自分が大好きなナルシストという言葉は一般的にもよく用いられる言葉です。しかし、ナルシズムつまり自己愛が過度になると、自己愛性パーソナリティ障害という精神障害となってしまうかもしれません。
それでは自己愛性パーソナリティ障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その原因や特徴、症状と診断基準、治療法と接し方などについてご紹介します。
目次
自己愛性パーソナリティ障害とは
自己愛性パーソナリティ障害とは、肥大な自己愛を持っていることにより、対人関係において支障をきたすパーソナリティ障害の1つです。
自己愛とは
自己愛とは、英語でのナルシズム(narcissism)の訳語であると考えられており、一般的に用いられるナルシストなどの用語が指す、「自己を愛すること」、つまり「自分が好きなこと」は、自己中心的や利己主義的などの同様の意味合いで用いられることも多く、否定的なニュアンスを含んでいるものです。
しかし、心理学の実証研究では、自己愛というものをより詳細に検討しており、現在最も自己愛研究において有力なモデルは、自己愛には誇大性自己愛傾向と過敏性自己愛傾向という2つの種類があるとするモデルです。
【自己愛の下位類型】
- 誇大性自己愛:傲慢・自己没頭・注目願望・自己主張性・他者への関心の低さが特徴
- 過敏性自己愛:内気・自己抑制・他者回避性・傷つきやすさが特徴
このように自己愛という概念には、自信たっぷりで人のことを気にせず主張するタイプと内気で傷つきやすく人の目を気にするタイプという一見すると正反対な特徴を示す傾向が混在していることが分かります。
この根底には、自己愛つまり自己評価が理想とする状態とならなかったときに一気に低下してしまうという脆さがあり、誇大性自己愛は他者からの注目を集めることで自己評価を高めようとし、自分の気に食わないことは無視するということで自己評価の低下を防ごうをしているとも捉えることができます。
自己愛性パーソナリティ障害の特徴
自己愛の傾向には誇大型と過敏型の2種類があることはすでに述べましたが、それぞれの特徴についてはギャバ―ドという学者が簡潔にまとめています。
【誇大型】
- 他者の反応に気づかない
- 傲慢で攻撃的
- 自己陶酔的
- 注目の的になる必要がある
- 送信機はあるが受信機がない(人の話に耳を傾けない)
- 他者によって傷つけられたという感情に鈍感
【過敏型】
- 他者の反応に敏感
- 抑制的・内気で自分を表に出さない
- 自己よりも他者に注意を向ける
- 注目の的になることを避ける
- 軽蔑や批判の的になっていないかを気にし、他者の話に注意深く耳を傾ける
- 傷つけられたという感情を持ちやすく、恥や屈辱感を感じやすい
自己愛性パーソナリティ障害の原因
パーソナリティは、生まれ持った性格傾向である気質に生後、環境から影響を受けることで形成されていきます。
そのため、自己愛性パーソナリティ障害に特有のパーソナリティの歪みは、遺伝的要因と環境的要因の2つが組み合わさることによって発症すると考えられているのです。
そして、自己愛性パーソナリティ障害はその養育環境による影響を強く受けるのでないかという指摘が多いです。
自己愛性パーソナリティ障害の患者の成育歴を聞き取っていくと、過度に批判的であったり、逆に過度に子どもを賞賛したり、甘やかすような家庭で育っているケースも少なくないため、このような偏った子育てを受けた場合は自己愛性パーソナリティ障害になりやすいのかもしれません。
自己愛性パーソナリティ障害の治療法と接し方
自己愛性パーソナリティ障害は、その名の通りパーソナリティの偏りによる精神障害です。
そのため、パーソナリティ障害の症状を消失させるような薬物はなく、自己愛が傷つけられ抑うつ状態に陥った際に抗うつ薬を処方するなど対処療法的な薬物療法はあり得ますが、抗うつ薬や抗不安薬は衝動性を高める危険性があり、依存や乱用の可能性もあるため積極的に使用すべきではありません。
そのため、主な治療的介入としては心理療法が挙げられます。
