精神障害の歴史では、妄想や幻覚を特徴とする統合失調症が長い間注目されていました。そして、近年、統合失調症には近いもののその近縁の精神障害が独立して複数提唱されるようになっています。
今回はその中でも妄想を主症状とする妄想性障害を取り上げます。それでは、妄想性障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その原因や診断基準、治療法と接し方などについてご紹介します。
目次
妄想性障害とは
妄想性障害とは、妄想を主症状とする精神障害です。
妄想とは
妄想性障害の主症状である妄想とは次のように定義されます。
【妄想の定義】
間違った信念であり、通常、知覚あるいは体験の誤った解釈に関するもの
一般的に妄想と言えば、理解不能な考えを信じ切っており、共感することが難しく、説得しても聞く耳を持たない人の考えを指しているのではないでしょうか。
この妄想の定義で指している妄想は非常に広い範囲を示しているものですが、基本的に妄想は「それまでの経験や客観的事実とは矛盾しており、ありえない内容であるにも関わらず、他人からの説得や反証を受け入れず維持される訂正不能な誤った主観的確信」であるとされます。
例えば、帰り道で後ろに歩いている人がしばらく同じ道を歩いているという状況を考えてみましょう。
疲れているときなどは「もしかしたら後ろの人は自分のことをつけてきているのではないだろうか」などと疑念を抱くことがあるかもしれません。
しかし、その人が「途中で曲がり、別の道へ行った」や「自分が曲がる道ではついてこず、そのまま行ってしまった」などの状況になれば、気のせいだったかな?と落ち着きを取り戻すことができるでしょう。
しかし、妄想性障害の患者ではこうはいきません。
客観的に見れば、途中まで帰り道が同じだっただけという上記の状況であっても、「後ろをついてきた人はCIAのスパイで自分を捕まえに来たに違いない」と思い込み、家族にそのようなことはないと説得されても、「勘違いだったか」と考えを訂正することはありません。
このように、現実的には考えられないような内容の考えが頭に浮かび、それを訂正することができないという不可解な症状を示すのが妄想性障害の大きな特徴なのです。
妄想の種類
実は、一言で妄想と言っても、精神医学の分野では様々な妄想へ分類がなされています。
まず、妄想は大きく一次妄想と二次妄想に分けることができます。
【一次妄想】
妄想の生じ方が心理的に了解できないもの
【二次妄想】
妄想の生じ方がそれなりに了解できるもの
一次妄想
心理的に了解できる・できないとはいったいどのようなことを意味しているのでしょうか。
例えば、自分の家の前で車が停まっていたとします。
その車を見て、CIAの捜査官が自分を捕まえに来たと考えることはありそうでしょうか。
通常であれば、そのような考えがどのようなところから思い浮かんだのか検討がつかないはずです。
このように、話を聞いてみても、そのような考えが思いつく過程が理解できず、共感することが難しいことを心理的に了解できないというのです。
一次妄想には、次のような種類があります。
【一次妄想の種類】
- 妄想知覚:知覚した対象に、特別かつ誤った意味づけが加わること(例:車を見ての捜査官が捕まえに来たと思う)
- 妄想気分:特段理由が無いにも関わらず、周囲の世界で不気味で恐ろしいことが起こっているという漠然とした不安感を抱く
- 妄想着想:何かを見たり聞いたりすることがなくても突然、誤った考えやアイデアが思いつくこと(例:急に自分は神の生まれ変わりだと思い込む)
二次妄想
二次妄想は心理的に了解しようと思えば可能だが、そうとは限らないと反証しても訂正が出来ない妄想のことを指します。
例えば、職場に出勤したとたんに先に来ていた社員が自分のことを見たので「嫌われているに違いない」と思い込んだ妄想を考えてみましょう。
その時の社員の人の目が冷たいように見えた、前日に自分が大きなミスをしてしまったなどの状況があればこう考えてもおかしくはないかもしれません。
このように、状況によってはありえなくもないが、実際はどうかわからないにもかかわらず頑なに浮かんだ考えにこだわるものが二次妄想です。
二次妄想には次のような種類があります。
【二次妄想の種類】
- 被害妄想:誰かに後をつけられている、皆に嫌われているなど
- 誇大妄想:自分は救世主である、大発明を行ったなど
- 微小妄想:自分は罪深い人間である、何か重篤な病気にかかっているに違いないなど
このように、精神疾患における妄想とは非常に多彩な考えを示すため、妄想の内容をしっかりと聞き取り、心理的に了解できるかを捉えることでその疾患の病理の深さが感じられるでしょう。
