短期記憶とは、短い間だけ覚えていられる記憶です。
今回は、短期記憶の意味や特徴を具体例を挙げながら解説します。また、短期記憶のテスト法や記憶障害、短期記憶は鍛えることができるのか、といった点についても述べていきます。
最後に短期記憶について学べる本もご紹介しますので、参考にしてみてください。
目次
保持時間に基づく記憶の分類:感覚記憶・短期記憶・長期記憶
記憶は、保持時間に基づいて、感覚記憶、短期記憶、長期記憶に分類されます。
環境から入力された情報は、まず認知的な処理を受けないままの形で感覚記憶として数秒間保持されます。そのうち注意が向けられた情報については短期記憶に送られます。そして最終的に、短期記憶から長期記憶に転送された情報のみが、ほぼ永久に保持される事になります。
今回はこれらのうち、短期記憶について解説していきます。
短期記憶とは
まずはじめに、短期記憶の意味と具体例を見ていきましょう。
短期記憶の意味
リチャード・アトキンソンとリチャード・シフリンは、環境から入力された情報は、感覚レジスタを通して短期貯蔵庫に流れ、そこから長期貯蔵庫に送られるという情報多重貯蔵モデルを提唱しました。
これによると、感覚レジスタから流れてきた後長期貯蔵庫に運ばれるまでの間、短期貯蔵庫に保管されている記憶が、短期記憶という事になります。
短期記憶の具体例
例えば、授業中に先生の話した内容をノートに写す場合を考えてみましょう。
まず、先生の話は聴覚という感覚レジスタから入ってきます。それをノートに書き写すまでの間に覚えておくのが短期記憶です。
また、駐輪場で自転車を取り出す時、自転車の置き場の番号を覚えておいて施錠の機械の所まで歩いて行き施錠します。この時、自転車から施錠の機械までが遠く離れていた場合、何度か心の中でまたは口に出して番号を繰り返し続ける事で覚えておこうとします。
このように、すぐにリハーサル(復唱)をしないと忘れてしまう記憶が、短期記憶です。
短期記憶の特徴
次に短期記憶の特徴について見て行きましょう。短期記憶の特徴としては、次の2つがあります。
情報の保持時間が短いこと
短期記憶の1つ目の特徴は、短時間で忘却が生じることです。短期記憶の保持時間は、約15〜30秒間と言われています。
リハーサルなどを行わないと、短期記憶はそのまま消えてしまいます。
保持できる容量に限界があること
短期記憶のもう一つの特徴は、保持できる容量に限界があることです。
ミラー(Miller,1956)は、短期記憶を保持できる容量は、多くの場合7±2チャンクであるとし、それをマジカルナンバーと名付けました。
チャンクというのは、意味としてまとまりのある単位です。意味としてまとまらなければ、平仮名1つが1チャンクになりますし、長い単語でも1つのまとまりがあれば1チャンクとなります。
短期記憶のテスト法(測定法)
短期記憶のテストには、記憶範囲課題(memory span task)というものがあります。
記憶範囲課題は、一度覚えられる情報量を測るテストです。
服部ら(2015)の本には、次のような記憶範囲課題が載っています。
記憶範囲(短期記憶の容量)を調べてみよう
下には、3桁から14桁のランダムな数字列が並んでいる。これを用いて、自分、あるいは、自分以外の人の記憶範囲を調べてみよう。
3桁 473 4桁 7350 5桁 23209 6桁 599951 7桁 1026866 8桁 96842504 9桁 857813260 10桁 3879130735 11桁 32189246238 12桁 654709958348 13桁 5143953513407 14桁 18286379057209 服部ら(2015)「基礎から学ぶ認知心理学」より引用
短期記憶の障害
記憶障害は、脳の損傷や精神疾患などによって生じます。
記憶障害以外にも注意や思考などの認知機能が全般的に低下する認知症に対して、記憶機能だけが障害される場合を健忘症と言います。
短期記憶の障害は、今日の日付やさっき置いたペンの場所、家を出た時に鍵をかけたかなど、直近の記憶が抜け落ちます。
また、物忘れでは忘れている事自体は覚えている場合が多く、ヒントを与えると思い出せるのに対して、短期記憶障害では忘れている事自体を忘れてしまっている場合が多くあります。
このような短期記憶の障害は、認知症でよく見られます。脳内で新しい記憶を保存する海馬という部分の萎縮が指摘されています。
けれども記憶には脳内の様々な部分が関わっており、それらの関連を無視する訳にはいきません。この点について、長田ら(2011)は、次のように述べています。
記憶の機能文化論とネットワーク論ともにそれぞれ単独では、記憶障害を完全には説明しきれない
短期記憶は鍛えることができるのか
短期記憶は鍛えることができるのでしょうか。短期記憶を鍛えるということは、短期記憶がより安全に長期記憶に移行される事だと考えられます。
ところが、短期記憶は、その保持時間にも容量にも限界があります。
ここでは、保持時間、容量、その他という3つの視点から、短期記憶を鍛えることができるのかどうかについての見解をみて行きます。
短期記憶の保持時間について
短期記憶の保持時間は、リハーサルによって情報を繰り返せば約15〜30秒間保持することができます。
