アルコール依存や薬物依存、インターネット依存など依存症と呼ばれるものには様々な種類があります。
それでは、依存症とはいったいどのようなものなのでしょうか。その原因や一覧、なりやすい人や治し方をご紹介していきます。
目次
依存症とは
依存症という言葉は、臨床心理学において「アディクション」や「嗜癖」とも呼ばれます。
そして、嗜癖は次のように定義できます。
身体的,精神的,社会的な害が生じるにも関わらずある行動あるいは物質の摂取をやめられないこと。行動,摂取を続けるうちに,以前と同様の効果を得るための使用量,行動の頻度が多くなる。また,行動や摂取を止めようとすると身体あるいは精神的な不快が生じる
引用:中村春香・成田健一(2011),「嗜癖」とは何か : その現代的意義を歴史的経緯から探る
依存症という言葉には薬物依存症やアルコール依存症など身体を害する物質を病的に取り続けるというイメージがあるかもしれませんが、「行動が習慣化する、つまり癖となり、それが自分の得にならなくても依存してしまうため、行動のコントロールができなくなる」ということがその中核といえます。
依存の分類
また、嗜癖は次のように細分化されます。
【嗜癖の下位概念】
- 物質依存:体内に依存している物質が少なくなると不快な状況を生み出す生理現象(離脱症状)
- 行動依存:本来は楽しいはずの活動が、コントロールしがたい欲求や衝動によって繰り返され、その結果としてその本人や周囲の人に有害となる状態
依存症として概念化はされていませんが、対人依存や共依存、恋愛嗜癖など人間関係へのこだわりを強く呈する「関係嗜癖」というものも挙げられます。
補足:離脱症状と耐性
物質依存に関わる重要な用語として、離脱症状と耐性というものがあるのでぜひ押さえておきましょう。
離脱症状は、物質が少なくなることで不快な状態がもたらされることであり、耐性とは同じ効果を得るために必要な摂取量や頻度が増加して聞くことを指します。
そして、依存症における身体依存の多くはこの耐性により、徐々に摂取する量や頻度が増加してしまい、その結果としてより強い離脱症状が現れることにより「止めたくてもやめられない」という悪循環が完成してしまうのです。
依存症の原因
アルコールや薬物は短期的に高揚感などの快感をもたらします。学習理論によればこのような快感は、さらなる摂取行動を強化する報酬となり、これらの快感を得ようとする欲求が生まれます。
そして、その欲求を満たすために、さらなる摂取行動が導かれ、ついには自己制御不能の状況に陥ると考えられています。
依存症と脳内報酬系
生理学的には、依存症の定義にもあるように、その原因は中枢神経系物質(脳内の神経の中の神経伝達物質)であると考えられています。
そして、依存に関わる物質や事象の共通点は依存症患者に「快感をもたらす」という共通点を持っており、欲求が満たされた際に活性化し、本人に快の感覚をもたらす脳神経を脳内報酬系と呼びます。
そのため、依存症の不適応的な行動は、この脳内報酬系におけるにおける神経伝達物質の機能の異常によって引き起こされているのです。
この神経伝達物質として重要な働きをするのがドーパミンです。
依存症の形成
アルコールを一口飲んだからと言って誰もがすぐにアルコール依存症となるわけではないように、依存症の形成には、「依存開始期」、「依存移行期」、「依存完成期」という3つの段階を経ていきます。
- 依存開始期:物質等が体内に摂取されると脳内報酬系でドーパミンの放出が強制的に行われます。
- 依存移行期:単なる気晴らしから依存へと変化していく段階で、脳内神経系の機能的な変化が生じ、ドーパミン反応が低下します。
- 依存完成期:物質の摂取を繰り返していくうちにドーパミン受容体が減少、快感や喜びを感じにくい脳へと器質的な変化を起こします。
以前は意志の病であり、怠惰なために起こるとも捉えられていた嗜癖・依存症ではありますが、このように依存症は行為へののめり込み、物質の摂取などを繰り返すことにより、脳の構造自体に異常を引き起こしてしまう病気であるということが分かったのです。
依存症の一覧
米国精神医学会の発行するDSM-5では、依存症に関わる物質や事象として次のようなものを挙げています。
【物質関連障害群】
- アルコール
- カフェイン
- 大麻
- 幻覚剤
- 吸入剤
- オピオイド
- 鎮痛剤・睡眠薬・抗不安薬
- 精神刺激剤
- タバコ
- その他
【非物質関連障害群】
- ギャンブル
また、正式に認定されたわけではありませんが、今後の研究のための病態として、「インターネットゲーム障害」が記載されているため、近い将来にはこれが非物質関連障害群として認定される日が来るかもしれません。
依存症になりやすい人とは
依存症になりやすい人はどのような人であるのかということは明確に特定はされていません。しかし、近親者にアルコール依存症患者がいる場合の発症率はそうでない場合に比べて高いという報告もあります。