妄想性障害の研究
妄想という病理の深い症状を示す精神病に関する記載は古代ギリシャまで遡ることができますが、その内容により精神病を分類しようという動きがありました。
18世紀末には、フランスのビネルが精神病を、その前景となる病像を元にマニー(躁うつ)、メランコリー(うつ)、痴呆(認知症)、白痴(知的障害)の4つに分けました。
その後、その弟子のエスキロールは精神病をリペマニー(のちのうつ病)とモノマニー(のちのパラノイア)に分類をしています。
このモノマニーという疾患概念が妄想性障害の元となるパラノイアという妄想を主体とした精神障害です。
その後、精神医学の父と呼ばれるクレペリンは精神病には一度発症するとどんどん悪化していき、予後が不良な早発性痴呆(現在の統合失調症)と良くなったり悪くなったりを繰り返す循環病(現在の躁うつ病)の2つに大別されるという2大精神病論を提唱します。
そして、クレペリンはこの早発性痴呆に類似しているものの、知的機能や意欲、行動の異常を示さない精神病があることを発見し、これをパラノイアとして、別の精神病概念として独立させました。
このパラノイアという精神病は訂正が出来ない妄想が持続的に生じていることを主症状としますが、それ以外には社会適応に支障をきたすような重篤な症状が現れないという特徴があります。
そして、このパラノイアこそが現代の妄想性障害の前身となるものなのです。
このようにして精神病と呼ばれる概念が確立されることによって、精神病と健常、つまり、異常と正常の境目はどこなのかという議論が重ねられ、統合失調症様の症状を示す疾患には健常者から統合失調症に至るまでは連続体を成しているという統合失調スペクトラム概念が提唱されます。
そして、統合失調症と類似した症状を示すものの、その診断基準を満たさなかったパラノイアは妄想性障害として現在の米国精神医学会の発行する精神障害の診断と統計マニュアルであるDSM-5において、妄想性障害と名称が変更され、統合失調スペクトラム障害および他の精神病性障害群の1つとして位置づけられています。
妄想性障害の原因
精神障害はその原因に注目した病因論によって古くから分類がなされてきました。
そして、病因論に基づいた分類は大きくは次の3つに分けることができます。
【病因論に基づいた精神障害の分類】
- 外因性疾患:脳へのダメージなどといった身体的な異常により、精神症状が生じるもの
- 内因性疾患:現代の医学では原因が特定できないもの
- 心因性疾患:無意識の内的葛藤やストレスなど心理的要因によって精神症状が生じるもの
そして、クレペリンが提唱した2大精神病、つまり統合失調症は内因性の精神疾患であるとされています。
確かに、統合失調症には脳内の神経伝達物質であるドーパミンの過剰分泌を抑える抗精神病薬によって症状が抑えられることが示されており、このような脳内の神経機構に異常があると考えられています。
しかし、統合失調症の近縁疾患である妄想性障害も内因性精神病の1つだと考えられていますが、藤堂失調症とは異なり抗精神病薬の効果が十分に表れないことも多く、現在の科学では明確な原因は不明であるとされています。
被害妄想的心性と関連する心理的要因
病理性の深い妄想という症状を主体とする妄想性障害の原因は特定されていません。その理由としては、統合失調症や妄想性障害の病理があまりにも深いために、調査研究を行うのが困難であるということが挙げられます。
確かに、私たちは「CIAに追いかけられている」というような奇異な考えが浮かび、それに支配されてしまうことはないですが、「職場の人が自分のことをなんだか嫌っているようだ」などの被害妄想に類似した内容の思考が頭から離れなくなることはあるでしょう。
このような、精神疾患の診断は満たさないまでも、妄想に類似した内容の観念は妄想的観念と呼ばれ、健常者にも多くみられることが指摘されています。そして、健常者の妄想的観念を詳しく研究することで、病理の深い妄想のメカニズムを探ろうとする研究が注目を集めています。
個人的な要因として関連が指摘されているのは、特性不安(不安になりやすさ)や自尊心の低さ、特性怒り(怒りやすさ)です。
特に被害妄想では、皆に嫌われているのでは?という思いの背景には、自分に何か落ち度があるのではないかという自信のなさや不安が背景にあるでしょう。
また、嫌ってくる人に対しては不当な扱いを受けていると怒りを持ちやすくなるということが考えられます。
他には、妄想的観念には、自分が悪意を向けられているのではないかという疑い深さや本来は無関係であるはずの手がかりを過度に自分と結び付けがちです。
