臨床心理学の発展に大きく寄与した発見として、フロイトの無意識の発見が挙げられます。
それでは、フロイトの無意識とはどのようなものなのでしょうか。発見までの経緯や、ユングとの違い、心理臨床・心理学研究に与えた影響などについて詳しくご紹介していきます。
目次
フロイトの無意識とは
19世紀から20世紀にかけて活躍したフロイト,Sは人の心理的機能に関する理論及びそれに基づいた心理療法の体系である精神分析を提唱しました。
その中で最も特徴的なのは無意識と呼ばれる心の領域を発見したことです。
1879年、ライプツィヒ大学に世界初の心理学実験室を開設したヴントによって、科学としての心理学はスタートしたわけですが、その時は内観法と呼ばれる、意識を構成する要素を研究の対象としていました。
また、その後にはワトソンらによる行動主義が台頭し、目で観察ができる行動が研究の対象となっていたわけです。
そのため、フロイトによる無意識の存在の指摘がなされるまでは、私たちが把握できる、意識や行動といった表面的な心理的機能が研究対象として取り上げられていました。
無意識の発見
それでは、フロイトはどのようにして無意識を発見したのでしょうか。
フロイトがは元々精神医学の領域に強い関心を持っており、当時流行っていたヒステリーと呼ばれる精神疾患の治療の技法を、精神科医であるシャルコーの下で学んでいました。
このヒステリーという精神疾患は、神経や脳、身体の器質的な異常が無いにも関わらず、身体の一部が動かなる・声が出なくなるなどの身体的な機能の異常(転換型ヒステリー)や急に意識を無くしたり、記憶を失ってしまう(解離型ヒステリー)などの症状を示し、多くの患者が苦しんでいました。
そして、身体の構造的に何も異常が見当たらないにも関わらず、異常が生じているため、これはこころの問題によるものだろうと考えられ、催眠療法でこころの問題に迫り、治療を行おうとされてきたのです。
ヒステリー患者は催眠をかけられると、それまで全く語られることのなかった患者にまつわるストーリーを語り始め、催眠が解けると全くそのことを患者は覚えていないという事態にフロイトは直面します。
これを受け、フロイトは、普段全く自覚されることのない「無意識」と呼ばれるこころの領域があることに気付きます。
そして、催眠によって語られる内容は無意識から出てこないように抑圧された内容であり、催眠によって抑圧が緩んだために言葉として外へ出てきたと考えたのです。
局所論
このようにして無意識が発見されたのですが、無意識だけではなく「人間のこころは意識・前意識・無意識の3つの領域で構成されている」とフロイトは結論付けています。
これを局所論と呼びます。局所論においては、こころの領域を次のように考えます。
【局所論におけるこころの3領域】
- 意識:私たちが心的イメージ(表象)を、捉え、知覚できる領域
- 前意識:普段は知覚されていないが、努力により知覚することができる領域
- 無意識:全く知覚することはできないが、確かにこころの奥底にある領域
局所論は一見突拍子もないですが、フロイトはヒステリー症例として有名なアンナ・Oの事例や後催眠暗示からこのことを発見しています。
【アンナ・Oの事例】
アンナ・Oは夏のひどく暑い時期であっても、グラスから水を飲むことができないという症状に悩まされていました。
その理由は全く自分でもわからないため、催眠療法を受けたところ、自分では全く覚えていなかったはずなのに、昔、ある犬がグラスから水を飲んでいた場面を目撃し、それに強い嫌悪感を抱いていたことを思い出します。
そして、その出来事の全てを語ることができたことによって、彼女は再びグラスから水を飲むことができるようになりました。
後催眠暗示とは、催眠をかけられた被検者が、催眠状態中にある行為をするよう暗示をかけられると、催眠が解けた後に暗示された行動をする衝動が高まり、意識的にその行動がなされるという現象です。
これらの2つの現象から、フロイトは潜在的表象(意識の領域にはないこころのイメージ)には
- 「意識に参入できる潜在的表象」(後催眠暗示で行為をする時には意識にその行動が昇ってきている)
- 「意識に参入することができない潜在的表象」
の2種類があることに気付いたのです。
そして、意識に参入できる潜在的表象のことを「前意識」、意識に参入することができない潜在的表象のことを「無意識」と名付けることで局所論が提唱されました。
無意識と自我
精神分析の著名な理論として、構造論と呼ばれるものがあります。
この構造論とは、人間のこころの機能を3つに分けて考える理論で、それぞれの機能を果たす心的装置は次の通りです。