つまり、短期記憶の保持時間を伸ばすためには、リハーサルを続ければ良いわけです。リハーサルにより短期記憶に長く保持されていた記憶ほど長期記憶に転送されやすくなるという考え方です。
これに対し、短期記憶が長期記憶に転送されやすくなるためには、単なるリハーサルだけではなく、意味づけやイメージ化などを用いた精緻化リハーサルが必要だとする考え方があります。
精緻化リハーサルは、いわゆる記憶術に利用されているものもあり、次のようなものがあります。
- 場所法:古代ギリシャの詩人シモニデスが考案した方法です。覚えたい事柄を場所と結びつけて記憶する方法です。
- 自己参照効果を利用した方法:覚える事柄を自分に関連する事柄と結びつけると忘れにくくなる方法を、自己参照効果と言います。パスワードを覚えやすいものにしたい場合に、使っている方も多いのではないでしょうか。
- サバイバル処理を用いた方法:ジェームズ・ナルンらは、同じ単語を覚える場合でも、自分の身を守る必要のある状況を想定した場合の方が記憶されやすい事を実験により明らかにしました。つまり、自らの生存に関わる情報として認識する事でより記憶に留まりやすいと考えられます。
短期記憶の容量について
短期記憶の特徴で、短期記憶の容量には7±2チャンクという限界があると書きました。(もっと少ないとする説もあります。)
仮にチャンクの数自体は増えなくても、情報の量を増やすことはできます。
例えば、「ツ、カ、リ、マ、バ、キ、タ」という単なる意味のない文字の羅列だけなら、これで7チャンクです。
けれど、上記の文字を「カマキリ、バッタ」とすると2チャンクになり、「カマキリ、バッタ、トンボ、セミ、ゴキブリ」としても5チャンクです。さらにこれを、「カ(っ)トバセゴキブリ」という意味のまとまりで1チャンクにする事ができます。(因みにこれは、不完全変態の昆虫の覚え方です)
このような語呂合わせは、歴史の年号を覚えるのにも使った事があるのではないでしょうか。
このように、短期記憶の容量の単位が「チャンク」という意味のまとまりであるという特徴を利用して、より長い意味のまとまりを作る事で覚える情報量を増やす事が可能です。
その他
湯浅ら(2020)は、ステッパを用いた有酸素運動を行いながら英単語を記憶するグループと、何もせず英単語を記憶するグループとに分けて実験を行いました。
記憶から1日後のテストでは差異は見られませんでしたが、3日後及び1週間後のテストでは、有酸素運動を行いながら記憶したグループの方が、有酸素運動を行わずに記憶したグループよりも英単語の定着率が良い結果となりました。
記憶の1日後では差異が出ず、3日ごと1週間後のテストで差異が見られた事から、有酸素運動により短期記憶そのものが鍛えられたとは考えにくいでしょう。
けれども、この結果について湯浅ら(2020)は、有酸素運動には短期記憶から長期記憶への転送を行いやすくする効果があったためだと考察しています。
短期記憶について学べる本
短期記憶について学べる本をご紹介します。
カラフルな写真や図が楽しい「意識的な行動の無意識的な理由」
絵本を眺めるように豊富な写真や図を見ながら、認知心理学とはどのようなものなのかを概観できる本です。
今回の短期記憶については、II「記憶のワンダーランド」で書かれています。
多重貯蔵モデルや記憶術を始めとする短期記憶を含む記憶の仕組み全般を学ぶ事ができます。
テスト対策にも「認知心理学ハンドブック」
日本認知心理学会が専門家から学生までを対象として編集した「認知心理学の到達点」となる本です。
広い認知心理学を10分野に分け、全173項目にわたり解説しています。
記憶については、第4部「記憶・知識」において、分類や記憶モデルなど31項目の解説があります。
短期記憶はいつも新しい
短期記憶は保持時間も容量も限られています。新しい一日の始まりと同時に、短期記憶も新しく作られるのです。
忘れる事ができるからこそ、新しい知識を取り入れていける短期記憶の仕組みは不思議で、私たちに日々新しい可能性をもたらしてくれるものです。
人は忘れる生き物であることをポジティブに捉えてみると、目の前の情報がどれも新鮮に思えてくるのではないでしょうか。
参考文献
江草 貞治(2013) 認知心理学ハンドブック 有斐閣
加藤元一郎(2011) 前頭前野と記憶障害 高次脳機能研究(旧失語症研究)31巻3号,311-318
越智啓太(2018) 意識的な行動の無意識的な理由 心理学ビジュアル百科 認知心理学編 創元社
服部雅史・小島治幸・北神慎司(2015) 基礎から学ぶ認知心理学ー人間の認識の不思議 有斐閣
Miller,G.A.(1956) The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information. Psychological Review,63,81-97
長田 乾・小松広美・渡邊真由美(2011) 記憶障害 認知神経科学 13(1)
湯浅成章・黄瀬浩(2020) 有酸素運動が英単語暗記に及ぼす影響の確認 情報処理学会研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI),9,1-5