今回は、ゲシュタルト心理学について学んでいきましょう。ゲシュタルト心理学とはどういうものなのか、具体例と共に見ていきます。
また、ゲシュタルト心理学の創始者や主要人物、法則・仮現運動・図と地といったキーワードについてもわかりやすく解説します。
最後に、日常で活かされているゲシュタルト心理学の応用にも触れていきます。
目次
ゲシュタルト心理学とは
まずは、ゲシュタルト心理学がどのようなものなのかを見ていきましょう。
ゲシュタルト心理学の意味と定義
ゲシュタルト(Gestalt)とは、ドイツ語で「形態」を意味する言葉です。
ゲシュタルト心理学は、ある現象を個々の要素の集まりとして捉えるのではなく、全体のまとまりとして捉えるアプローチです。
ゲシュタルト心理学の具体例
視覚的な例
視覚的な例としては、星座が分かりやすいかもしれません。星座を知らない人が満点の星空を見ても、ただバラバラに星があるだけに見えるでしょう。
けれども、「オリオン座」「北斗七星」など星座を知っている人は、星のまとまりが1つの星座として見えるでしょう。これがゲシュタルトです。
聴覚的な例
聴覚的な例も考えてみましょう。カラオケで、自分の歌いやすいようにキーを上下させたことはありますか?
ある曲のキーを下げても、その曲は同じ曲として聞こえます。これは、私達が音をバラバラに聞いているのではなく、メロディーとして捉えているからです。
主要人物を通して学ぶゲシュタルト心理学の歴史
次に、ゲシュタルト心理学における主要人物を見ていきましょう。
ゲシュタルト心理学の創始者ーウェルトハイマー(Max Wertheimer:1880-1943)
ウェルトハイマーは、プラハ生まれのユダヤ系ドイツ人です。
1910年の夏、列車に乗っていた時に、突然、物体の運動の知覚についての新しい考えが閃きました。
途中下車した彼は、玩具屋でゾエトローペを買いました。ゾエトローペは、連続した絵が描かれた環が回転する事で、絵が動いて見えるおもちゃです。いわば、パラパラ漫画のようなものです。
その後フランクフルト大学の実験室で、運動の知覚に関する一連の研究を行い、1912年に発表をしました。この発表がゲシュタルト心理学の始まりと言われています。
そして、ウェルトハイマーの実験の被験者として協力をしていたのが、次に述べるコフカとケーラーです。
アメリカでゲシュタルト心理学を広めたーコフカ(Kurt Koffka:1886-1941)
コフカは、ベルリンで法律家の家に生まれました。1910年にフランクフルト大学で助手となり、ウェルトハイマーと出会います。
翌年にはギーセン大学に移り、1922年に“Psychological Bulletin”誌にゲシュタルト心理学を紹介する論文を発表しました。
次第にアメリカで知られるようになり、1927年にはスミスカレッジで教授となります。
ゲシュタルト理論の基本書とされる、「ゲシュタルト心理学の原理(Principles of Gestalt Psychology)」(Koffka,1935)を記しています。
チンパンジーを対象とした洞察学習ーケーラー(Wolfgang Köhler:1887-1967)
ケーラーは、今のエストニア生まれのドイツ人です。フランクフルト大学で助手となり、ウェルトハイマーと出会います。
1913年から、北大西洋のカナリア諸島テネリフェ島の霊長類研究所で、チンパンジーを対象とした学習実験を行いました。
チンパンジーが、そのままでは手の届かない高い所にあるバナナに対して、箱を積み上げた上に乗ればバナナを取れることに気づきます。
このような、適切な目的と手段をつなぐ状況に気づく事による学習を、試行錯誤による学習に対立するものとして、ケーラーは洞察(insight)と呼びました。
グループ・ダイナミクス(集団力学)研究の創始者ーレヴィン(Kurt Lewis;1890-1947)
レヴィンは、ポーランドのユダヤ人の家庭に生まれ、ベルリンに移りました。ベルリン大学の講師時代に、ケーラーやウェルトハイマーの影響を受けます。
レヴィンは、ゲシュタルト心理学を人間の動機・欲求・パーソナリティ・社会的影響にまで適用しました。
そして、集団の中での人の行動は、集団から影響を受けると共に、集団にも影響を及ぼすという、グループ・ダイナミクス研究を創始しました。
また、リーダーシップの3スタイル(専制的・民主的・放任的)を研究し、民主的リーダーシップが最も有効であるとしました。
ゲシュタルト心理学のキーワードと基本原理(法則)
ゲシュタルト心理学を理解するのに役立つキーワードと基本原理(法則)を見ていきましょう。
ゲシュタルト心理学のキーワード:仮現運動・図と地・ゲシュタルト崩壊
ゲシュタルト心理学を学ぶ時に、次のようなキーワードを理解しておくと良いでしょう。
- 仮現運動
- 図と地
- ゲシュタルト崩壊
仮現運動
実際には動いていない物が、動いているように見える現象です。ウェルトハイマーが主張しました。
点滅を繰り返す光の点が左右に1つずつあるとします。左の光が光って消えてから右の光が光るまでの時間がある一定の時、光の点が左から右に移動したように感じるというのです。
クリスマスシーズンに、木や建物の上からいくつもの点滅する電球が下がっているのを見て、「流れる」ように感じた事はありませんか?
