学習心理学は、個人や個体の行動について研究をする心理学の分野です。今回の記事では、学習心理学の特徴や学ぶ意義、学習心理学の歴史、学習心理学を勉強する事ができる大学や大学院について解説します。さらに、学習心理学の知識が活かせる仕事についても紹介しています。
目次
学習心理学とは
学習心理学は、個人や個体がどのように行動するのか、またその行動をどのようにしたら変えられるのかなどを研究する学問です。
学習心理学でいう学習は、勉強という意味よりも広く、経験による行動の変化全てを指します。
まずは学習心理学の特徴及び学ぶ意義について見ていきましょう。
学習心理学の特徴
学習心理学の特徴を2つの点から見ていきましょう。
① 人間や動物を集団から切り離して、個人又は個体として扱う
人間や動物は、他者あるいは他の個体と関わり合って生活しています。そのため、行動は常に他者あるいは他の個体からの影響を受けています。
けれども金沢ら(2015)は、学習心理学では「あくまで1人ひとり(1匹1匹)を、ユニークな体験を積み重ねた個人(個体)として、別個に扱う」と述べています。
そのため、正統的な学習心理学では、平均や統計という概念を用いるのではなく、個体そのものを観察するのです。
② 見えない心ではなく、見える行動に着目する
心理学というと、心を扱う学問というイメージが強いかもしれません。そして心は目に見えないものですから、人が抱く感情や思考について研究するものだと思われがちです。
確かに無意識を扱う心理学の分野もありますし、様々な心理テストを用いて深層心理を理解しようとする分野もあります。
けれども、学習心理学では、行動として客観的に捉えられる事象に着目する点が特徴的です。
ある人がどう感じたか、どう考えたかではなく、どのように行動したか、という点に着目するのです。
学習心理学を学ぶ意義
学習心理学を学ぶという事は、人や動物の行動がどのようにして生じるのか、またその行動はどのように変える事ができるのかを学ぶという事です。
このような事を学ぶ意義について考えてみましょう。
① 自分の行動について理解を深める事ができる
学習心理学を学ぶ意義の1つは、自分の行動についての理解を深められる事です。
例えば、読まなければならないと思いつつなかなか読めない本があったとします。
学習心理学を学んでいると、本を読むという行動に伴う結果を変える(読んだら好きなゲームをする)事で、本を読まない(その代わりにしている行動)という行動を変える事ができたりします。
このように、学習心理学を学ぶ事で、普段の自分の行動をよりよく理解し、行動を変える事ができるようになります。
② 子育てや仕事など、実生活における人の行動理解に役立つ
学習心理学の知識が活かせる仕事については後述するので、ここでは学習心理学を学ぶ意義を子育ての視点から考えてみましょう。
子どもが幼い頃の子育ては、考え方よりも行動そのものを身につけていく部分が少なくありません。
例えば、歯磨きの大切さを理解すると同時に歯磨きを習慣として身につける事が大切です。
学習心理学を学ぶ事によって、「歯磨きをしなさい」と言い続けるのではなく、歯磨きをするという行動が身につく我が子に合った方法を考える事ができるようになります。
歯磨きをしたらシールをあげる(トークンエコノミー法)、歯磨き粉を子どもの好きな味にする、歯磨き中に楽しい歌を歌ってあげるなど、親子の数だけ方法があるでしょう。
このように、学習心理学を活用する事で、行動を身につける上で親子双方のストレスを減らす事ができると考えられます。
学習心理学の歴史
次に、学習心理学の歴史について見ていきましょう。
学習心理学の特徴は、目に見える行動を扱うという事であると書きました。このように、観察可能な行動を対象とする心理学のアプローチは行動主義と呼ばれ、その始まりはJ.B.ワトソンに遡ります。
行動主義の父と呼ばれたワトソンは、研究対象を測定可能な行動とし、研究方法は第三者が客観的に把握できるものであるべきだと主張しました。
