心理学とは目には見えない人間のこころのメカニズムを解き明かそうとする学問です。しかし、その発展には人間を対象とした研究だけではなく、動物の行動に焦点を当てた研究が大きな意味を持っています。
それでは動物行動学が心理学に与えた影響とはどのようなものなのでしょうか。具体的な研究例や主要な学会についても紹介していきます。
目次
動物行動学とは
動物行動学とは、生物の本能・習性およびその他一般に生物が表す行動と外的環境との関係性を動物の行動から読み解こうとする学問のことを指します。
英語ではエソロジー(Ethology)と呼ばれており、これはギリシア語のEthosという単語が語源となっています。
研究者によって異なりますが、一般的にエソロジーには動物行動学や比較行動学などの訳が当てられており、動物心理学もほぼ同義として扱われています。
そのため、動物行動学は、動物の外界への適応を目的とした習慣・習性・性格(行動傾向)を観察することによって、学術的な知見の獲得を目指しているのです。
動物の行動を取り扱った心理学研究
動物行動学と同様に動物の行動を取り扱った研究分野には、行動主義心理学が挙げられます。
行動主義心理学とは、20世紀初頭にワトソンによって提唱された心理学派であり、外部から観察可能な行動を対象として、その裏側にある心理作用を解き明かそうとするアプローチを指しています。
代表的な研究を挙げれば、パブロフによる古典的条件づけの実験やスキナーによるオペラント条件付けの実験が挙げられます。
このような研究は主に動物に学習が成立する過程に焦点を当てており、人間が意図的に作り出した環境下でどのような行動を表出させるかを観察するものです。
そのため、自然という操作のない外界に対する適応行動を検討する動物行動学とは異なっています。
動物行動学の研究例
心理学を学ぶ上で非常に重要な動物行動学的研究の代表例をご紹介します。
ローレンツによる刷り込み実験
心理学の教科書でも紹介されることの多い動物行動学の研究としてはローレンツという学者の行った刷り込み実験が挙げられます。
ローレンツは、ハイイロガンと呼ばれる鳥を人工孵化させ、その習性を利用することでガチョウに育てさせようと試みたのです。
水鳥の雛は孵化した後、親鳥のあとをずっとついていくことで世話をしてもらう刷り込みという習性があります。
実験ではガチョウが卵を温め、孵化させたハイイロガンはガチョウの後をついていきましたが、人工孵化させ、生まれた直後にローレンツを目にしたハイイロガンはローレンツのあとをついて回るようになったのです。
そして、この実験から次のような知見が導き出されました。
ローレンツの後を追うようになったハイイロガンは、ガチョウの近くで生活をさせても、ガチョウの後を追うように矯正することはできませんでした。
つまり、一度刷り込みが成立し、親鳥であるという認識が確立されてしまうとそれは修正が不可能であることを示しています。このような生後間もない時期の初期経験が成立する時期のことを臨界期と呼びます。
この刷り込みという現象は人間にそのまま適用することはできませんが、似たような現象は人間でも見られます。
例えば、大人になってから英語を勉強してもネイティブのように読み書き、話すことは骨が折れますが、幼少期に英語を用いる生活環境で育つと自然と英語を話せるようになります。
臨界期のように、可塑性(変化しやすさ)が高い時期は敏感期と呼ばれています。
愛着理論
愛着理論は現代の発達心理学や臨床心理学において欠かすことのできない重大理論ですが、そのスタートはアカゲザルを対象とした研究にまで遡ることが出来ます。
ハーロウという学者は、アカゲザルが母親に求めるものが何なのかを突き止めるために、2種類の代理母を用いた実験を行っています。
ハーロウは生後間もないアカゲザルの赤ちゃんを母親から離し、針金でサルの身体を模した代理母と身体を布で覆った代理母を与えました。
その結果、身体を布で覆った代理母の方が代理母からミルクを飲んだり接触する時間が長かったのです。
それだけでなく、針金の代理母のもとで過ごしたアカゲザルは成長すると攻撃的になったり、子どもに虐待をするなどの不適応的な行動が確認されました。
布で覆った代理母には、ふわふわとした体毛に覆われているような感覚がありますが、針金での代理母には愛情を感じられるような肌触りはありません。
このことから、子ザルが異常行動を示したのは母親との愛情のある接触行動をとれなかったためであることが分かったのです。
そして、この知見は施設に預けられた子どもが社会不適応を起こすという社会問題(ホスピタリズム・施設病)に取り組んだボウルビィによる愛着理論を支持するものとなったのです。
攻撃性の研究
暴力や暴言などをはじめとする攻撃性は心理臨床の現場でも必ず押さえておくべき重要概念であり、この攻撃性も動物心理学の観点から検討がなされています。
