近年、組織のメンタルヘルス対策の捉え方が変化しています。従来のメンタルヘルス対策は、不調者のケアなどネガティブな要因への対処が中心でしたが、従業員の心身の健康増進を図ることで生産性を高めるといったポジティブな側面にも焦点が当てられるようになりました。
今回は、ポジティブなメンタルヘルス対策を進めるにあたり注目を集めている「ワーク・エンゲイジメント」の意味や定義、関連する研究、ワーク・エンゲイジメントを高める要因について紹介します。
目次
ワーク・エンゲイジメントとは
まずは、ワーク・エンゲイジメントの意味や定義について紹介し、関連概念と比較しながらワーク・エンゲイジメントの特徴を整理します。
ワーク・エンゲイジメントの意味・定義
ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement)とは、従業員の心の健康度を示す概念のひとつであり、厚生労働省の「労働経済の分析(労働経済白書)」において、以下のように定義されています。
仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義される。
(引用元:「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」※太字は筆者が施した)
また、ワーク・エンゲイジメントは、特定の出来事や個人に向けられた一時的な状態ではなく、仕事全体に向けられた持続的な状態であるとも定義されています。
つまり、従業員が仕事に対して、活力、熱意、没頭といったポジティブな心理状態が持続していることを表します。
ワーク・エンゲイジメントの関連概念とその違い
ワーク・エンゲイジメントの関連概念として「バーンアウト」「ワーカホリズム」「職務満足感」が挙げら、これらは「活動水準」と「仕事への態度・認知」の違いで分類されています。
因みに、ワーク・エンゲイジメントは、活動水準が高く(仕事に多くのエネルギーを費やしている)、仕事へ態度がポジティブ(仕事を楽しんでいる状態)であると整理されます。
- バーンアウト(燃え尽き)
バーンアウトとは、燃え尽きたかのように熱意を失ってしまい、疲れ果ててしまう状態を指します。
活動水準が低く、仕事への態度もネガティブな状態であり、ワーク・エンゲイジメントとは対極の概念とされています。
- ワーカホリズム
ワーカホリズムは、仕事中毒と訳されるように、過度に仕事に打ち込んでいる傾向を表しています。
多くのエネルギーを注いでおり、活動水準は高い一方で、強迫的(仕事をしていないと不安になる等)に働いており、仕事への態度はネガティブであるため、ワーク・エンゲイジメントとは区別されます。
- 職務満足感
職務満足感とは、職場や仕事そのものにどれだけ満足しているかを表します。
職務満足感が得られると、仕事への態度がポジティブになりますが、職務満足感は「仕事をしている」ときではなく「職場や仕事そのもの」に対する感情を指しています。
仕事に没頭するなど活動水準が高いわけではないため、ワーク・エンゲイジメントとは異なる概念として整理されます。
ワーク・エンゲイジメントの測定
ここでは、ワーク・エンゲイジメントをどうやって測定していくのかについて解説します。代表的な測定尺度として「ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度」があります。
この尺度はワーク・エンゲイジメントの定義に示されている①活力、②熱意、③没頭の3つの要素を測定する17項目の質問形式(9項目版、3項目版もあります)で構成されています。
ワーク・エンゲイジメントに関する研究
2000年前後から、不調や疾患などのマイナス面だけでなく、幸福や喜びなどプラス面をいかに増やせるかといった「ポジティブ心理学」が注目される中、ワーク・エンゲイジメントの概念がユトレヒト大学(オランダ)のシャウフェリ教授によって提唱され、研究されるようになりました。
シャウフェリ教授は、もともとバーンアウト(燃え尽き症候群)の研究を行っていましたが、プラス面に着目するといったポジティブ心理学の考え方に基づき、バーンアウトの対概念としてワークエンゲージメントを提唱するに至っています。
上述のユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度もシャウフェリ教授によって開発されたものです。
島津明人による研究
ユトレヒト大学の客員研究員としてシャウフェリ教授に学び、日本においてワーク・エンゲイジメントの研究を行い、その概念を広めたと言われているのが、島津明人教授(慶應義塾大学 総合政策学部)です。
ワーク・エンゲイジメントに関する多くの書籍や論文を発表しているほか、ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度の日本語版を作成しています。
ワーク・エンゲイジメントを高める要因
どうやってワーク・エンゲイジメントが高めることができるのか、その向上要因についても解説します。ワーク・エンゲイジメントを高めるには、「仕事の資源」と「個人の資源」へのアプローチが有効であると言われています。
仕事の資源
仕事の資源には、上司や同僚のサポートや仕事の裁量度などが挙げられます。
例えば、従業員に裁量権を付与することで、従業員が主体的に仕事に取り組むようになれば、活力や熱意を高まるといったワーク・エンゲイジメントの向上につながります。
個人の資源
個人の資源としては、自己効力感(自分ならできると自分の能力を信じること)、楽観性(ポジティブな結果を期待する傾向)などが挙げられます。
例えば、従業員の努力や成果に対してポジティブなフィードバックを与えることで、自己効力感が高めたり、仕事を自分が成長できる機会と捉えて熱心に働いたりするなど、ワーク・エンゲイジメントの向上が期待されます。
ワーク・エンゲイジメントについて学べる本
最後に、ワーク・エンゲイジメントについて詳しく学ぶ上で参考になる書籍を紹介します。
ワーク・エンゲイジメントの概要が分かりやすくまとめられており、タイトルのように入門編として読むと良い書籍です。当記事でもワーク・エンゲイジメントの意味や定義をお伝えしましたが、もう少し深めたいと思われた方にはお勧めです。
個人や組織がいきいきとあり続けるために、ワーク・エンゲイジメントをいかに高めていくかといった実践的な内容が記されています。Q&A方式で具体的な事例がまとめられているため実感が伴いやすく、読みやすい構成となっています。
ワーク・エンゲイジメントなどポジティブなメンタルヘルスを含め、職場のメンタルヘルスの全体像が分かりやすく整理されています。事例を含んだ実践的な内容と基礎知識の解説の両者が備わっているバランスの良い書籍です。
ワーク・エンゲイジメントが高めて、いきいきとした職場づくりを
ワーク・エンゲイジメントが高まると、従業員は心身ともに健康な状態で働くことができ、仕事のパフォーマンスが上がります。
加えて、ワーク・エンゲイジメントが高い従業員が増えることで、組織の業績向上や活性化につながるほか、転職や退職など人材流出を防ぐなど多くの好影響をもたらすと考えられます。
こうした従業員がいきいきと働ける職場づくりを掲げる組織は増えており、ワーク・エンゲイジメントの概念も今後ますます注目されそうです。
厚生労働省(2019)「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」(2021年6月17日参照)
ウィルマー・B・シャウフェリ・ピーターナル・ダイクストラ 著 島津 明人・佐藤 美奈子 翻訳(2012)『ワーク・エンゲイジメント入門』 星和書店
川上憲人 著(2017)『基礎からはじめる職場のメンタルヘルス―事例で学ぶ考え方と実践ポイント』 大修館書店