ワトソンは刺激と反応から行動を理解しようとする立場に立ち、「1ダースの赤ん坊と自由にできる環境があれば、医師、法律家、芸術家など、どのような専門家にでも育てられる」とさえ言いました。
その他には、犬の唾液分泌反応から条件反応理論を構成したパヴロフ、ネコを被験体として問題箱を考案したソーンダイクなどが有名です。
その後、刺激と反応に加え生活体にも着目した新行動主義というアプローチが出てきました。B.F.スキナーは、ネズミを被験体としたスキナー箱の実験を行い、オペラント学習を提唱しました。
学習心理学の研究手法
学習心理学では、どのような研究手法を使うのでしょうか。
学習心理学で扱うのは目に見える行動ですから、第三者が客観的に把握できる研究手法が必要となります。ここでは行動を科学的に研究するための手法である行動観察法と行動実験法について、それぞれ見ていきましょう。
行動観察法
行動観察法は、研究対象となる事象を自然な状態で見る方法です。
坂上ら(2018)は、行動を科学的に観察し測定するためには、できるだけ、「(1)自動的に、(2)機器によって、(3)観察時間全体にわたって、(4)連続的に」測定する事が望ましいと述べています。
同じく坂上ら(2018)は、行動観察法を次の3つに分類しています。
- 連続記録法:セッション内を連続して観察記録する方法で、最も望ましい記録法です。
- 準連続記録法:セッション内を区分して観察記録です。
- 離散記録法:セッション時間のすべてを連続して記録するのではなく、ある一部分のみを観察記録する方法です。
行動実験法
現象に対して何らかの働きかけをして、その結果として何が起きるのかを観察し、働きかけをしない場合の結果と比較をする方法です。
行動実験法には、単一事例法と群間比較法があり、明らかにしたい事によって適切な方法を選択します。
その際、単一事例法と群間比較法について、次のような特徴を理解しておく必要があります。
- 単一事例法:単一事例法では、行動の単位を個別の個体とします。この場合、実験の再現性が重視されます。
- 群間比較法:群間比較法は、実験群と統制群との群間で統計的に研究が進められます。この場合、個体数を十分に確保する事が重視されます。
学習心理学の研究対象
学習心理学の研究対象について見ていきましょう。
学習心理学の研究対象は、人間及び動物の行動です。人間及び動物の行動を学習心理学の研究対象として見た場合、大きくレスポンデント行動とオペラント行動に分類されます。
レスポンデント行動
レスポンデント行動は、環境からの刺激によって多くは無意識に引き起こされる行動です。意識的な行動の場合もありますが、その行動を自分でコントロールする事はできません。
例えば、梅干しを想像してみてください。そしてその梅干しを口に入れた所を想像してみてください。
唾が湧いてきませんか?唾が出るのは自分でコントロールできない反射と言われる行動です。
このような、レスポンデント行動が学習される仕組みを、レスポンデント条件づけと言います。パブロフの犬を被験体とした実験が有名です。
オペラント行動
オペラント行動は、人間や動物が主体的に(自発的に)行う行動です。
学習心理学では主にこちらを対象とする事が多いです。
宿題をやったら褒められた→宿題をする行動が増える、宿題をしなかったら怒られた→宿題をする行動が増える、など、オペラント条件づけによって行動を変える事ができます。
学習心理学の代表的な学会
学習心理学の代表的な学会を2つご紹介します。
日本行動分析学会 The Japanese Association for Behavior Analysis
日本行動分析学会は、1979年に「行動分析研究会」として発足しました。
当学会は、スキナー以来の実験的行動分析、応用行動分析、理論行動分析の研究を推進し、教育等の実践に適用する人の集まりです。
その領域は幅広く、行動諸科学から医療、教育、産業、福祉、障害を有する個人へのサービス、行政までカバーしています。
日本教育心理学会 The Japanese Association of Educational Psycholigy
