アルバート・バンデューラ(Bandura,A)によって提唱された「社会的学習理論」とは何でしょうか。またこれが生じる過程であるモデリングや観察学習、その特徴についても例を挙げながら紹介します。さらに社会的学習理論をより深く学ぶための本や論文についても紹介していきます。
目次
社会的学習理論とは
社会的学習理論とは一体何なのでしょうか。具体例を挙げながら、可能な限り分かりやすく説明していきたいと思います。
バンデューラによる社会的学習理論
元来、行動主義とは「動物」を対象にした実験により提唱されてきました。しかし、社会的学習理論とは、「人間における社会的行動の習得と変容」を説明できる理論を目指したという点で特徴があります。
バンデューラは、他者を介して社会的行動が習得される過程を実験的に研究し、初期にはそれを「社会的行動主義」のアプローチであると自ら呼び、やがて「社会的学習理論」と呼ぶようになりました。
バンデューラは、行動を自ら実行し、その結果の効果をその身を持って受けながら何かを習得していく過程を「直接学習」と呼び、この直接学習なしで、人間は行動の習得や変容が出来ることを発見しました。他者の行動を観察することで、自らも新たな行動を習得していく、または既存の行動を変容していくことを「社会的学習理論」と呼びます。
社会的学習理論の具体例
では、具体的に以下の場面を想定してみて下さい。
疑問に思ったあなたは、「この二敗目の水は何だろうか」と周囲の他の客を観察してみませんか?他の客を見てみると、二杯目の水に指を入れている所を観察し、「これはフィンガーウォーターというやつで、指を洗うのか」と学習し、あなたも他の客を真似して二杯目の水に指を入れるのではないでしょうか。
この様に、他者の行動から自らも新しい行動を取得したり、変容していくことを「社会的学習理論」と呼びます。
社会的学習理論の特徴
社会的学習理論は、一般的な学習理論とはいったい何が違うのでしょうか。その特徴について説明するには、社会的学習理論の成り立ち、およびプロセス(過程)について学んでいくのが最も理解しやすいかと思います。
観察学習とモデリング
バンデューラは、表象機能が高度に発達している人間では、他者の行動を観察することから得られる情報の機能、つまり内的な認知的要因に基づいて生じる学習が大部分を占めるとして、そこで生じる過程を「観察学習」または「モデリング(modeling)」と呼びました。
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モデリングの過程
モデリングは4つの下位過程から成るものと想定されています。それでは、この下位過程、つまり4つのステップについて説明していきます。
第一過程 (Step1)
観察対象としてのモデル(規範となる人)やその行動特徴に注目する。そして注目した行動を弁別する(適切な行動or不適切な行動を判断する)。この過程は「注意過程」と呼ばれます。
第二過程 (Step2)
示範事象(注目した行動)についての観察内容を記憶する。注目した行動は、その行動の結果によって報酬を受けたのか、罰を受けたのか等、行動の結果までを記憶として保持する。この過程は「保持過程」と呼ばれます。
第三過程 (Step3)
観察した動作を再生する。または行動を算出する。注目した行動(示範事象)が、その行動の結果、報酬を得ていた場合には、その行動を再生(マネ)する。罰を受けていた場合には、新たな行動を産出する(示範事象とは違う行動をする)。この過程は「行動産出の過程」と呼ばれます。
第四過程 (Step4)
第三過程で行われた行動の結果、報酬を受けるか罰を受けるかによって、その行動が動機づけられる過程です。示範事象の行動を真似した結果、同じように報酬を得られた場合には、その行動は強化され、真似をしたのにも関わらず、罰を受けた場合には、その行動は弱化されます。この過程は「動機付けの過程」と呼ばれます。
外的強化・代理強化・自己強化
特定の行動の頻度を高めることを「強化」と言いますが、この強化は以下3つの形に分類することが出来ます。
外的強化
特定の行動により外部から強化を受けることを外的強化と言います。。例えば私達は仕事をすることで給料が得られます。するとより多くの給料を得る為に、もっと仕事を頑張ろう。もっと仕事を続けようと思ったります。この例では「給料」が「外的強化」にあたり、「仕事」という「行動」の頻度が増えています。
代理強化
特定の他者がある行動により強化を受けている姿を観察することで、自身のその行動も代理的に強化される事を代理強化と言います。例えば、私達の職場の同期のAさんが、ある仕事をすることで昇給や昇格などの何かしらの強化を得ている姿を目の当たりにした場合、自身もAの行っていた仕事を真似したいと思うことがあります。この例では、強化を受けたのはAであり、自身は直接的な強化や報酬を得ている訳ではありませんが、その仕事に動機づけられ、行動が強化されています。
