらくなるなど、むしろ下がっている可能性すらあるのです。
田中ビネー式知能検査の開発
そのような、成人を巡るビネー式知能検査の課題は、日本の田中寛一によって開発された田中ビネー式知能検査で解消されています。
田中ビネー式知能検査は、1947年に開発されてから複数回改訂がなされており、現在よく用いられているのはその第5版である、田中ビネー知能検査Vです。
田中ビネー式知能検査は2歳から成人までが適用可能で、年齢によって知能の算出方法が異なるという特徴があります。
【田中ビネー式知能検査における知能の算出方法】
- 2歳から13歳:精神年齢を測定し、知能指数を算出
- 14歳以上:精神年齢を算出せず、偏差知能指数(DIQ)を算出
成人まで適用可能な理由は、この偏差知能指数の採用が鍵になっています。
偏差知能指数とは、各年齢段階における平均的な値と比べて、知的能力を捉える指標のことで、いわゆる学力の偏差値に近いものと言えるでしょう。
偏差知能指数は次の数式により算出されます。
この偏差知能指数が示すものは、知的能力の平均的な値からどの程度離れているのかということです。
これにより、平均的な知能を100として、成人においてもどの程度知能の発達に遅れがあるのかを測定することができるのです。
ビネー式知能検査の実施方法
ビネー式知能検査はどのように実施されるのでしょうか。
ビネー式知能検査は、それぞれの年齢段階ごとに問題が設定されています。例えば、1歳級の問題が12問、2歳級の問題が12問といった形です。
そして、基本的には、生活年齢と同等の年齢段階の問題から取り組みます。
下限の特定
検査を始めると、まずすべての問題を正解できる年齢級を特定します。
例えば、5歳児に対し、4歳級の問題を全て実施し、そこで1問でも不正解があったようであれば、3歳級へ下げます。
そこで全問正解できれば年齢級をそれ以上下げることはありません。
上限の特定
次に、すべての問題で不正解となる年齢級の特定します。
例えば、5歳児が6歳級の問題に1問でも正解できるのであれば、7歳級へと進み、7歳級で全問不正解となった場合はその年齢級でストップとなり、検査を終了します。
検査結果の採点
結果の整理において、まず基底年齢と呼ばれる数値を算出する必要があります。これは、全問正解できた「下限の年齢+1歳」によって求められます。
例えば、2歳級で全問正解でき、下限の年齢が2歳となった場合の規定年齢は+1で3歳となります。
この基底年齢に対し、その年齢以上の年齢級の問題で正解した問題数を足し、精神年齢を算出します。
例えば、下限の年齢級が2歳で、5歳級が上限の年齢であり、3歳級から4歳級(5歳級は全問不正解のため、上限の年齢です)の正解数が3問だった場合、規定年齢は3歳、精神年齢は6歳となります。
このように算出した精神年齢によって、知能指数を求め、どの程度の知的発達があるのかを求めていきます。
検査を実施するうえでの配慮点
知能検査の実施にあたっては、知的能力の発達に何らかの問題のある人を対象とすることも多いでしょう。
そのため、そのような特性に合わせた配慮が必要となる場合があります。
主な留意事項は次の通りです。
問題の意図を理解してもらう
知的発達に問題のある子は、いきなり本番の検査を実施してもその意図が理解できず、失敗してしまうことも少なくありません。
また、言語理解に問題のある子において、問題の教示が理解できず、知覚など他領域の問題が出来なかったというケースもあるでしょう。
もちろん検査の手続きの範囲内にはなりますが、しっかりとどのような検査で、どのように答えるものなのかを理解してもらう必要があるでしょう。
見通しを伝える
落ち着きのない子、じっとしていられない子も発達障害で多い特性です。
また、言語理解が困難な子どもに対しての配慮も含め、写真や表など視覚的に検査の流れを図示し、どのくらい進むと検査が終わるのかを伝えられると、検査中に不安が高まり、検査結果が歪むということも少なくなります。
特に、ビネー式知能検査は、問題が全問正解、全問不正解になるまで続けるため、いつまで続けるのかという点を事前にしっかりと伝えておくとよいでしょう。
難易度が上がることを伝える
検査に対するモチベーションはその後の治療においても非常に重要です。
特に、発達障害の子は日頃から怒られるなど自信を失ってしまう経験が多く、検査に失敗してしまった際に「できなかった」という想いを抱きがちでしょう。
そのため、事前に難しい問題にも挑戦することを伝え、出来たことはしっかりと褒めるというモチベーション管理が重要です。
注意を引く
落ち着きがない子は、その特性からすぐに気が散ってしまい、教示をよく聞いていなかった、問題をよく見ていなかったなどのうっかりミスで失敗してしまうことも少なくありません。
ビネー式知能検査の問題例
ビネー式知能検査の問題は各年齢級によって分かれています。
次の問題例は田中ビネー式知能検査の1歳級から6歳級までをまとめたものです。
【1歳級】
チップ差し(合格基準1個以上)・犬探し・身体部位の指示・語彙・積木つみ・名称による物の指示(1/6正解できれば合格)・簡単な指図に従う・3種の型のはめ込み・用途による物の指示・語彙(絵)・チップ差し(合格基準8個以上)・名称による物の指示(1/2正解できれば合格)
【2歳級】
動物の見分け・語彙(物)・大きさの比較・2語文復唱・色分け・身体部位の指示・簡単な指図に従う・縦の線を引く・用途による物の指示・トンネル作り・絵の組み合わせ・語彙(絵)
【3歳級】
語彙(絵)・小鳥の絵の完成・短文の復唱・属性による物の指示・位置の記憶・数概念(2個)・物の定義・絵の異同弁別・理解・円を描く・反対類推・数概念(3個)
【4歳級】
語彙(絵)・順序の記憶・理解・数概念・長方形の組み合わせ・反対類推
【5歳級】
数の概念・数の不合理・三角模写・絵の欠所発見・模倣によるひも通し・左右の弁別
【6歳級】
絵の不合理・曜日・ひし形模写・理解・数の比較・打数数え
ビネー式知能検査について学べる本
ビネー式知能検査について学べる本をまとめました。
事例による知能検査利用法〈1〉―子ども理解のための田中ビネー知能検査
心理検査を実施する前に事例を呼んでおくことは、実際の施行のイメージを掴むためにも非常に有用です。
そのため、ぜひ本書の事例に目を通し、しっかりとしたビネー式知能検査のイメージを持ちましょう。
心理検査の実施の初歩 (心理学基礎演習)
様々な心理検査の実施の初歩を丁寧に解説している本書の中で、田中ビネー式知能検査も取り上げられています。
田中ビネー式知能検査に加え、他の心理検査の実施方法についても目を通し、多角的なアセスメントを行えるようになりましょう。
様々な種類のある知能検査
知能検査には測定することのできる知能の定義が異なるように、様々な種類があります。
ビネー式知能検査は、実施時間が比較的短く、被検者の負担も少なくて済み、全般的な知能の発達の程度を捉えることに適しています。
それぞれの知能検査の特徴を捉え、必要に応じた実施を出来るようにしましょう。
【参考文献】
- 中村淳子・大川一郎(2003)『田中ビネー知能検査開発の歴史』立命館人間科学研究 (6), 93-111
- 大川一郎・中村淳子・野原理恵・芹澤奈菜美(2003)『田中ビネー知能検査Vの開発1-1歳級〜13歳級の検査問題を中心として-』立命館人間科学研究 (6), 25-42
- 瀬尾亜希子(2016)『発達障害のアセスメントに用いる発達検査・知能検査』小児保健研究75(6):754-757