日本教育心理学会は、「教育心理学に関する研究成果を促進し、日本における教育心理学の発展に寄与することを目的とした」学会です。
当学会が発行している機関紙としては、「教育心理学研究」(年4回)及び「教育心理学年報」(年1回)があります。
学習心理学を勉強できる大学・大学院
学習心理学は心理学の中での基礎的な分野ですので、心理学部を有する殆どの大学で学ぶ事ができます。そのため、ここでは学習心理学を学べる大学院をいくつか取り上げてみます。
東京大学院教育心理学コース
4つの専門領域のうち、「教授・学習心理学」において、学校及び園における学習を学ぶ事ができます。
立教大学院現代心理学研究科
心理学専攻において、学習心理学を学ぶ事ができます。
広島大学院教育学研究科
学習開発学専攻では、生涯学習や今日的な学校教育課題の解決についての研究、特別支援教育学の研究などが行われています。
学習心理学の知識が活かせる仕事
学習心理学は人や動物がなぜそのように行動するのか、どうすれば行動を変えられるのかについての学問ですから、人や動物に関わる全ての仕事に活かす事ができます。
勿論、心理学の多くの分野がそうであるように、臨床心理学、発達心理学、認知心理学、教育心理学、社会心理学、犯罪心理学等、多領域の知識と補い合ってサービスとして提供できるものになります。
例えば、次のような仕事で学習心理学の知識を活かすことができます。
教育分野ー教師、保育士、スクールカウンセラー、児童相談所職員等
子供を育てたり、子供や子供を支える方々の悩みを解決するお手伝いをする仕事では、まさに「なぜそのような行動を取るのか」という視点が大切になります。
一方的に指導をするのではなく、相手の行動をよく観察し、必要があれば行動変容を促すために、学習心理学の知識が役立ちます。
産業分野ー産業カウンセラー、営業職、販売員、等
企業は、消費者が物やサービスを購入する仕組みを作る事で利益を上げる必要があります。
なぜその人はそれを買ったのか、なぜその店で買うのか等、人の行動を理解し、買う行動につなげるために、学習心理学の知識を活かす事ができます。
また、企業で働く人々のメンタルヘルスに関わる産業カウンセラーにとっても、職場で生じている問題を人の行動との関わりで理解するために、学習心理学の知識は有効です。
学習心理学について学べる本
最後に、学習心理学について学べる本をご紹介します。
学習心理学をコンパクトにしっかり学べる「行動分析学」
行動分析学についてコンパクトかつ分かりやすくまとめられている本です。
心を行動で説明するとはどういう事かから始まり、レスポンデント条件づけとオペンラント条件づけ、強化や弱化についても学ぶ事ができます。
最新の学習心理学者の教科書「学習の心理第2版」
学習心理学を初めて学ぶ大学生に定番の「学習心理学」の最新版です。
パヴロフの条件反射等の基礎的な事は勿論、エピソード記憶やメタ記憶といった新しい行動研究まで学ぶ事ができます。
図表と文章のバランスも良く、わかりやすい1冊です。
行動について考える
私たちはともすると、自分や他人の行動を評価しがちです。そして「正しくない」行動をした自分や他人を責めます。
けれども「なぜそのような行動をしたのか」という観点を持ち、「行動の後にもたらされる事が変われば行動も変わる」事を知ると、単純に行動の主体を責める気持ちにはなれないのではないでしょうか。
このように、学習心理学を学ぶ事は自分や他人の行動についてより広い視野を持ち、問題解決に必要な観察力や想像力を養う事につながるのです。
参考文献
板口典弘・相馬花恵(2017) ステップアップ心理学シリーズ 心理学入門 こころを科学する10のアプローチ 講談社
金沢創・市川寛子・作田由衣子(2015) ゼロからはじめる心理学・入門ー人の心を知る科学 有斐閣
坂上貴之・井上雅彦(2018) 行動分析学ー行動の科学的理解をめざして 有斐閣
サトウタツヤ・渡邊芳之(2019) 心理学・入門[改訂版]ー心理学はこんなに面白い 有斐閣
東北文教大学心理学研究会(編)(2016) 心理学のエッセンス 日本評論社