世界初の心理学実験室が1879年に成立してから約140年。長い歴史のある心理学ですが、早期には、こころ(意識)をどのようにしてとらえればよいのかという議論が盛んになりました。今回はその中の立場の1つである「機能主義」に焦点を当てていきます。
目次
心理学における機能主義とは
機能主義が登場するまでの流れは次の通りです。
世界初の心理学
世界初の心理学実験室を創設したライプチヒ大学のヴント,W.は実験室実験でこころ(意識)を探ろうと試みました。
例えばリンゴを意識上にイメージすると、「甘い」「赤い」「丸い」「固い」…など様々な要素があることがわかります。
ヴントは実験参加者に様々な刺激を与え、生じた意識の内容を報告してもらう「内観法」を用いて、意識を構成している要素をリストアップし、まとめ上げることで人のこころを探ろうとしました。
これを要素主義と呼びます。
このように、意識は様々な構成要素が組み合わさった複合体であり、その構成要素に注目するという考えを受け継いだ心理学派は構成主義心理学へと発展を遂げました。
機能主義心理学の登場
構成主義心理学が登場するのとほぼ同時期に、哲学者のデューイ,J.や心理学者のジェームズ.,W.の影響を受けたエンジェル,J.R.は機能主義と呼ばれる心理学派を立ち上げました。
構成主義は被検者に刺激を与え、どのような意識が生じたかに注目する、つまり意識の「内容と要素」に注目した心理学です。
これに対し、機能主義の心理学者は、当時世界に大きな影響を与えていたダーウィンの進化論を基に、「外的世界に対する反応の元となる、人間の感じ方や考え方(意識)は生きていく上で役立つからこそ今の形に進化した」という意識の目的に注目して研究を進めていきます。
エンジェルが述べた機能主義の特徴は次の3つにまとめることができます。
- 機能主義は「内容」についてではなく、意識の「働き」や「その理由」についての心理学である。
- 機能主義は意識が外的環境と人間をどのように媒介し、適応行動を導くのかに注目する心理学である。
- 機能主義は人間のこころと身体の相互的な関係を明らかにする一種の心理身体学(Phychophysics)である。
機能主義の意義
機能主義では意識の持つ機能やその目的を探ります。
そして、外界と人の行動を媒介するものが意識であるという前提に立っています。
例:「転んでひざを擦りむいたため、痛みで涙が出た」
この時、「地面でひざを擦りむいたという情報が入力」→「痛み」という意識内容が生じる→「涙が出たという行動をする」というような流れになります。
つまり、意識内容は外界から入力された情報の入力器及び行動を生起させる出力器としての機能により両者を媒介しているということができます。
このように意識の機能を重視する立場では、感覚器や効果器なども含めた生理学など他の領域の学問との関連を検討する必要が出てきます。
そのため、このような機能主義の態度は、後の心理学の発展に大きく寄与しました。
機能主義と心脳同一説
機能主義は意識の働きが身体的な反応を生み出すまでの過程で重要な働きをするという仮定に基づいて、生理学の領域にも関心の幅を広げた学問でした。
これと似て、心的状態を生理学の立場から捉えられるとする「心脳同一説」があります。
心脳同一説では感覚や思考、感情、近くなどの心的事象は大脳から生じる物理的過程に過ぎず、脳を調べることで解明することができると主張しています。
機能主義の学派
機能主義は大きく「シカゴ学派」と「コロンビア学派」の2つに分けることができます。
それぞれの学派で有名な心理学者をまとめました。
【シカゴ学派】
- デューイ,J.:機能主義が心的過程の目的探求するため、それを喚起した全体の記述を重視すべきと主張。行動主義のS-R理論の前身となる考えを発表し、反射は「知覚と運動」という単位で成立することを示しました。
- エンジェル,J.R.:機能主義は意識の働きと理由を対象とした学問で、習慣的な半意識的作用も対象としました。
【コロンビア学派】
- キャッテル,J.Me.:独自の知能モデルを発表する以前は、コロンビア学派として記憶や感覚などに関する一連のテストを実施し、メンタル・テストという用語を用いた。のちに、これらの検査結果は知能とは関連を示さなかったことが示されています。
- ウッドワース,R.S.:動機づけの重要性を主張し、本能に代わる「動因」という概念を用いて、動的心理学を提唱しました。
機能主義への反論・問題点
機能主義は構成主義への批判といった形で出現しましたが、その機能主義の考えへの批判も少なくありません。
サールの中国語の部屋
機能主義の問題点を指摘する面白い思考実験がサール,J.R.(1980)によって行われています。
「中国語の部屋」
この実験では、英語しか使えない欧米人を誰もいない個室の中に入れます。
次に、その人には英語で書かれたマニュアルを持たせて置き、その部屋の中に中国語で書かれたメモを投げ入れます。
その後、手に持っているマニュアルに沿って作業をし、新たなメモを作成して部屋の外の人へ渡します。
じつは、最初に部屋に入れられたメモは中国語の質問で、最後に被検者が作成したメモは(本人にはその意識はありませんが)中国語で書かれた返事となっているというからくりがあります。
もちろん被検者には中国語の書かれたメモは読めませんが、はたから見ると中国語でやり取りをしているように見えます。
つまり、「意識」上に中国語を思い浮かべるという心的事象抜きでコミュニケーションの機能が果たされており、意識が外界との相互作用における媒介物となるという機能主義の主張の例外があることが示されたことになります。
チャーマーズによる批判
チャーマーズ,D.(2001)は心には次の2つの側面があることを指摘しています。
- 現象的な心的概念
- 心理学的な心的概念
後者は行動の原因となる心的概念であり、機能主義が注目している領域です。
しかし、ラーメンを食べたという体験から生じる満腹感から「空腹が満たされる」や塩味から「塩分を摂取して血圧が上昇する」という機能的な側面を挙げることはできますが、どれほど列挙していっても、ラーメンを食べたという「感じ」には質的な意味合いが残り、機能的側面では説明できないと指摘しています。
このような、「感じの質」のことは「クオリア」と呼ばれます。
機能主義について学べる本
機能主義について学ぶことのできる書籍をまとめました。
岩波講座 哲学 5 (心/脳の哲学)
この本では古代から検討されてきた心の哲学を紹介しています。その中で今回ご紹介した機能主義や心脳同一説についても触れられています。
心理学史―現代心理学の生い立ち (コンパクト新心理学ライブラリ)
心理学の歴史において重要な役割を担った機能主義を含めた現代までの心理学が網羅的に紹介されている一冊です。
現代の心理学の礎となった機能主義
批判もあるように、機能主義の知見だけでこころのすべてを説明することはできませんが、行動主義や知能検査など機能主義が与えた知見はその後の心理学の発展に大きく寄与したことは間違いありません。
今回ご紹介した書籍を参考に、心理学を一から学んでみるきっかけになればと思います。
参考文献
- 村田純一(2008)『岩波講座 哲学 5 (心/脳の哲学)』岩波書店
- 中島秀之(2011)『中国語の部屋再考(<特集>チューリングテストを再び考える)』人工知能学会誌 = Journal of Japanese Society for Artificial Intelligence 26(1), 45-49
- 信原幸弘(1996)『心・脳・機能主義』哲学 1996(47), 42-54
- デイヴィッド・J. チャーマーズ 著,森一訳(2001)『意識する心――脳と精神の根本理論を求めて』白揚社