多元的無知とは?社会問題における具体例や傍観者効果との関連性について解説

2021-02-08

自分だけが皆と違う意見のような気がして、空気を読んで行動に移した経験はありませんか?でも本当は、その場にいる殆どの人があなたと同じ意見だったかもしれません。

今回はネガティブ連鎖の根源である多元的無知について、買い占めなどの具体例を交えてわかりやすく解説します。また、傍観者効果との関係についても見ていきましょう。

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多元的無知とは

多元的無知は、F.Hオルポートによって発見された社会心理学用語の一つです。その概要を見ていきましょう。

多元的無知の意味・定義

多元的無知は以下のように定義されています。

集団の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況

わかりやすく言い換えると、「自分だけが否定的な意見を持っていて、他のみんなはそれを受け入れている」と集団内の多くの人が思い込んでいる状態となります。

多元的無知が生じる要因とプロセス

上記の定義は多元的無知の「きっかけ」に当たる部分です。広くは、個人の認知と行動がきっかけとなり、集団に連鎖していく一連の現象を指します。そしてそこに至る過程には2段階あると考えられています。

  1. 他者が消極的(嫌々)にとった行動だとしても、自ら望んでその行動をとったんだろうと思いやすい
  2. 集団から外れるのを恐れ、例え自分が望んでいないことでも「みんなはそれが好きなんだ」と思い込むと、他者に合わせて行動してしまう

こうして「皆が嫌々行っていることも、それを好き好んでやっていると思い込み、自身もそれに合わせて嫌々同じ行動をとってしまう」という状態が引き起こされます。これが多元的無知の本質です。

お互いの誤った認識はますます強化され、いつしか誰も本当のことを言えなくなっていくのです。

多元的無知の具体例:裸の王様

アンデルセン童話のひとつ、「裸の王様」をご存知でしょうか。

新しい服が好きな王様は、仕立て屋を名乗る詐欺師に騙され「愚か者やバカには見えない不思議な布地」で出来た衣装に大金を支払います。

もちろん出来上がった服は誰の目にも見えません。しかし、側近も王様もバカだと思われたくないがために衣装を絶賛します。

王様は新しい衣装を着てパレードに出ました。民衆にも衣装は見えていませんでしたが、皆バカだと思われるのを恐れて王様の衣装を褒め称えました。

するとひとりの男の子が声を上げます。「王様は裸だよ!」それを聞いた大人たちはざわめき、ついには全員が「王様は裸だ!」と叫び出すのです。

王様は裸のまま歩き続けました。

民衆は皆バカだと思われたくないがために王様の衣装を誉めます。しかしそのような行動のせいで「他の人には衣装が見えている」と強く信じ込ませてしまい、誰もが「王様は裸だ」という本音を言い出せなくなってしまいました。この物語は多元的無知の最たる例と言えます。

傍観者効果と多元的無知

多元的無知と関連性のある現象に「傍観者効果」があります。傍観者効果とは、自分以外の傍観者の存在により、他者への(援助)行動が抑制されてしまうことを指します。

主な原因は以下の3つです。

・責任の分散 自分以外の誰かが行動するだろうという考え。また、周囲と同じ行動を取ることで他者に責任が分散されると思い込むこと「敢えて自分が助けに行かなくてもいいや」

・多元的無知 周囲が行動を起こさないので、援助の必要はないのだと誤って判断する「誰も助けないなら、きっとあの子も大したことないのだろう」

・評価懸念(聴衆抑制) 助けることにより、周囲から色々な評価をされるのを気にして躊躇してしまう「いじめられてる子を助けたら自分もいじめられないかな」

このように「多元的無知」は傍観者効果を引き起こす1つの要因となっているのです。

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多元的無知に関する心理学的研究・論文

多元的無知に関する研究をご紹介します。

大学生の飲酒行動(Prentice & Miller, 1993)