自己強化
人間は自身の行動に対してある内的な基準を設け、それに基づいて内的報酬(強化)を受けることが出来ます。例として、「今週はA案件とB案件とC案件を終わらせよう」という目標を立て、見事にそれが達成された場合には、達成感を感じ、また翌週も目標を立て、それに沿った行動が強化されるということがあります。
社会的学習理論に関する心理学的研究・論文
社会的学習理論に関する有名な心理学的研究を一つご紹介します。
バンデューラらによる1961年の研究(ボボ人形実験)
子ども達はテレビやゲームで、ヒーローが悪者をやっつけるという美的ではあるものの、見方を変えると非常に暴力的な場面を幾度となく目にしています。社会的学習理論の考え方では、こうした子ども達は、テレビでヒーローが暴力を持って悪をやっつけ、町の人に感謝されるという場面を見ることで代理強化を受け、子ども達はより凶暴に育っていくと考えられますが、果たしてそうなのでしょうか。
バンデューラらの1961年の実験では、子ども達は一人ずつ部屋に入れられます。お手本役の大人も子どもに同行します。部屋には木槌やありきたりなおもちゃ、そしてボボ人形(起き上がりこぼし)があります。
第一グループの子どもの前では、お手本役の大人はボボ人形を叩く、蹴る、殴るなどの攻撃行動を取ります。第二グループの子どもの前では、お手本役の大人はボボ人形に眼もくれずに、ありきたりなおもちゃで遊びます。
10分後に女性の実験者が部屋にやって来て、子どもは別室に連れて行かれます。別室では、クレヨンや画用紙、人形、ボール、そしてボボ人形などが置かれています。別室で子どもは一体どのような遊びを行うのかを観察したのです。
すると、第一グループの子どもはボボ人形を殴る蹴るなどの攻撃的な遊びを行ったのに対し、第二グループの子どもはクレヨンやボールを使って遊びました。
よって、「暴力」という行為もまた、観察学習によって代理強化されてしまう事がこの実験で分かりました。
社会的学習と自己効力感
社会的学習理論の提唱者であるバンデューラは、自己効力感という概念も提唱しています。社会的学習と自己効力感の関係について紹介していきます。
自己効力感とは
バンデューラは、自己強化を生起するには、「自己コントロール」が必要であるとしました。前述の例であった、「目標を立ててそれを実行していく」という自己強化は、そもそも目標を達成できなければ強化に繋がりません。
この目標達成には自己コントロールが重要であることは、一般の読者の方にも安易に想像がつくかと思います。「今日はここまでにしてアニメでも観よう」「今日できなかった分は明日やればいいからお酒でも飲もう」等の誘惑から、自身を律する自己コントロールが重要であるとするバンデューラの提言は想像に難くないかと思います。
さらにバンデューラは、「このことについてなら、自分はここまで出来る」といった自分の能力に関する判断の内容を「自己効力感(Self-efficacy)」と呼びました。この自己効力感が行動を動機づけ、コントロールする要因となると指摘しています。
社会的学習と自己効力感の関係
それでは、社会的学習と自己効力感の関係を具体例でみてみましょう。
例えば、あなたが「明日から宇宙飛行士を目指せ」と上司に課題を課された場面を想像してみて下さい。「私にはとっても無理だ」「難易度が高すぎる」と一体何を努力していいのかすらサッパリ分からず、宇宙飛行士になるという目標に向けた行動は生起しづらいかと思います。これは自己効力感が低い状態です。
では次に、「○○さんにメールを送っておいて」とお願いされた場面を想像してみましょう。「なんだ、それならお安い御用だ」とさっさとメールを打ち始めることも出来るでしょう。これは、自分には「メールを送る」という目標を遂行する能力があると考えているため、行動が動機づけられています。この状態は自己効力感が高い状態と言えます。
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社会的学習理論の発展:社会的認知理論
バンデューラは社会的学習理論を発表した後、1986年に"Sotial foundation of thought and action: social cognitive theory"と題する著書において「社会的認知理論(Social cognitive thoery)」を提唱しています。