【構造論での3つのこころ】
- 自我:自分と認められるこころ
- 超自我:社会的な道徳に基づき、自我にイドが侵入するかを検閲するこころ
- イド(エス):自分のこころと認められないこころ
イドとはIt(それ)という意味であり、無意識のとても深い層に閉じ込められています。
自分のこころでありながら自分とは認められない「何か」であり、超自我は、イドの内容が自我に望ましいものなのかを常に見張っているという役割を担います。
そして、望ましくないと判断されたものは、無意識から出て、自我の中に入らないよう、抑圧と呼ばれる方法で防衛されます。
このような流れから、フロイトの考える無意識とは、自我によって意識から排除された内容のことであり、神経症はその排除された無意識の内容を意識に統合させることによって治療を行うことができると考えられたのです。
フロイトの無意識とユングの無意識の違い
このように、フロイトが発見した無意識に関する理論はさらに発展を遂げ、精神分析と呼ばれる理論へと発展していきました。
その理論に傾倒した学者は数多く、その中でも著名な精神分析派の心理学者がユング,C.Gです。
ユングとフロイト
ユングは1903年に連想実験の研究によって、無意識の作用を実証したことで、無意識を発見したユングと親交を深めました。
精神分析の大きな特徴は、目に見えず、普段は感じることもできない無意識という存在を仮定する段階からスタートするため、ある意味、宗教における教義のような信奉を集めました。
当然、優秀なフロイトの弟子であるユングにも、フロイトから自身の精神分析理論に対する忠誠を期待されていました。
しかし、教義化してしまった精神分析の道をたどるのではなく、科学者として自身のやり方による無意識の探求を求めていたユングはフロイトと決別し、自身の理論を構築していったのです。
ユングの無意識
フロイトの考える無意識は、自我によって意識から排除されたものであると先ほど述べましたが、ユングの考える無意識はこれと少し異なっています。
ユングの無意識では、個人的無意識と集合的無意識という2つの層があるとされ、その無意識は自我の持つ方向の偏りを修正する補助的な役割を担っていると考えられています。
【個人的無意識】
個人的な記憶や感情など、その個人特有の無意識。フロイトが指している無意識に近しいもの。
【集合的無意識】
個人的無意識のさらに奥深くに存在する、全人類に共通して存在する無意識。
ユングは、この集合的無意識が存在することを、世界各国の神話や芸術、宗教などに共通したテーマがあるということから気づきました。
そして、神話などに共通して登場する象徴的なイメージを元型(アーキタイプ)と名付けました。
なお、ユングの考える個人的無意識と集合的無意識は連続体であり、下の表のような構造になっています。
【無意識のスペクトラム構造】
- 意識の方向に合わないために意識化を抑止された素材
- 個人の過去の記憶の断片
- 微弱なため、無意識の中に取り残された要素
- 十分な閾値に達していない空想の化合物
- 人間精神に受け継がれてきた構造的な痕跡
この連続体では、番号が小さいほど個人的無意識の要素が強くなり、大きくなるほど集合的無意識の要素が強くなります。
フロイトによる無意識の発見が与えた影響
フロイトの無意識の発見は心理学の領域にどのような影響を与えたのでしょうか。
心理臨床への影響
心理臨床の現場において最も特徴的な貢献は、何と言っても精神分析的心理療法の開発でしょう。
精神分析的心理療法は、自由連想法と呼ばれる方法によって、クライエントがリラックスした状態で頭に浮かんだことを無批判に口に出してもらい、その出来事に対する解釈を行ってクライエントへ返すことで、排除されていた無意識の内容を意識へと統合し、症状を改善しようとするものです。
そのほか、心理検査にも多大な影響を与えています。
心理検査には、アンケート用紙のような調査票に記入をしてもらうことで意識の領域を測定する質問紙法に加え、無意識を測定する投映法と呼ばれる検査があります。
このように、意識の領域に加え、無意識の領域を測定できる検査があることによって、クライエントのこころの全体像をより詳細に捉えることができるようになったと言えるでしょう。
心理学研究への影響
現在、心理学研究の主流は統計的な処理を行い、エビデンスを重視する研究法です。しかし、意識の内容を測定する研究の中には、無意識を探ろうとしているものがあります。
無意識の検討を行っている心理学研究の例