ただし、これが、脳内報酬系の特徴が遺伝されるのか、それとも養育の段階で受ける影響なのかということについては結論が出ていません。
また、依存症は3段階を経て形成されることに触れましたが、多くのケースは気晴らしとして依存対象に近づいていき、気がついたら常習化してしまったという道をたどります。
そのため、強いストレスを感じており、そのストレスに対する有効な対処法を身に着けていない場合にはストレス発散のはけ口として薬物やアルコールに結びつきやすいと考えられるでしょう。
嗜癖傾向(依存傾向)を構成する要因
依存症の原因の際に触れましたが、依存は私たちの誰しもが持っている脳の報酬系と呼ばれる部位の機能異常が生じることで発症するとされています。
つまり、誰しもが依存症になりうるリスクを抱えているのです。
嗜癖傾向とは
例えば、趣味としてアイドルのファンをやっている分にはあくまで正常ですが、借金を抱えてまでアイドルのグッズを買いそろえたりするようなのめり込みは不適応的だと言えるでしょう。
このように依存は正常から病的な状態までの連続体を成していると考えることができるのです。そして、その依存的な傾向の強さを嗜癖傾向と呼びます。
嗜癖傾向と空虚感
石川(2010)はそのような嗜癖傾向を測定する嗜癖傾向尺度を開発したところ、次のような因子が見出されました。
【嗜癖傾向尺度】
- 不可欠感:その行為が出来ないと不快な状態を感じるもしくはその行為により大きな喜びがもたらされ生きがいを感じる程度
- コントロール喪失:その行為を自らの意志で制御できず、繰り返してしまう
- 対人関係・社会生活への支障:その行為により社会生活や対人関係に悪影響を与えている程度
そして、このような依存傾向は空虚感の高さと関連することが示されました。
何らかの物質の摂取や行為にのめり込むことは気晴らしのような一種のストレス解消法でもあり、ポジティブな側面もあります。しかし、それは一時的に紛らわすことに過ぎず問題の根本的な解決にはつながりません。
そのためこころの中に抱える虚しさ・空虚感が強い人は、虚しさを埋めようと物質の摂取などに手を出しますが、有効なストレスの対処となっていないため、虚しさが消えず次第にのめり込み依存に陥ってしまうのだと考えられます。
依存症の治し方
依存症は特に治療困難であることが知られています。
主なアプローチとしては、
- 離脱症状によって生じる不快な状態を低減させるための薬物療法
- 依存対象への行動をコントロールするため・再発を予防するための心理療法
- 支援団体や専用治療プログラムへの参加
などが挙げられます。
自助グループ
特に依存症へのアプローチとして有名なのが自助グループです。
自助グループとは、同じ問題を抱える本人や家族が集まり、その中で自分の悩みなどを打ち明けることにより回復を目指していく取り組みのことを指します。
自助グループとヘルパーセラピー原則
自助グループは「ヘルパーセラピー原則」により、治療に役立つと考えられています。
ヘルパーセラピー原則とは、リースマン(F. Riessman)が提唱した考え方で、「援助をしている人も、人を援助することによって得ているものがある」というものです。「援助をする人が最も援助を受ける」とも言われます。
依存症患者は自己の行動のコントロール不全により自尊感情が低下しています。
そのため、人の役に立つという経験を行い、自分も他者から助けられるという経験をすることによって自分の価値が低下している状態から脱却し、自尊感情を高めることができると考えられているのです。
有名な自助グループ:アルコホーリクス・アノニマス(AA)
有名な自助グループとしてはアルコール依存症患者によるアルコホーリクス・アノニマス(AA)が挙げられます。
AAはアルコールを完全にやめるための12のステップを通じて、お酒に頼らない生き方を続けることを目指す取り組みであり、参加者の氏名が一般に公表されることのないアノニマス(無名)によって参加者は安心して活動することができるということが大きな特徴です。
特に依存症患者は自己価値を低く見積もっており、物質の摂取や行為へののめり込みが良くないことではあるがやめられないという状態に陥っていることからも、自分が依存症患者であると打ち明けることに大きな抵抗感を抱いているのです。
そのため、治療プログラムへの参加の前に自分は依存症患者であると打ち明けられる安心感を得られる環境が何よりも重要だと言えるでしょう。
治療における家族や周囲の人へのサポートの必要性
依存症は本人だけでなく、周囲も困った状況に置かれる精神障害です。そのため、本人に対する治療を行うのはもちろんのこと、家族への心理教育など周囲へのサポートも含めた対応を行うことが必要です。
薬物依存やアルコール依存などの場合は過剰摂取により、生命の危険が迫っている場合もあるでしょう。必要に応じて急速解毒を行えるよう救急車の手配などの想定も必要であることを家族に伝えなければなりません。
「依存」という概念の成立
ここからは視点を変えて、依存症の歴史をみてみましょう。
依存症の語源