プレンティスとミラーは大学生の飲酒行動について調査を行いました。

大学2年生になったばかりの学生の大半は「自分が飲酒を好む度合いよりも、周りの学生たちのほうが飲酒を好んでいる」と誤って推測していました。さらに、そんな周囲に合わせて飲酒行動をとる傾向も見られました。自身の好き嫌いではなく、誤って推測した他者の好みを優先していることが分かります。

しかし3か月後の調査では、自身の飲酒を好む度合いが、誤推測している他者の好みの度合いと同じ程度まで上昇していたのです。これは彼らの多元的無知が解消されたことを意味します。

グミの選択(岩谷・村本, 2015)

多元的無知は一種の不協和(もやもやした違和感)です。上記の大学生は、この不協和を解消するために認知的不協和理論を適用したのではないかと推測出来ます。

※認知的不協和理論:2つの認知の間で不協和が発生した際、自身の意見を片方の認知に寄せて合理化すること。詳しくは以下の記事をご参照ください。

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岩谷と村本は、プレンティスとミラーの研究結果から個々の認知的不協和の解消が集団の多元的無知の解消に結びつくのではないかと考え、事前に3つの仮説を立てて検証することにしました。

3つの仮説

  • 仮説1:他者の行動は、たとえ消極的選択の結果であっても、他者の選好を反映していると判断されやすいだろう
  • 仮説2:推測された他者の選好が自分の選好と異なっていた場合、自分の選好に反して推測された他者の選好に合致する行動を選択しやすいだろう
  • 仮説3:他者に合わせて自己の選好に合致しない行動をとった場合、その行動を自ら正当化するよう動機付けられるだろう。したがって、行動と同じ方向に自身の選好を変化させやすいだろう

そして、次の実験を行いました。

【実験内容】

  1. 実験参加者とそのパートナー(実験協力者)を実験室に誘導し、「人の好みの形成の実験」と嘘の説明をする。その後パートナーを退室させ実験を開始。
  2. 実験参加者に7種類のグミを試食してもらい、好きな順番に記入するよう求めた。(以下n番目に選んだグミを「グミn」と記す)
  3. 実験参加者に2種類のグミを提示し、どちらがより好きか質問する。ここではグミ1とグミ3、グミ4とグミ7を比較して答えを求めた(消極的課題)
  4. 実験参加者に、50gのグミ1,3,4,7に対しそれぞれどれ程の価格を支払っても良いか質問する。同時に隣室にいるパートナーは同じ質問に対しどのような回答をするのか推測してもらう。その判断材料として、先ほどの二者択一課題ではパートナーは参加者と全く同じ回答をしたという情報を与える。(グミ1と3ならグミ1、グミ4と7ならグミ4を選択)
  5. 参加者にグミ3・グミ4、どちらか一方をお土産として持ち帰ることが出来ると伝えて選択させる。その際「パートナーにも同じグミを持ち帰ってもらうことになる」と強調した。
  6. 実験4と全く同じ質問を再度行う

【実験結果】

・参加者はパートナーのグミの価格付けを、選択されなかったグミ3よりもグミ4のほうが高くなると推測していました。
→「他者の行動は、たとえ消極的選択の結果であっても、他者の選好を反映していると判断されやすいだろう」という(仮説1)は支持されました。

・またパートナーはグミ3よりもグミ4を高く評価していると考えた参加者の多くは、自身はグミ3のほうが好みでも、グミ4をお土産に選択していました。
→「推測された他者の選好が自分の選好と異なっていた場合、自分の選好に反して推測された他者の選好に合致する行動を選択しやすいだろう」という(仮説2)も支持されました。

・二度目の価格付けの際、グミ4をお土産に選択した参加者は、グミ3を選択した参加者よりも、選択グミの価格を上昇させました。
→「他者に合わせて自己の選好に合致しない行動をとった場合、その行動を自ら正当化するよう動機付けられるだろう。したがって、行動と同じ方向に自身の選好を変化させやすいだろう」という(仮説3)が支持されました。

