パーソナリティ障害は、昔は精神病質と呼ばれる性格異常を特徴とした疾患概念でした。その時は反社会的・非道徳的な特徴を示すものと考えられていましたが、現代のパーソナリティ障害群の中には向社会的な特徴を示すも、あまりにも過度なため自分が苦しくなってしまうものがあります。
その代表的なものが強迫性パーソナリティ障害です。それでは、強迫性パーソナリティ障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その原因や特徴、症状と診断基準、治療法と接し方などについてご紹介します。
目次
強迫性パーソナリティ障害とは
強迫性パーソナリティは完全主義や規律性の追求、コントロールへのとらわれなどを主な特徴とする精神障害です。
強迫的なパーソナリティ
強迫性パーソナリティ障害は、その名の通り「強迫」という性格にあまりにも偏っているために社会生活に支障をきたす精神障害です。
それでは、強迫的なパーソナリティとはいったい何なのでしょうか。
精神医学的に強迫とは次のように定義されます。
【強迫の定義】
人が、その内容は無意味・非合理であり、あるいは少なくとも根拠なく支配的であり、持続的であると自らの様々な意識内容を、それにもかかわらず追い払うことができない状態
つまり、強迫とは自分では意味がないことであるとわかっていながら、様々な考えが頭に浮かんできてコントロールできない状態のことを指しています。
例えば、いくら手を洗っても、まだ手が汚れてしまっているのではないかという考えが頭をよぎり、手洗い行動をやめることができないなどの強迫性障害の症状などは有名です。
そして、このような症状の根底には強迫的心性という性格基盤があり、強迫性障害の示す症状は強迫的心性の表れ方の1つに過ぎないと考えられているのです。
強迫性パーソナリティ障害の特徴
強迫性パーソナリティ障害は、物事の細部や決まり事に強くこだわることで何のトラブルもない完璧な状態を追い求めるという特徴があります。細部まで完全な状態を目指すために、その効率性が失われてしまいます。
そのため、仕事で細部までこだわりすぎ納期を守ることができない、私生活でルールに厳しすぎるために友人から煙たがられてしまうなどの不適応を引き起こす可能性があります。
強迫性パーソナリティ障害と強迫性障害の違い
強迫性障害と強迫性パーソナリティ障害は、名称こそ似ていますが、その実態は大きく異なります。
強迫性障害は、不合理な思考である強迫観念が自分の意識とは無関係に浮かんできて、強い不安を感じるため、それに対する対処法である強迫行為を行うことで、不安を低減させるというループから抜け出せないことが大きな特徴です。
ここで大きなポイントとなるのは、次のようにまとめることができます。
【強迫性障害の特徴】
- 自分の強迫観念が不合理だと自覚している
- 望ましくない状態を回避するため、不安を低減させるための行動をとる
- 手が汚れている、鍵を閉め忘れたなど強迫的な行動をとるのは、生活の一部に限られる
これに対し、強迫性パーソナリティ障害は、完全主義を目指すストイックさが特徴のため、自分のこだわりが不合理であるとは感じていません。
そして、理想も高く、失敗から目を背けるために強いこだわりを見せるため、望ましくない状態を避けるのではなく、高い目標を達成するために行動を起こし、満足することがありません。
最後に、この強迫的な傾向はパーソナリティとして深く本人に根付いているため、生活の1側面に限定されず、仕事や私生活、人間関係など広範にわたってそのこだわりの強さが反映されるのです。
強迫性パーソナリティ障害の原因
パーソナリティとは、生まれながらにして持っている性格傾向の気質と成育環境から受ける影響によって形成されると考えられており、遺伝と環境の両方から影響を受けるということが指摘されています。
強迫性パーソナリティ障害にも一定の遺伝的影響があると考えられていますが、詳しい強迫性パーソナリティ障害の原因というものは特定されていません。
親のしつけと強迫的なパーソナリティ
強迫的なパーソナリティに関しては、精神分析的な観点から親との関係性やしつけに要因があるとする説もあります。
乳幼児期には、お腹が空いた、おむつが汚れてしまったといった不快な状態は、泣くことで親が来て取り去ってくれるという保護下におかれます。このような状況では、まるで自分が思ったように嫌なことを無くすことができるという万能感と世界をコントロールできる感覚に支配されています。
しかし、しつけという段階では、自分がやりたいようにやることができず、親の望みや社会的な道徳に従って過ごすことを強いられ、それまで抱いていた万能感や世界をコントロールできるという感覚は危機を迎え、親のしつけとの間に強い葛藤を生みます。
程よいしつけであれば、嫌なこともあるが、しつけに従って正しく過ごすことも大切だと妥協して受け入れることができるでしょう。しかし、あまりにもしつけが厳しい場合は、しつけの通りうまく過ごせない自分はダメだと自信を失ってしまいます。
そのような場合、強迫的な防衛(隔離や反動形成などの防衛機制の総称)を行うことで、自分の好きなように世界をコントロールするという万能感を無意識へ抑え込もうとすることがあります。
このような強迫的な防衛は、しつけの通り望ましい状況を達成するために細部にまでこだわり完全な状態を目指すということで、抑圧した万能感を代理的に充足しようとするのです。
そして、その抑圧された万能感とは乳幼児の際に抱いたあくまで幻想であるため、際限がなく、どこまで努力しようと決して満足できず、一度失敗すると(親の言いつけをしっかりと守れない)自分はなんてダメな人間なんだと強い無力感に陥ってしまうのです。
強迫性パーソナリティ障害の治療法と接し方
強迫性パーソナリティ障害は、パーソナリティの歪みにより精神障害のため、基本的には心理療法によるアプローチが基本となります。