「1つ1つの電球が点滅している」ではなく、「全体に光が流れているよう」に感じるのが、仮現運動です。
この事からゲシュタルト心理学では、私達の知覚は、要素を足していくのではなく、初めから全体を捉えようとする性質を持っている、と考えるのです。
図と地
ゲシュタルト心理学では、絵や風景を眺めた時に背景として認識する部分を「地」、注意を向けて見ている部分を「図」と呼びます。
ルビンの壺など、図と地が入れ替わって見える「図地反転図形」は有名です。
視覚以外でも、図地反転は起こります。例えば、授業を聞いているつもりだったのに、いつの間にか校庭から聞こえてくる友達の声に意識が向いていたのなら、授業が「地」として背景になっているのです。
ゲシュタルト崩壊
同じ図形や漢字を見続けているうちに、全体の印象が分からなくなってしまう現象を、ゲシュタルト崩壊といいます。
初めに報告をしたのはファウスト(Faust:1947)で、頭頂葉と後頭葉の境界付近に損傷を受けた患者に生じた失認症の事例でした。
ゲシュタルト崩壊は、健常者でも起こる事が分かっています。
ゲシュタルト心理学の基本原理(法則):近接・連続・類同・閉合
ウェルトハイマーは、人が図を知覚する時に、より単純で分かりやすいまとまりとして捉えるとしました。これらの知覚の傾向は、プレグナンツの法則(群化の法則)と言われます。いくつか挙げてみましょう。
- 近接の法則:近くにある物はまとまって知覚される
- 連続の法則:つながっている物の方がまとまって知覚される
- 類同の法則:同じもしくは似ている物がまとまって知覚される
- 閉合の法則:閉じた形はまとまって知覚される
算数や数学の問題を解く時、同じ形で分類したり、色分けをしたり、まるで囲んでみたりしませんでしたか?実は日常でも使っている法則でしたね。
ゲシュタルト心理学の研究
今回は、ゲシュタルト心理学の研究の中から、漢字のゲシュタルト崩壊の研究を1つ見ていきましょう。
二瀬ら(1996)は、どのような漢字でゲシュタルト崩壊が生じやすいのか、を検証する実験をしました。
漢字のゲシュタルト崩壊ー実験手続き
実験手続きは以下の通りです。
被験者は、提示された漢字(順応漢字)を一定時間注視します。その後提示される漢字(テスト漢字)を読みます。テスト漢字を読む速度(反応時間)でゲシュタルト崩壊の程度を測定します。
テスト漢字には4つの漢字が使われました。
- ①順応漢字と同一漢字
- ②順応漢字と構造が同じで共通部分を持たない漢字
- ③順応漢字と構造が異なり共通部分を持つ漢字
- ④順応漢字と構造が異なり共通部分も持たない漢字
例えば、順応漢字が「貯」の場合、テスト漢字は①「貯」、②「訴」、③「貸」、④「著」となります。
漢字のゲシュタルト崩壊ー結果
反応時間の遅れが生じたのは、①の同一漢字と②の同一構造を持つ漢字でした。
つまり、全く同じ漢字でなくても構造が同じであれば、ゲシュタルト崩壊を起こす事が分かりました。
ゲシュタルト心理学の日常への応用
ゲシュタルト心理学は、日常でどのように応用する事ができるのでしょうか。
ゲシュタルト療法
パールズ(Frederick,S. Perls:1893-1970)が創始したゲシュタルト療法は、気づきによって人格の統合を目指す心理療法です。
人間の経験全体を「図」と「地」として捉え、そのスムーズな流れを促していきます。
デザイン
人の知覚の特徴は、デザインの世界でも活かす事ができます。
伝わりやすいプレゼン資料を作るのが得意な方もいらっしゃるでしょう。お店のポスター作りが得意な方もいらっしゃるでしょう。
- プレゼン資料
- ポスター
- Webサイト
これらはいずれもデザインを見る人に何かを伝える事を目的としています。
文字の種類や余白の使い方、写真の配置や色の選び方によって、見る人の惹きつけ方は変わってきます。
ゲシュタルト心理学における人の知覚の特性を上手に利用する事によって、同じ情報でも相手に伝わりやすくなるでしょう。
