科学として心理学が発展するにあたり、客観的に外部から観察可能な「行動」を測定の対象とする行動主義心理学の貢献は非常に大きいとされています。
行動主義が提唱されてから多くの学者が研究を行いましたが、その中でも新行動主義の代表格であるエドワード・トールマンの功績は外すことはできません。
それでは、トールマンとはどのような功績を残した人物なのでしょうか。代表的な認知地図や潜在学習についても解説します。
目次
エドワード・トールマンとは
エドワード・トールマンとは、1930年代から主に行動主義心理学の分野で活躍した心理学者です。
1886年にアメリカで生まれたトールマンは電気化学を大学で学んでいましたが、行動主義心理学の提唱者であるウィリアム・ジェームズの著作を読んだことで心理学へ強い興味を抱くようになり、心理学へと活動のフィールドを変えたと言われています。
トールマンと新行動主義
外部から観察可能な行動を測定することにより、その背景にある心をとらえようとする行動主義心理学
は、主に刺激と反応の関係性に焦点を当てたものでした。
例えば、古典的条件付けと呼ばれる学習理論では、梅干しを見たら、自然と唾液が出るという刺激と反応の結びつきに対し、梅干しと同時にベルの音を鳴らすという手続きを複数回繰り返すことにより、本来結びつきのなかったベルの音を聞くだけで唾液が出るようになるという刺激と反応の関係性を作り出すことができるのです。
これは、刺激(Stimulus)と反応(Response)の頭文字をとり、S-R理論などと呼ばれます。
これにより行動主義心理学はスタートするのですが、動物の行動は刺激と反応の条件付けのみで説明できるほど単純ではないことが指摘され、刺激と反応の間に有機体(Organism)という媒介変数を加えた新行動主義がスタートするのです。
S-O-R理論とは
刺激と有機体、反応という関係性で生じる行動をとらえようとする理論をS-O-R理論
と呼びます。
そして、その代表的な研究者としてハル、スキナーに加えトールマンが挙げられるのです。
具体例
例えば、お化け屋敷という刺激に対して、恐怖を感じ、泣くという行動を考えてみましょう。
確かにお化け屋敷は怖いという体験をするためのアトラクションですが、必ずしもお化け屋敷に入ったからといってすべての人が怖がったり、泣いたりすることはありません。
これは、お化け屋敷に入っている人(有機体)の個人差が影響しているでしょう。
お化けは怖いものであると考えている人はお化け屋敷のお化けを怖いと感じやすいでしょうし、お化け屋敷なんて作り物に過ぎないと考えている人はお化け屋敷を怖がりにくいでしょう。
この違いは、お化け屋敷というものをどのように認知するのかという認知的要因の個人差により行動の変化が起きています。
トールマンも刺激と反応の間を媒介する要因として認知的要因を重視しており、これは後の認知心理学につながるものであったとされているのです。
サイン・ゲシュタルト説
トールマン以前の行動主義心理学では、自然に起こる反応を無関係の刺激と結び付けようとしたり(古典的条件付け)、動物の自発的な行動の生起頻度を報酬などを用いて高めようとする(オペラント条件付け)研究が主なものでした。
しかし、トールマンはそのような条件付けの立場をとらず、どのような手掛かりがどのような目的や手段と関連づいているかという期待によって学習が成立するというサイン・ゲシュタルト説もしくはS-S連合(サイン・シグナル連合)という立場をとりました。
トールマンは行動主義心理学だけでなく、ゲシュタルト心理学にも精通しており、学習は単に刺激と反応が結びつくことによって成立するものではなく、目的とその達成のための手段が認知される過程に成立すると考えたのです。
トールマンの功績:潜在学習・認知地図
トールマンの残した知見の特に代表的なものが潜在学習と認知地図です。
潜在学習とは
トールマンはネズミを用いた迷路実験において、エサなどの報酬を用意せず、メイトに放置されていたネズミに報酬を用意すると、最初から報酬を用意されていたネズミの学習水準に急速に追いつくことを発見します。
このことから、トールマンは報酬が用意され、生体が目標達成の意図(迷路を抜け出し、エサを食べようと考える)を有していなくても、潜在的に学習が生じているためであると考えたのです。
このような、学習の意図がないにも関わらず、潜在的に成立する学習効果のことを潜在学習と呼びます。
認知地図とは
私たちは、普段通っている駅まで迷うことなく簡単にたどり着くことができます。
そして、いつも通っている道が通行止めになっていたからとしても、別のルートを用いて迷うことなく駅へたどり着くことができるでしょう。
このような現象が可能になるのは、認知地図と呼ばれる知識が形成されるためであると考えられています。
トールマンは先述のネズミの迷路実験において、学習が成立したエサまでたどり着ける正解のルートが使えないようエサの位置を変更すると、ネズミはエサのある方向を向いた新しい経路を直ちに選択したことから、ネズミは迷路を抜け出せる正解のルートのみを覚えたわけではないと考えました。
そして、ネズミのなかには空間関係を学習しているために、ルートの変更があってもエサまでたどり着く経路を選択できたとして、空間内での経験によって獲得された知識の表象を認知地図と名付けました。
トールマンについて学べる本
トールマンについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
スタンダード学習心理学 (ライブラリ スタンダード心理学)
トールマンは新行動主義の代表的な学者であり、それまで優勢であった刺激と反応間の結びつきを想定する立場ではなく、認知的要因が媒介すると考えた第一人者です。
行動主義心理学の功績を引き継ぎ、認知心理学の新しい展開まで触れた本書で、トールマンが考えた学習の成立とはどのようなものであるかを学びましょう。
基礎から学ぶ認知心理学――人間の認識の不思議 有斐閣ストゥディア
トールマンは行動主義心理学者として紹介されることがほとんどですが、彼は後の認知心理学の先駆けとなる功績を残していることを忘れてはいけません。
ぜひ、トールマン以降に発展した、認知心理学とはどのようなものなのか、トールマンの考えた認知的要因の機能について詳しく学びましょう。
刺激と行動を繋ぐ認知
行動主義心理学は科学としての心理学の立場を確立するために行動に研究対象を絞りました。
しかし、研究者のなかには、どのような子どもでも育てる環境を整えさえすれば、好きな人物に育て上げることのできるというあまりにも刺激と反応のみで人間のすべてをコントロールできるかのような尊大な態度に批判が集まることもあったのです。
そして、刺激と反応の間にその人らしさという媒介要因を仮定する新行動主義の第1人者であるトールマンは、行き過ぎた行動主義を脱しより現実的な人間の行動を探ろうとした代表的な研究者であると言えるでしょう。
【参考文献】
- 長谷川芳典(1993)『スキナー以後の行動分析学 3. S-R理論との混同 』岡山大学文学部紀要 20 65-73
- 佐伯胖(1988)『行動主義 : 認知科学との「和解」は可能か (<連載>「AIにおける論争」[第5回]) 』人工知能 3 (4), 398-410
- 村越真(1987)『認知地図と空間行動』心理学評論 30 (2), 188-207