特に強迫性パーソナリティ障害は、完全でなければならないという不合理な思考がベースとなっているため、そのような認知の歪みを修正し、行動を変容させることで気分の安定を図る認知行動療法が有効だとされています。
また、治療の際には、そのパーソナリティ特徴を尊重する姿勢が重要です。
そして、何か生活上のアドバイスを送るときには、そのこだわってしまう特徴を否定せず、肯定的に別のやり方もあるかもしれないと選択肢を与えてあげることが重要です。
また、場合によっては薬物療法による治療も考えられますが、それは強い抑うつ状態や不安が生じた際の対症療法的に用いられるものであり、あくまで二次的な症状を抑えるものにすぎないということを忘れないでおきましょう。
適用されやすい治療薬としてはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が第1選択肢とされ、場合によっては抗不安薬や抗精神病薬なども用いられることもあります。
しかし、副作用や薬物への依存などを引き起こす可能性があるため、なるべく薬に頼らない治療が望ましいでしょう。
強迫パーソナリティの歴史
強迫という現象は非常に古く、1838年にフランスの精神病理学者であるエスキロールがはじめて強迫現象に関する報告を行ったとされます。
フロイトによる肛門期性格
そして、20世紀に入り精神分析の創始者であるフロイトが、強迫現象を強迫神経症という疾患として概念化したことで、強迫は単なる変わった現象ではなく、精神的な病理であるという見方がなされるようになったのです。
フロイトは、精神分析の理論において、発達段階において性的なエネルギーであるリビドーが身体の各部位に集中するという性発達理論を提唱しました。
【フロイトの性発達理論】
- 口唇愛期:リビドーが口周辺に集中する
- 肛門期:リビドーが肛門周辺に集中する
- 男根期:リビドーがペニス周辺に集中する
- 潜伏期:リビドーが一時的に抑圧される
- 性器愛期:各部位に集中していたリビドーが統合され、人格が成熟する
この性発達理論における段階において強迫的心性に最も関連するのは肛門期だとフロイトは考えていました。
肛門期は生後2歳頃の時期とされており、この時期に特徴的なイベントとしてトイレトレーニングが挙げられます。
これによって、はじめて親のしつけを受けるわけですが、この時幼児のこころの中では、しつけに従わず自由にしていたいという欲求やしつけをする親に対する怒りとしつけに従い親を喜ばせたいという2つの矛盾した気持ちを抱えます。
この時にあまりにも厳しいしつけを受けると従順に親に従うしかないため、自由にしていたいという欲求や親への攻撃を無意識へ抑圧し、真面目な性格となることで適応しようとします。
この時に形成される性格が肛門期性格であり、強迫神経症患者に特徴的な性格傾向だと考えられていたのです。
強迫スペクトラム概念の提唱
このようにフロイトが強迫性障害とその病前性格を提唱してから、強迫的な傾向を示す性格は病的なものに繋がるという否定的なニュアンスを含んだものでした。
しかし、真面目で几帳面、きれい好きのような性格は、一般的に望ましい性格傾向のように思えます。
そして、このような性格を持つ人が必ず強迫性障害のリスクを持っているというわけではありません。
そこで、強迫パーソナリティを一般的な健常者から様々な精神障害に共通する連続的なものであるとする強迫スペクトラムという考えを提唱します。
これにより、強迫パーソナリティは何も強迫性障害の示す特徴的な強迫観念と強迫行動を前提とするものではなく、様々な症状に繋がりうるものであるという理解が進みました。
このような流れを汲み、1980年のDSM-Ⅲでは、強迫性障害ではなく、強迫パーソナリティに起因する精神障害として強迫性人格障害が診断名として確立されたのです。
強迫性パーソナリティ障害について学べる本
強迫性パーソナリティ障害について学べる本についてまとめました。
これから強迫性パーソナリティ障害について学ぼうとしている初学者の方に向けて読みやすい本を選びましたので、気になるものがあればぜひ手に取ってみてください。
強迫パーソナリティ【新装版】
強迫性パーソナリティ障害について理解するためには、そもそも「強迫」とは何なのかについて深く理解することが必要です。
ぜひ本書から、強迫とはどのようなものなのかを知りましょう。
マンガでわかるパーソナリティ障害 もっと楽に人とつながるためのヒント
パーソナリティはその人の人生に深く根付いたものであり、いわばその人の個性です。
それでは、そのようなパーソナリティの偏りにより生じる苦痛を軽減し、その個性を活かすためにはどのように過ごせばいいのでしょうか。
パーソナリティによる生きづらさを減らすためのヒントが書かれた本書から大切なことが分かるかもしれません。
望ましい特徴も過度であれば自分の首を絞めてしまう
強迫性パーソナリティ障害の示す特徴は、適度であれば非常に望ましい性格特徴です。
しかし、それが過度になってしまうと周囲の人との間に溝が生まれ、社会適応に支障をきたしてしまいます。
強迫性パーソナリティ障害の患者は自身の生活に問題を感じ、自発的に医療機関に繋がるケースが多いようです。
そのような場合は、温かく迎え入れ、生活上の困りごとに真摯に耳を傾け、良好な治療関係を結ぶことでその特徴を生かしていけるような生活を送るよう援助することが求められるのです。
【参考文献】
- Salzman,L.・成田善弘・笠原嘉訳(1985)『強迫パーソナリティ』みすず書房
- 竹林奈奈(2002)『青年期における強迫的心性に関する一考察--衝動性とコントロールの力動という観点から』京都大学大学院教育学研究科紀要 (48), 236-248
- 西田みどり・村松公美子(2015)『青年期の強迫パーソナリティ傾向について : ヴァン・ジョインズの交流分析による人格適応論の視点から』新潟青陵大学大学院臨床心理学研究 (8), 47-51
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院