ゲシュタルト心理学について学べる本
ゲシュタルト心理学について学べる本をご紹介します。
ユニークなマンガで読みやすい「マンガ心理学入門 現代心理学の全体像が見える」
20年も前に出版された本ですが、心理学の全体をイラストと文章でわかりやすく解説している本です。
ゲシュタルト心理学についても、その成り立ち、ウェルトハイマーの仮現運動の実験、基本原理、図と地の錯覚など、コンパクトにまとめられています。
文庫サイズで、気軽に心理学の全体を学ぶことができます。
公認心理師受験生にも読みやすい参考書「心理学史」
心理学史を学びたいけれど、入門書では物足りないし専門書は読みにくい、という方へ。
本書は、心理学専攻の大学生から修士課程、臨床心理士・公認心理師等の受験生、心理学史を専門にはしていない博士課程在学生及び研究者を想定して書かれています。
写真や図解もあり、文章も分かりやすくまとまっています。
ゲシュタルト心理学については第5章に記載があります。主要な心理学者、主張、背景と周辺、レヴィンとグループダイナミクス等について解説されています。
ゲシュタルト心理学をデザインに活かす「センスがなくても大丈夫! 真似るだけで伝わるデザイン」
ゲシュタルト心理学を学ぶための本ではなく、デザイナーさんによる、ノンデザイナー向けのデザインアイデア&サンプルの本です。
「伝えたい相手に伝えたいことが伝わる」デザインの工夫が散りばめられたこの本。
NG例とお手本を比較して見ていると、ゲシュタルト心理学の基本原理がなるほど!と理解できます。
心理学の専門家には書けない、デザイン力あふれる本書で、ゲシュタルト心理学の原則を実践的に身につけるのも良いかもしれません。
ゲシュタルト心理学に関連するキーワード
ゲシュタルト心理学を理解するためのポイント
- ゲシュタルト(Gestalt)はドイツ語で「形態」を意味し、ゲシュタルト心理学とは、ある現象を個々の要素の集まりとして捉えるのではなく、全体のまとまりとして捉えるアプローチである。
- ゲシュタルト心理学の創始者はウェルトハイマーであり、コフカ、ケーラー、レヴィンなどの研究によって発展した。
- ゲシュタルト心理学のキーワードとしては、「仮現運動」「図と地」「ゲシュタルト崩壊」などがある。
- ゲシュタルト心理学の基本法則には「近接」「連続」「類同」「閉合」などがあり、こうした法則をまとめてプレグナンツの法則(群化の法則)と呼ぶ。
- ゲシュタルト心理学は、ゲシュタルト療法などの心理学領域における応用のほか、デザインなど日常生活にも活かされている。
図も地も私
今回は、ゲシュタルト心理学を学んできました。幅広いゲシュタルト心理学の中で、何が一番印象に残ったでしょうか。そして、何が印象に残らなかったでしょうか。
印象に残ったことと、今は意識の外に追いやられていることが、何かのきっかけで逆転する場合もあるかもしれません。
今見えていること、聞こえていること、思っていることの背景には、見えていないこと、聞こえていないこと、思っていないことが存在する、ということをゲシュタルト心理学は教えてくれています。
日々「図」の世界に生きている中で、何かに行き詰まった時、ふと「地」の部分も存在していると気づけると良いのかもしれません。主張はしていなくても、「地」もあなたの一部なのですから。
参考文献
- ナイジェル・C・ベンソン 清水佳苗(訳)(2001) マンガ心理学入門 現代心理学の全体像が見える 講談社
- 二瀬由理・行場次朗(1996) 持続的注視による漢字認知の遅延ーゲシュタルト崩壊現象の分析ー 心理学研究67(3),227−231
- 大芦治(2016) 心理学史 ナカニシヤ出版
- 深田美千代(2020) センスがなくても大丈夫!まねるだけで伝わるデザイン ダイヤモンド社
- 株式会社ARENSKI(2020) どこで、誰に、何を見せる?映えるデザイン 日貿出版社