しかし参加者はグミ4の評価を上げたにも関わらず、依然としてパートナーのほうが自分よりグミ4を好んでいるという推測をしていたことが分かりました。

認知的不協和の解消を行ったからと言って、必ずしも多元的無知が解消されるわけではないようです。

多元的無知によって生じる社会問題

多元的無知は様々な社会問題を引き起こします。ここからはその具体例を見ていきましょう。

コロナ禍におけるトイレットペーパーの買い占め

新型コロナウィルスが蔓延して間もない頃、トイレットペーパーの買い占め行為を煽るような嘘のツイートが拡散されました。

一方で「その情報はデマだから信じないで」という注意喚起のツイートも多く見受けられたと思います。それではなぜ、店頭からトイレットペーパーが消えたのでしょう。

多くの人がこのツイートはデマだと理解していたはずです。しかしながら「自分はデマだと分かっていても、世の中の大半はこれを信じてしまうだろう」「デマを信じた人の買い占め行為のせいで、自分の分が確保出来なくなっては困る」という思考に至ります。

自分は納得していないけれど、結果的に他者と同様に買い占め行為に加担してしまったのは多元的無知が原因だと言えるでしょう。

男性の育児休業取得率

男性がなかなか育児休業を取れないのも、多元的無知の影響が大きいと考えられています。

宮島・山口(2017)によると、夫婦共働きの既婚男性の多くが「自身は育児休業を取るべきだと思っているが、周囲は否定的な人のほうが多いはず」と考えていることが分かりました。

またそのような多元的無知を持つ人ほど職場内の「男性の育児休業は受け入れられない」という空気感を強く感じ、育休意図が減少する傾向にあるようです。

「困ったときはお互い様」という身の安全の保障よりも、自身の意見を全うしたほうがメリットが大きいと認識させるほうが、行動意図を高められるのではないかと考えられています。

多元的無知への対策・解消法

多元的無知が起こる要因の1つとして、集団や社会の中でのコミュニケーション不足が挙げられます。他者に対する偏った憶測が間違った方向に機能して、悪循環を起こしているのです。

早まった自己判断はせず、きちんと周囲とコミュニケーションを取るようにしましょう。

更に、空気を読んだ行動も多元的無知の要因だと分かりました。日頃から自分自身の意見をきちんと持ち、それに即した行動を心掛けることが大切です。

多元的無知について学べる本

「超」入門 空気の研究

昭和52年に発表され、今でも多くの論者に引用される山本七平の名著「空気の研究」。そちらの本では少々難解だった内容を、新たな著者による27のポイントと7つの視点から読み解きます。

私たち日本人は特に空気の呪縛に囚われている民族とも言えるでしょう。多元的無知のきっかけでもある危うい行為の実態を、本書を通して学んでみてはいかがでしょうか。

男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる

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例にも出した男性の育休取得ですが、現在では若手社員の8割以上が希望しているそうです。それでも尚、取りにくいとされる原因は何なのか、5章に渡って綴られています。

第1章では男性育休にまつわる7つの誤解が紹介されています。多元的無知の自覚、若しくは解消にぜひ役立ててほしい1冊です。

悪循環を断ち切る勇気を持つ

他者に対する誤った思い込みによりネガティブな意見を採用し、自らの行動で生きづらい世の中に変えていく。これが多元的無知の怖さです。

周囲との協調は社会生活においてとても大切ですが、過度な忖度をしても良い未来は生まれません。自分が納得していないのであれば、まずはその気持ちに即した行動を取るように心掛けましょう。あなたの勇気ある行動が、更なる多元的無知を食い止めます。

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参考文献

  • 岩谷舟真・村本由紀子 (2015). 『多元的無知の先行因とその帰結:個人の認知・行動的側面の実験的検討』社会心理学研究 31(2),101-111
  • 宮島健・山口裕幸 (2018).『印象管理戦略としての偽りの実効化:多元的無知のプロセスにおける社会的機能』実験社会心理学研究 58(1),62-72
  • 宮島健『多元的無知現象に関する社会心理学的研究
  • 古畑和孝・岡隆(2002).『社会心理学小辞典(増補版)』有斐閣 159,220

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    • この記事を書いた人

    kinu

    臨床心理学科卒。主に発達心理学、学校心理学について学んでいました。

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