社会的認知理論では、社会(Social)という用語は、人間の思考と行為の多くが社会的体験に基づき形成されるものであることを主張して使われています。
また、認知(Cognitive)という用語は、思考や認知が、人間の動機づけ、感情、行為に因果的影響をもたらしているとされています。
日常生活の問題に対する社会的学習理論によるアプローチ
社会的学習理論は日常生活において、どの様に利用されているのでしょうか。「臨床」と「ビジネス」の観点から説明していきます。
認知行動療法
エリス(Ellis,A.)による論理療法と、ベック(Beck,A.T.)による認知療法、さらに種々の行動療法を総合して臨床心理学的に体系化されたものを認知行動療法と言います。この認知行動療法においても、社会的学習理論の考え方は大いに利用されています。
例として、犬を酷く怖がる少年に対し、犬が怖くなくなるように心理療法を行うとしましょう。行動療法では実際に犬を触ってみる。犬を触っても大丈夫なのだという経験を少年に積ませる(直接強化)という手法を取ったりします。
しかし、恐ろしい犬に実際に触れるという行為は、少年にとって酷くストレスの掛かるものである可能性もあります。そうした場合、少年と同世代の子どもが犬と楽しく戯れているという場面を少年に見せる(代理強化)といった手法で、社会的学習理論を心理療法に活かすことも出来るのです。
職業選択
社会的学習理論や代理強化は知らず知らずのうちに私達の職業選択にも影響を与えています。
あなた自身もそうかもしれませんが、あなたの友人や知人でも、親と同じ職業に就く人は多いのではないでしょうか。「母親が看護で、それをずっと見ていた私も看護師になりたい」「お父さんは車屋さんで、僕も車屋になりたい」といったように、親がその職業によって給料を得ている、または笑顔になっているといった姿を目にすることで代理強化が起こり、親の職業を自身の夢にするという人も少なくありません。
社会的学習理論について学べる本
社会的学習理論についてさらに詳しく知りたいという方には、以下の本がオススメです。当記事を執筆する上でも参考にした本であり、初学者の方も分かりやすく学ぶことが出来ます。
社会的学習理論の新展開
社会的学習理論についてさらに詳しく知りたいという方にオススメできる一冊です。やや古い本ですが、社会的学習理論が提唱されてから1985年に至るまでの歴史的な流れも網羅しています。
社会心理学へのアプローチ
初学者向けに書かれた本であり、比較的読みやすいです。社会的学習理論や、そもそも社会心理学への入門書として読みたい方にはオススメの一冊です。
なにより子育てにこそ活かされるべき、社会的学習理論
子どもに対し「勉強しろ」と言う親は多いです。「勉強したら○○あげる」と外的強化を行う親も多いです。しかし、自身が勉強している姿を見せるという代理強化を行う親というのは滅多にお目にかかりません。
「子は親の背中を見て育つ」という言葉は一般の読者の方でも知っている言葉でしょう。これぞまさに、社会的学習理論を表現する一言かも知れません。しかしながら、実際にこれを生活で実行できる親は意外と少ないものです。
社会的学習理論は、何より子育てにこそ活かされるべき心理学であると思います。「勉強したら○○あげる」という外的報酬は、「じゃあ、○○がなければ僕はやらない」という子どもの動機づけの低下にも繋がったりするので諸刃の刃です。
「勉強しろ」「勉強しろ」口やかましく言う親は多いけれど、「じゃあ、あなたはやっているの?」と子どもはどこかで思っているのかもしれません。「大人は仕事で忙しいから」「勉強はしてないけれど家事をしている」というのは大人の言い訳でしかありません。「子どもも学校で忙しい」「勉強はしてないけれど友達と遊んでいる」のです。子どもにとっては条件は同じかもしれません。
勉強して頭の良い子どもに育てたいのであれば、自分が勉強してみてはどうでしょうか。優しい子どもに育てたいのであれば、自分が人に他人に優しくしてはどうでしょうか。社会的学習理論を子育てに活かすには、まずは自分からです。
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参考文献
- 原野公太郎・福島脩美. (1970). モデリングの心理学. 金子書房.
- 村井健祐・土屋明夫・田之内厚三. (2000). 社会心理学へのアプローチ. 北樹出版.
- 祐宗省三他編. (1985). 社会的学習理論の新展開. 金子書房.
- 坂野雄二. (1995). 認知行動療法. 日本評論社.
- 社会的学習理論から社会的認知理論へ―Bandura理論の新展開をめぐる最近の動向―. 中澤 潤, 大野木 裕明, 伊藤 秀子, 坂野 雄二, 鎌原 雅彦. 心理学評論. 1988年31号2巻.