社会的適応の良好さを示す指標として取り上げられることの多い自尊感情(自分自身に対する、肯定的、あるいは否定的な態度)。この測定にはRosenberg自尊感情尺度と呼ばれる質問紙を用いる場合がほとんどです。
しかし、質問紙研究は意識的な内容しか測定できず、意識的な自尊感情が高くても、無意識的な自尊感情が低い場合は検出ができない、という課題が残されていました。つまり、うわべだけ自尊感情が高い人と本当に自尊感情が高い人を判別できないということです。
このような問題はパーソナリティ障害と特に深い関わりがあり、それぞれのパーソナリティ障害における自尊感情の詳細な検討が求められていました。
そこで、市川・望月(2015)は意識レベルの顕在的な自尊感情の測定に加え、無意識的な潜在的自尊感情の不一致とパーソナリティ障害傾向との関連を検討しています。
その結果、次のような特徴がみられました。
【パーソナリティ障害傾向と自尊感情の不一致の関連】
- 境界性パーソナリティー障害傾向:潜在的自尊感情の方が高く、顕在的自尊感情との不一致が大きくなるほど、境界性パーソナリティー障害傾向が高かった。
- 回避性パーソナリティー障害傾向:潜在的自尊感情の方が高く、自尊感情の不一致が大きい場合は、回避性パーソナリティー障害傾向が高かった。
これらの結果は何を表しているのでしょうか。
境界性パーソナリティ障害は、自分の価値観や目標などに基づく自己概念が非常に不安定であるという特徴を持っています。
この研究で示された結果を合わせて考えると、境界性パーソナリティー障害は、無意識の領域ではそれほど否定的な自己像を持っていないにも関わらず、意識上での自尊感情が傷つけられ、その差が大きくなるような出来事があると、自己像の不一致を否定しようと混乱し、強い防衛反応を起こして不一致を作らないようにしようとする行動をとると考えられます。
また、回避性パーソナリティ障害は、自己評価がとても低く、社会場面などを強く避けようとすることが大きな特徴です。
しかし、パーソナリティ障害の人はそれほど潜在的な自尊感情は低くはありませんが、あえて意識上の自己評価を低くすることで、無意識的な自己評価が傷つかないよう失敗を避けるという行動パターンであると解釈できます。
このように、フロイトの無意識を発見したということが、精神疾患の理解を促進する心理学研究にも大きく寄与していると言えるでしょう。
フロイトの無意識を学ぶための本
フロイトの無意識を学ぶための本をまとめました。
改訂 精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に
精神分析の全体像について非常に丁寧かつ易しく解説している入門書です。
フロイトが無意識を発見した経緯から、無意識的なこころの構造、働きについても詳しく解説がなされているため、これからフロイトの無意識について学びたい人がまず手に取るべき良書です。
フロイト、無意識について語る (光文社古典新訳文庫 Bフ 1-7)
フロイトの研究は数がとても多く、そのすべてに目を通すのは非常に骨が折れます。
しかし、ポイントでフロイトの重要な研究をまとめて紹介してある本書を読めば、フロイトの行った研究の全体像を掴むことができるでしょう。
無意識という不思議なこころの領域
フロイト以前の心理学では、知覚して捉えることのできる意識の内容や、目で見て観察のできる行動を対象としたものが主流でした。
しかし、それだけでは説明が出来ない不思議な出来事を説明しようと発見したのが無意識の存在です。
私たちは、自分の思っていること、見えるもの、感じれるものが全てであると思いがちですが、フロイトのように説明が出来ない不思議な出来事を否定することなく探求することで新たな発見があるかもしれません。
【参考文献】
- 馬場禮子(2016)『改訂 精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に』岩崎学術出版社
- 後藤悠帆(2016)『フロイト精神分析(第一局所論)における「無意識」概念の検討 --リクールのフロイト解釈における主体の検討のための予備考察』Journal of Integrated Creative Studies (2016), 1-24
- 吉川眞理(2011)『ユングによるパーソナリティ理論再考 : 自然のダイナミズムを手がかりとして』人文 (10), 103-118
- 市川玲子・望月聡(2015)『パーソナリティ障害と顕在的-潜在的自尊感情間の乖離との関連』心理学研究 86(5), 434-444