自己愛性パーソナリティ障害の患者は自己愛が傷つけられた際の激しい怒り、治療者を過小評価し、無力感に陥れる発言、特別扱いを望むことなどが良好な治療を行う阻害要因となりがちです。
そのため、自己愛性パーソナリティ障害の心理療法にあたっては誇大自己を満たしたいという欲求を利用し、プライドを大切に扱うことで生活の工夫を促すような接し方が良いでしょう。
自己愛性パーソナリティ障害の歴史
自己愛性パーソナリティ障害の歴史は、19世紀にまで遡ることができます。
そして、最初の自己愛に関する病理の報告は、パーソナリティの偏りという観点ではなく、以外にも性倒錯(小児愛など一般の性的慣習から逸脱した性的行動を傾向のこと)に関連する領域でした。
ナルシズムという用語の登場
最初に自己愛の概念について触れたのは、エリスという学者であり、彼はギリシャ神話に登場するナルキッソスという少年が、エコーという女性の愛を退け、泉に映った自分の姿にほれ込み、自分の姿を眺めながら死んでいったという話に基づきナルシズムという言葉を、自身に対する著しい愛や関心として用いました。
フロイトによるナルシズム
その後、この用語は精神分析の創始者であるフロイトによって、幅広い精神状態を示す用語としてその概念的広がりを見せます。
フロイトによるナルシズムは「自分に性的関心を抱くこと、同性愛、また自分の身体や病気に関心のあるもの」として定義づけました。
これは現在の、パラフィリア障害群から病気不安症・身体症状症などを含む精神障害でしょう。
フロイトは、必ずしもナルシズムが病的な状態とは限らず、乳幼児期や幼児期において生きていくために必要なものであると考えていました。
しかし、適切な養育などが行われず、関心の対象が外へ向かない、つまり、心的エネルギーであるリビドーの方向性は自分に向くか、他者に向くかという二者択一であり、共存することはないという前提があるため、成人になってもナルシスティックな状態が続くことは不適切であり、誇大的な自己に固執した社会不適応状態に陥ると考えました。
コフートの自己愛理論
このような、幼児期まで向けられた自己愛が健全な発達では、関心が外へ向くことにより対象愛へと発展し、自己愛は影をひそめるという発達ラインを提唱したフロイトに反し、コフートは未熟な自己愛から健全な自己愛へと発達していくという別の発達ラインを唱えました。
この理論では、何も自己愛は成長と共に消えてしまうものではなく、対象愛を持つことで自己愛はなくなっていくものではないとされます。
そして、幼児期に持つ未熟な万能感・自己愛が成熟した自己愛と変容するためには次の2つの要因が重要であると考えました。
【コフートの自己愛発達理論の2要因】
- 誇大自己:「自分は賢いんだ、偉くなりたい」という自己の価値を認めること
- 理想化された親イメージ:幼少期に親が「凄いね」と褒めてくれることで、誇大自己に固執する必要がなくなり、緩和される生きる指針や自己規制となるもの
しかし、不適切な養育により、理想化された親イメージがしっかりと定着しないと誇大自己が満たされず、自己顕示的になり、他者からの注目を浴びることを求める自己愛人格障害になると考えました。
カーンバーグの自己愛理論
コフートと同時期に自己愛について論じたのがカーンバーグです。
コフートは、未熟な自己愛が成熟したものまで発達する一定のラインのどこかで問題が起こることで発症するという神経症水準で自己愛人格障害となると考えていましたが、カーンバーグは、神経症と精神病の間にある境界水準というより病理の深い人格構造によって発症すると考えていました。
乳幼児期は養育者が自分が望んだ時に世話をしたり、愛してくれるわけではない(例えば、お腹が空いて泣いたとしても、すぐに来てくれるわけではないなど)ということを学び、自分の愛する対象が良い面と悪い面の両方を備えているものであると学ぶ分離―個体化段階にあります。
これは、十分に愛してくれる経験がベースとしてあることで、多少悪いことがあっても「まぁいいか」と受け入れ我慢できるという発達を意味しています。
