ストレスにさらされることの多い現代社会では、ストレスにより心身に不調をきたしてしまうことも少なくないでしょう。
そのようなストレスが私たちにどのような影響を与えるのかを理論化したものに汎適応症候群という概念があります。
それでは汎適応症候群とはいったいどのようなものなのでしょうか。セリエの提唱したストレス理論やストレスへの対処法を具体例でわかりやすく解説していきます。
目次
セリエの提唱した汎適応症候群とは
もともと物理工学の用語であった「応力」(物体の内部に考えた任意の単位面積を通してその両側が互いに相手に及ぼす力」と訳されるストレスは、19世紀初頭に心理学の領域に心理学に持ち込まれました。
その当時は、生体が体内をある一定の状態を保とうとするホメオスタシスに歪みを生じさせる圧力としての意味で用いられており、生体がそれぞれのストレス刺激に対応した適切な反応を示すことにより内部環境を一定に保つことができると考えられていたのです。
このストレスという概念をさらに発展させたのが、ハンス・セリエという学者です。
ストレッサーへの反応と具体例
セリエは、個々の有害な刺激それぞれに対応した反応が生じるのではなく、様々な有害な刺激に曝されるとき同じような身体的変化を示すとするストレス学説を唱えました。
私たちが日常的に使用しているストレスは、仕事で失敗してしまった、残業があるなどの嫌な出来事のことをストレスと呼んでいますが、セリエの唱えたストレスというものは、一般的なストレスとは少し意味合いが異なっています。
生体に対する有害な刺激をストレッサー、ストレッサーに対し適応しようと防衛する非特異的(通常は見られない)反応のことを汎適応症候群と呼んだのです。
ただし、全てのストレッサーが本人にとって嫌悪刺激となるわけではありません。
例えば、仕事で重大なプロジェクトを任された場合には、本人にとってプレッシャーとなります。しかし、自分の能力に自信があれば、それは張り合いとなり、適度な緊張感を導くでしょう。
このように、個人にはストレッサーに対する抵抗力に違いによって、ストレッサーに負けてしまうのかが左右されます。
セリエはこのことに注目し、抵抗力を考慮した汎適応症候群には次のような3つの時期をがあると主張しました。
- 警告反応期
- 抵抗期
- 疲労期
警告反応期
警告反応期とは、ストレッサーに曝されて間もない時期のことを指します。
この時期は、急にストレッサーに曝されたことにより、一時的にストレスへの抵抗力が減少します。
これをショック相と呼びます。
しかし、急なストレッサーによって始めはびっくりしますが、その後身体はストレッサーに対処しようと交感神経系が優位になる防衛反応を示し、ストレスへの抵抗力が上昇し始めるのです。
これは反ショック相と呼ばれています。
このように、警告反応期は、身の回りにあるストレスに対し一時的に抵抗力が落ちるものの、それに対処しようとするストレッサーへの抵抗の準備期間なのです。
抵抗期
ストレッサーに曝された状態が続くと、警告反応期から抵抗期へと移行します。
抵抗期は、反ショック相によって高められたストレッサーへの抵抗力が高い水準で維持される状況であり、身体に負荷はかかるものの、ストレスに負けず対処をしている段階になります。
疲労期
しかし、ストレッサーに抵抗している期間があまりにも長くなると、身体には疲労がたまり、徐々に抵抗力が落ちてきます。
この時期が疲労期です。
疲労期は、汎適応症候群の3過程の中で最も危険な時期であり、重篤な病気や強い抑うつ症状など社会適応に支障をきたすような症状が表れてしまいます。
ストレッサーへの対処法
セリエのストレス学説によれば、ストレッサーに曝され続けることで、身体は次第に弱り、症状を呈するようになってしまいます。
そのため、環境調整などによってストレッサーと物理的な距離を置いてしまえば問題はないことになるでしょう。
しかし、現実には仕事がストレスとなっているからといってそう簡単にやめることができるわけではありません。セリエ以後のストレス研究では、ストレッサーへの対処法としていくつかの方法が提案されています。
認知の歪みを直す
近年のストレス研究では、ストレッサーに曝されたからといって直ちに汎適応症候群に至るのではなく、ストレスを脅威であると評価したり、そのストレッサーに自分が対処できそうかということを予測する認知的過程が挟まることが指摘されています。
そして、認知の歪みがあり、ストレッサーを過度に驚異的なものとみなしたり、自分の能力を低く見積もることによってストレス反応が生じやすくなってしまうのです。
そのため、認知行動療法などの心理療法ではクライエントの認知の歪みにフォーカスを当て、それを変容させることによってストレッサーへうまく対処する能力を育もうとするのです。
コーピング
また、認知の歪みのほかに、ストレッサーに対して対処する行動をうまく選択できるかということもストレス反応の生起に関わっていると考えられています。
このストレスへの対処行動のことをコーピングと呼びます。
コーピングには大きく問題解決型コーピングと情動焦点型コーピングの2種類があり、状況に合わせて適切なコーピングを選択、実施することでストレッサーに対処できると考えられているのです。
汎適応症候群について学べる本
汎適応症候群について学べる本をまとめました。
初学者でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
ストレスとはなんだろう 医学を革新した「ストレス学説」はいかにして誕生したか (ブルーバックス)
ストレスという用語は日常的に使われており、私たちになじみ深い心理学用語の1つです。
しかし、厳密には心理学的なストレスと一般的なストレスにはニュアンスに違いがあります。ぜひ、本書からストレスとはいったい何なのかを学びましょう。
精神科医が教える ストレスフリー超大全――人生のあらゆる「悩み・不安・疲れ」をなくすためのリスト
ストレス社会である現代では、ストレッサーへ有効に対処することが求められています。
ぜひ、ストレスの専門家である精神科医が教えるストレスへの対処法について学びましょう。
ストレス研究の第1歩「汎適応症候群」
心理学にストレスという用語がもたらされてから、臨床心理学ではストレスがどのように人間へ影響を与えるのか、ストレスに負けず精神的な健康を保つためにはどうすればよいのかについて様々な研究がなされてきました。
その第1歩となるのがセリエの提唱したストレス学説・汎適応症候群なのです。
ぜひ、ストレスについて学ぶときは、その原点である汎適応症候群についても学びましょう。
【参考文献】
- 武田英二・奥村仙示・山本浩範・竹谷豊(2012)『うつ病と栄養』四国医学雑誌 68 (1-2), 3-8
- 田原明夫(2001)『ストレスと病気』京都大学医療技術短期大学部紀要. 別冊, 健康人間学 13 1-9
- 尾仲達史(2005)『ストレスと脳1ストレス反応とその脳内機構 』日本薬理学雑誌 126 (3), 170-173