自然界は弱肉強食の世界であり、獲物を捕食することで声明を維持しています。
相手の生命を脅かすという意味で攻撃性に基づいた行動のように思われますが、ローレンツは犬の表情を観察し、それとは異なる主張を行いました。
『犬が獲物にとびかかっているときの表情には不機嫌や恐怖はなく、逆に、主人に挨拶したり、眞理漕がれていたことがやってきたときの緊張と喜びの表情と同じであるため、本来の意味での攻撃性ではない』
そして、攻撃性とは生体に不快感や恐怖感を与える対象を排除するための内的衝動を原動力として外界に働きかける現象であり、個体よりも種を維持するための本能であると考えたのです。
そして、同種の動物が何のために闘うのかを次の4点にまとめました。
【同種の動物による攻撃性】
- テリトリー:同種間の個体の距離を保つことにより過剰なライバル闘争を防ぎ、資源を効率よく利用する
- ライバル闘争:食料や配偶者を巡って闘争し、強い遺伝子を持った子孫を多く残そうとする
- 子孫の防衛:無力で依存的な子どもを保護する
- 順位制:集団の秩序を保ち、攻撃性を社会的に有用なものとして機能させる
しかし、攻撃性は度を過ぎると種の破滅にまでつながる恐れのあるものです。
セイランという鳥は、翼の大きさをオス同士で競い合うことで進化を遂げようとしましたが、翼が大きくなりすぎると天敵に捕食されてしまいやすいという進化とは逆方向の変化をたどりました。
このように動物の攻撃性には繁栄と破滅という2面性を備えているため、これが破滅の方向へ向かないようコントロールする「闘争の儀式化」という仕組みが備わっています。
【闘争の儀式化】
後天的に獲得した一連の行動様式が、進化の際に本来の機能を失って象徴的な形となったり、行動が模倣されることによって新たな本能を作り出すこと
- 威嚇:姿勢や視線、毛を逆立てるなど
- 転位活動:闘争か逃避が必要な場面で取られる3つ目の行動の選択肢
- 敗北・服従の意思表示:急所を見せる、毛づくろい、挨拶など
これらの全てが人間に当てはまるとは言い難いものですが、現代社会においても秩序とあいさつなどの社会的行動は欠かせないものであり、それは動物に普遍的にみられる攻撃性を根底としたものであると考えることもできるのです。
動物行動学の学会
動物行動学を学ぶことのできる学会にはどのようなものがあるのでしょうか。
日本動物行動学会
日本動物行動学会は、1982年に設立されました。
ローレンツなどが発展させたエソロジーの伝統を引き継ぎつつ、生態学・心理学・進化学・遺伝学など様々な分野に繋がる研究を行い、学会大会は年に1度開催されています。
一般もしくは学生の入会制度があり、広く開かれている学会のため、興味がある方は入会して最新の動物行動学に触れてみましょう。
日本動物心理学会
1933年に発足した歴史ある学会である日本動物心理学会は年に1度の学会大会や年2回の学会誌発行など、動物心理学に関する知見を積極的に発信しています。
また、会員・非会員問わず講演会やシンポジウムを開催しているため、動物心理学に興味のある方はまずこのシンポジウムに足を運んでみることをお勧めします。
一般もしくは学生の入会枠があるため、さらに動物心理学を深く学びたくなったら学会への入会を検討すると良いでしょう。
動物行動学について学べる本
動物行動学について学べる本をまとめました。
初学者でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があれば手に取ってみて下さい。
ニュートン新書 基礎からわかる 動物行動学
心理学を学んでいる方は、動物の行動を対象とした研究にどうしても馴染めないかもしれません。
そのようなときはぜひ基礎からしっかりと解説がなされている入門書を手に取るようにしましょう。
おとなのための動物行動学入門
学ぶ内容に驚きや楽しみが無ければ、勉強も長続きしません。
人間から見ると不思議な動物の行動が理にかなっていることを知ったとき、動物行動学の面白さを理解できるはずです。
動物の研究から人間のこころを知る
動物行動学は、ロボット工学など幅広い学問領域へ応用されているもので、心理学もその一つです。
一見すると、人間とは大きくかけ離れている思える動物の行動も俯瞰してみてみると、思わぬ共通点が見られたりするかもしれません。
ぜひ、動物行動学を学び、心理学を新たな視点から眺めてみましょう。
【参考文献】
- 石井裕之(2007)『ラットと小型移動ロボットとの相互適応に関する研究
- 坂本敏郎(2014)『心理学における動物研究の意義』京都橘大学研究紀要 40 183-192
- 日本動物行動学会 (ethology.jp)https://ethology.jp/
- 日本動物心理学会,https://plaza.umin.ac.jp/dousin/intro.html