しかし、この時期に不適切な養育を受け、愛されることがないと、対象の悪い面、自分の悪い面を見ないようにするために分裂という原始的な防衛を用いて、切り離します。
こうして、悪い面が排除され残ったのが、病的な誇大自己です。
しかし、完璧な人間というものは存在せず、どのような人にも良い面と悪い面を備えているものです。
そのため、このようにして形成された病的な誇大自己は、自分の悪い面を見ないようにするために、異常なまでに他者から賞賛を求め、優越感を保とうと他者を過小評価することで優越感を維持しようとするとされます。
DSMの登場と自己愛パーソナリティ障害概念
それまでは精神分析的な観点から、不適応的な自己愛がどのように形成されるのかということに焦点を当てた議論が活発でしたが、米国精神医学会が発行したDSMの登場によって、外側に現れた症状から自己愛を捉えようとする流れが生まれます。
1980年に発行された精神障害の診断と統計マニュアルであるDSM-Ⅲでは、人格障害の一つとして自己愛人格障害が記載されました。
これは、カーンバーグの指摘した病的な誇大自己を示す人格障害と重なるところが多く、自分の価値を高めることに固執し、それに反するものは排除しようとする臨床像でした。
そして、DSM-Ⅳ、DSM-5へと改訂が重ねられるにあたり、人格者のような道徳的な意味合いを含む人格に障害があるという診断名は偏見を助長する恐れがあるとして自己愛性パーソナリティ障害と名称が変更され現在に至ります。
自己愛性パーソナリティ障害について学べる本
自己愛性パーソナリティ障害について学べる本をまとめました。
これから自己愛性パーソナリティ障害について学ぼうとしている初学者の方に向けて読みやすい本を選びましたので、気になるものがあればぜひ手に取ってみてください。
自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)
自己愛性パーソナリティ障害は、自分に対する高い評価を求めるために周囲との関係が歪んだものとなり、ひとたびその評価が崩れそうになると思い抑うつ状態に陥るなどパーソナリティ構造の不安定性が特徴的な障害です。
そのような、異質なパーソナリティがどのようなものなのか、本書を手に取りぜひ学んでみてください。
心のお医者さんに聞いてみよう 自己愛性パーソナリティ障害 正しい理解と治療法 (大和出版)
自己愛性パーソナリティ障害はうつ病や摂食障害など他の精神障害を併発する可能性の高い複雑な病態を呈します。
そのため、適切な治療法については状況を冷静に見極める必要があるでしょう。
ぜひ本書で自己愛性パーソナリティ障害に対する適切な治療法について学びましょう。
病理的な自己愛によって生じる問題
自己愛自体は何もおかしいものではなく、健全な成人にも備わっているものであるという見解が現在の主流となっています。
しかし、何らかの問題により、自己評価を高く保っていなければ自分を保てない病理的な自己愛に固執すると、自分が困るだけでなく周囲との関係に大きな問題をきたしてしまうでしょう。
自己愛性パーソナリティ障害に対する適切な治療法は現在も一致した見解が得られていないため、さらなる研究により、有効な治療法の発見・開発が望まれているのです。
【参考文献】
- 松並知子(2013)『自己愛に関する研究の概観 : ナルシシズムとセルフラブ、および、質的な性差に焦点を当てて』
- 池田政俊(2010)『自己愛-ナルシシズムについての一考察』帝京大学文学部紀要. 心理学 (14)
- 伊藤幹子・木村宏之・尾崎紀夫・荒尾宗孝・木村有希・伊藤隆子・栗田賢一(2006)『当科で経験したパーソナリティ障害患者の臨床的検討―境界性および自己愛性パーソナリティ障害の治療対策―:境界性および自己愛性パーソナリティ障害の治療対策』日本歯科心身医学会雑誌 21(1), 13-22
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院