大きな目標を掲げた後、なかなか達成できずに挫折してしまった経験はありませんか。そうした失敗を防ぐために用いられるのがシェイピングです。「急がば回れ」ということわざの通り、まずは小さな目標を掲げてひとつずつクリアさせていくのが重要なポイントとなります。今回はそんなシェイピングについて、具体的な方法を交えながらより分かりやすく解説していきます。
目次
シェイピングとは
まずはシェイピングの基礎知識について見ていきましょう。
シェイピングの意味と定義
シェイピングとは、目標を小さな段階(スモールステップ)に分けて設定し、達成感を得ながら徐々にステップアップしていく方法のことを言います。
目標が高すぎたり、課題の取り組み方が分からず途方に暮れてしまうことは誰にでもあるでしょう。そのような時はまず、ゴールまでの道のりを細分化しスモールステップを設定し直すことから始めます。
ひとつひとつのハードルを低くすることで、「なんだか出来そうだ」という気持ちを対象者に芽生えさせることが可能です。さらに段階を細かく分けているので、コツが掴みやすくなり習得率が上がることが期待できます。
この手法を繰り返していくことで、ストレスなく効率的に最終目標へ到達できるという訳です。
スキナーによるシェイピング法の考案
シェイピングはオペラント条件付けに基づく一技法で、B.F.スキナーにより開発されました。
オペラント条件付けとは「直後の報酬などによって自発的な行動を増減させる学習」のことを指します。詳しくは以下の記事をご覧ください。
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オペラント条件付けの中で用いられるシェイピングには「反応形成」や「行動形成」という意味があります。反応形成とは、目標方向に適する行動にだけ報酬(ご褒美)を与えて強化し、より複雑な行動を習得させる方法のことです。
スモールステップを用いたシェイピングは、この反応形成の仕組みが基となっています。「成功体験を積みながらステップアップする」というのは行動を強化させる報酬の役割も果たします。小さな達成感や喜びが、さらなる目標に挑戦する原動力に繋がるのです。
シェイピングには様々な呼称があり、「シェイピング法」「スモールステップの原理」「逐次(的)接近法」などと呼ばれることもあります。
効率の良いシェイピング法
シェイピングを効率よく行うには、以下の点を意識することが重要です。
- 即時強化:目標を達成したらすぐに強化を行うこと。シェイピングでは主に報酬や賛辞を与えます。
- 目標は少しずつ引き上げる:スモールステップという名の通り、中間の目標設定は高くしすぎてはいけません。しかし目標が低すぎても良いシェイピング効果が生まれないので注意しましょう。
- 挫折をした時の対処の仕方:順調にステップアップしていたのに、ある所から急に先へ進めなくなることもあります。躓いた箇所を何度もトライさせて嫌気がさすようでは本末転倒。この場合、目標設定を見直すか、ひとつ前の段階に戻りしっかりと技能が身に付くまで反復練習を行いましょう。
シェイピングの日常生活での応用例
シェイピングは日常のあらゆる場面で活用することができます。具体的な例を見てみましょう。
障害者歯科治療
自閉傾向のある児童にとって、歯科治療は非常に困難なものとされています。指示や状況を理解する力が乏しく、先の見通しを持てないために恐怖心が先行してしまうのです。すると拒否行動が強くなり、治療どころか口腔内の診察ですら協力してもらえなくなります。
こうした障害者歯科治療でもシェイピングが力を発揮します。まずは「治療室に入って挨拶をする」「スタッフにタッチだけする」といったスモールステップを設定し、児童の緊張や恐怖心を取り除く作業から始めましょう。
その後も「治療椅子に近づく」「治療椅子に座る・寝る」「母親によるブラッシング」「衛生士による仕上げ磨き」と治療に向けたトレーニングを段階的に進めていくのが効果的です。
どんな小さなステップでも、クリア出来たら充分に褒めることが大切です。トークンエコノミー法※を用いるのも良いでしょう。こうした行動の強化によって、児童の歯科治療に対する抵抗感は徐々に和らいでいきます。
※トークンエコノミー法についてはこちらをご覧ください。
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犬のしつけ
シェイピングは元々、オペラント条件付けの中で動物に複雑な行動を覚えさせるために使用されていました。よって人間だけでなく、ペットのしつけにも応用することが可能です。
例えば愛犬に「Go to bed」(ベッドの上でくつろぐ)という指示を覚えさせるとしましょう。その場合以下のようなスモールステップを設定します。
- ベッドを見る 匂いを嗅ぐ
- ベッドに手をかける
- ベッドに4本の足が乗る
- ベッドの上に座る
- ベッドの上に伏せる
- ベッドに向かっていき座る
- ベッドの上でくつろぐ
引用:All about 愛犬と楽しくクリッカートレーニング
犬がストレスを感じないように、目標はなるべく細分化します。あくまでも犬が楽しみながらトレーニングを行えるようにすることが重要です。
もし犬が間違った行動を覚えてしまった場合、その行動を正すのではなく他の行動をより強化しましょう。そうすることで間違った行動が消去できます。
シェイピングについて学べる本
シェイピングについての理解を深められる書籍をご紹介します。
小さな習慣
私たちの脳は変化を嫌い、同じ行動を繰り返すことを好む傾向にあります。だからこそ新しいことを始めてもなかなか続かないのです。
こうした習慣化されてない行動をとるときに活用したいのが、今回ご紹介したシェイピングです。本書では「小さな行動」として記述されています。まずは「小さな行動」を繰り返し「小さな習慣」を身に着ける。すると脳は、次第に新しい変化を受け入れられるようになります。
かわいらしい装丁に反し、科学的なデータを引用しながら潜在意識の本質を解明した骨太な一冊です。自己啓発書ではありますが、シェイピングの効果をより身近に感じられるようになるでしょう。
発達が気になる子へのスモールステップではじめる生活動作の教え方
応用例でも触れたように、発達に遅れのある児童に生活動作を教える際にもシェイピングが役立ちます。
「ものを見る力が弱い」「身体のイメージがとらえにくい」といった、子供の苦手の要因を抑えながらスモールステップを設定していくので、より実践しやすい内容となっています。
易しい言葉でまとめられており、専門知識のない初心者にも手に取りやすい一冊です。
シェイピングを使って高める自己肯定感
人は動物と違い、物質的な褒美だけで行動を強化するわけではありません。成功体験は自信を作り、達成感は喜びや充実感へと繋がります。「出来ない自分」から少しずつ脱却することで、自己肯定感も高めていけるのではないでしょうか。
行動の獲得と共に、人としての内面的な成長も得ていきたいですね。小さなステップアップを繰り返し、なりたい自分を目指して頑張りましょう。
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参考文献
- 徳田克己・髙見令英文 (2003).『ヒューマンサービスに関わる人のための教育心理学』化書房博文社 18.
- 杉山尚子『行動分析学入門ーヒトの行動の思いがけない理由』集英社 87-93.
- 鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃 (1996). 『心理学 第3版』東京大学出版会 71.
- レイヒ/ジョンソン 宮原英種監訳 (1983).『教室で生きる教育心理学』新曜社 388-392,408-410.
- 図師良枝 (2018).『発達障がい児における歯科環境への適応の第一歩ー行動変容を用いてー』日本障害者歯科学会雑誌39(2),89-95.
- All about『愛犬と楽しくクリッカートレーニング!ー4』