現代では依存と同意義で使用される「嗜癖」。これを意味するアディクション(Addiction)という用語の語源には次のようなものが挙げられます。
【Addicitonの語源】
- Addico:何かに没頭するという意味のラテン語
- Addicere:委ねるという意味のラテン語
- Acid:毒という意味の英語
嗜癖という概念の登場
嗜癖という概念は17世紀に登場したとされています。
上記の語源のうち、アディクションという言葉が使われ始めたのは1609年ごろとされており、次のように定義されていました。
【アディクションの定義】
対象は物質に限らず、必ずしも有害ではなく、離脱症状や耐性を必ずしも含まないという特徴を持つもの
つまり、AddicoやAddicereと同じ意味で用いられており、必ずしも病的な状態であるとは考えられていなかったのです。
嗜癖の有害性の指摘
18世紀の終わりから19世紀にかけて、アルコールの大量摂取の常習化や薬物の過剰摂取の問題が明るみに出ることにより、嗜癖の概念に再度注目が集まりました。
18世紀後半にアメリカの医師であるラッシュは、大量飲酒者の病的な状態の中核には抑制のきかない強迫的なコントロール不能な状態があることを指摘し、これを「意志の病」という言葉で表現しました。
そこで、それまでAcid(毒)という意味を含まれなかった、つまり、有害であり疾病であるとする認識が欠けていたアディクションは次のように新たに定義づけされます。
【嗜癖の制限的定義】
酒類や薬といった物質の摂取の結果、身体的、精神的、社会的な害が生じたにもかかわらず摂取を止められないこと。以前と同等の薬理効果を得るために使用量が多くなり、また、摂取を止めようとすると身体あるいは精神的な不快が生じる
嗜癖から依存へ
このようにして概念化がなされた嗜癖(Addiction)ですが、関連する概念である、「習慣」や「乱用」、「中毒」との境界が非常に曖昧であり、またどの程度重篤であれば疾病として認定するのかを明確にできませんでした。
それに加え、文化や時代によって社会的不適応を引き起こしているという基準が異なるため、国際疾患分類基準として扱いづらい概念だったということも挙げられます。
このような経緯から1964年には従来の「嗜癖(Addiction)」に代わって新しい概念である「依存(Dependence)」が使用されるようになります。
新しい依存の定義では、
- 身体依存が必要とされず、中枢神経系物質が原因であること、およびそれにより精神依存のみを生じさせる物質も有害な物質として認定されること
- 社会的害に関する記述はなくなったこと
の2点が大きな特徴です。
そして1980年、米国精神医学会の発行する精神障害の診断と統計マニュアルであるDSM-Ⅲに、物質による器質性精神障害や物質常用障害として依存症が掲載されました。
依存症について学べる本
依存症について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
世界一やさしい依存症入門; やめられないのは誰かのせい? (14歳の世渡り術)
依存症患者の示す症状は、一見すると意志が弱いから、悪いとはわかっていながら繰り返してしまうと捉えられがちです。
しかし、そのような認識のままでは依存症への適切な対処はできません。依存症がどのようにして起こるのかについて深く学びましょう。
依存症がわかる本 防ぐ、回復を促すためにできること (健康ライブラリーイラスト版)
私たちすべての脳内には、依存症の発症に関連する脳内報酬系が存在します。そのような意味では、誰しもが依存症になるリスクを持ち合わせているわけです。
それでは、依存症を防ぐ、回復するためにはどのようなことをすればよいのでしょうか。
ぜひ本書に目を通し、学んでみましょう。
依存症は脳機能の異常による病気
依存症は、健常者から見れば単なる不摂生と思われ、非難されがちです。
しかし、患者のこころの中には「やめたくてもやめられない」という苦しみがあります。依存症は単なる意志の弱さではなく、脳機能の異常によって引き起こされているのです。
何よりも大切なのは、依存することなく健康な生活を取り戻すことであり、周囲の温かなサポートがその第一歩となることを忘れないでおきましょう。
【参考文献】
- 中村春香・成田健一(2011)『「嗜癖」とは何か--その現代的意義を歴史的経緯から探る』人文論究 60(4), 37-54
- 石川照見(2004)『嗜癖とジェンダー』名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 2, 125-140
- 土田英人(2010)『薬物依存の神経生物学的基盤』日本生物学的精神医学会誌21(1), 33-38
- 石田哲也(2010)『青年期における嗜癖に関する研究--嗜癖傾向尺度作成の試み』九州大学心理学研究 11, 91-99
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院