例えば、何気なく景色を眺めていた時に、「何見てるんだ」と因縁をつけられたという状況を考えてみましょう。
この時に、ただ景色を見ていて、その視界の中に人がいただけであっても、疑い深い人は自分に悪意を向けているのでないかという考えに基づき、気づいた時に自分の方を見ていたという手がかりから「自分を睨んできた」と捉え、「何見てるんだ」と怒りを表現してきたと解釈することができます。
金子(1999)は被害妄想的心性を測定する尺度を作成し、被害妄想的心性は猜疑心と自己関連づけの2因子から構成されることを見出しています。
そして、猜疑心は私的自己意識(自分はどうありたいか、自分はどう思うのかという自分の意識内容を重視する傾向)と、自己関連づけは他者意識(他者がどのように思っているかを気にする傾向)や公的自己意識(周囲から自分はどのように思われているのかを気にする傾向)と関連することを報告しています。
つまり、周囲からの評価を気にする人は他者の何気ない行動も自分に向けられたものであると拡大解釈しやすく、自信のなさや不安など自分の内的な状態に意識を向けやすいため、悪意のあるものであると捉えやすいと考えられます。
しかし、これらはあくまで健常者を対象とした妄想的観念に関する知見であり、これらの関連要因が妄想の原因となるとは言い切れないものであることに注意が必要です。
妄想性障害と統合失調症との違い
妄想性障害は統合失調症で見られる症状の一部がみられるという共通点があり、鑑別診断が必要です。
両者の違いの決定的な点としては、妄想性障害が妄想以外の症状がほとんど見られないことに対し、統合失調症は幻覚や意欲減退、反応性の低下など多彩な症状を示す点が挙げられます。
妄想性障害の治療法と接し方
統合失調症の治療の第一選択は抗精神病薬による薬物療法です。
しかし、統合失調症と近い疾患であると考えられている妄想性障害には抗精神病薬の効きが悪いケースも少なくないようです。
そのため、日々の悩み事、苦しみに耳を傾ける心理療法によってストレスを軽減させ、妄想により自傷他害の危険がある場合などは入院治療の検討も必要でしょう。
ただし、心理療法においては妄想の内容を否定してしまうと、十分にこころを開くことができなくなってしまうため、一緒に悩みを抱えていて苦しい気持に共感し、向き合うように接することが重要です。
妄想性障害について学べる本
妄想性障害について学べる本をまとめました。これから妄想性障害について学ぼうとしている初学者の方でも手に取りやすい入門書を選んでみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
妄想はどのようにして立ち上がるか
妄想性障害の示す症状はその内容の奇異さからなかなか理解することが困難であることも少なくありません。
そのため、妄想という特徴的な考えがどのようにして生じるのかというメカニズムを知っておくことは有益です。
ぜひ本書で妄想とはどのようなものなのかについて詳しく学びましょう。
健常者の被害妄想的観念に関する実証的研究
妄想性障害については未だ分かっていない部分も多く、今後の研究において新しい知見がもたらされることが望まれます。
しかし、これまでも健常者の妄想的観念を取り上げて研究することで、妄想という症状がどのようなものなのかを捉えようと試みられてきました。
妄想的観念を学ぶことで妄想性障害を理解するためのヒントが得られるかもしれません。
クライエントの苦しみは軽視してはいけない
妄想性障害の示す症状は非現実的なため、そのことに注目してしまいがちですが、何よりも忘れてはいけないのは、その症状によりクライエントが苦しみ、社会適応に支障をきたしているという事実です。
始めは、あまりに現実離れした内容のためびっくりしてしまうかもしれませんが、妄想というものがどのような思考なのかについてしっかりと学んでおけば冷静な判断を行えるでしょう。
ぜひ今後も妄想性障害について詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- 馬場存(2008)『統合失調症─概説とその音楽療法─』音楽医療研究 1(1), 13-37
- 金子一史(1999)『被害妄想的心性と他者意識および自己意識との関連について』性格心理学研究 8(1), 12-22
- 山内貴史・須藤杏寿・丹野義彦(2009)『日本語版パラノイア・チェックリストの因子構造および妥当性の検討』パーソナリティ研究 17(2), 182-193
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院