1+1+1はいくつでしょうか?算数における答えは3ですね。ところが人の心はそうはいきません。個人としては1の力を発揮できる人が3人集まった場合、個人が発揮する力は1未満になってしまう場合があります。今回は、社会的手抜きと言われるこの現象について、例や実験を見ながら理解していきましょう。
目次
社会的手抜きとは
私達は、職場や学校などで集団として行動することが少なくありません。スポーツやダンスなど、チームとして活動に取り組む人もいるでしょう。
もしあなたが集団のリーダーとなった場合、個人が最大の力を発揮できることを望むはずです。ですが、社会心理学では、集団では個人の努力が最大限に発揮されない場合があると言われています。
社会的手抜きの意味・定義
社会的手抜きsocial loafingとは、集団で作業を行う場合の1人当たりの努力量は、個人が1人で作業を行う場合よりも少なくなる現象を言います。この現象を初めて指摘したのは農業工学者のリンゲルマン(Ringelmann,M)でした。そのため、社会的手抜きはリンゲルマン効果とも呼ばれます。
社会的手抜きが起きる理由:外的条件と内的条件
社会的手抜きがなぜ起きるのかについて釘原(2013)は、外的条件(環境要因)と内的条件(心理的・生理的要因)とに分けて説明しています。
外的条件には、以下のようなものがあります。
・評価可能性:個人の評価が他者から分かりにくい程、社会的手抜きが起こりやすい
・努力の不要性:他者が優秀なために、個人の努力結果が集団全体に影響を与え難い程、社会的手抜きが起こりやすい
・手抜きの同調:他者の努力が低く社会的手抜きが集団規範となる程、社会的手抜きが起こりやすい
また、内的条件には、以下のようなものがあります。
・緊張感の低下:他者の存在により緊張感が低下する程、社会的手抜きが起こりやすい
・注意の拡散:他者の存在により自己意識が低下する程、社会的手抜きが起こりやすい
社会的手抜きの具体例
自分はこんなに頑張っているのに、あの人は怠けてばかり!と不満を持った経験はありませんか?社会的手抜きは日常で良く見られる現象です。
例えば、学校の音楽の時間。クラス全員で合唱(リーコーダーでもピアニカでも同じです)をする場面を想像してみましょう。
口パクをしていても、少し離れた先生にあなたの声は聞こえません。隣の子も適当に歌っています。「私も適当に歌っても問題ないや」と思って小さな声で歌ったあなた。それが社会的手抜きです。
社会的手抜きに関する心理学実験
社会的手抜きに関する心理学実験をいくつか見ていきましょう。
リンゲルマンの綱引きの実験
社会的手抜きという現象を初めて指摘したリンゲルマンは、綱引きにおいて社会的手抜きと集団の大きさの関係についての実験をしました。
実験結果は、1人1人の力から期待される力に比べて、3名で綱を引いた場合の力は85%しかありませんでした。さらに、8名で綱を引いた場合には49%にまで下がってしまいました。
このことから、集団で綱引きをした時の力は個人の力の合計よりも弱くなること、そして集団が大きくなる程個人の出す力が弱まることを発見したのです。
けれどこの実験では、集団において個人の努力(動機づけ)の低下だけが純粋に測れたとは言えません。お互いが綱を引くタイミングのずれなど、成員間の調整の難しさによる力の低下もあったからです。
ハーディーとラタネのチアリーダーの実験
成員間の調整の難しさによる影響を排除し、努力の低下による社会的手抜きが純粋に測定できるように、次のような実験が行われました。
チアリーダー2人はそれぞれヘッドフォンと目隠しをし、衝立を挟んで座ります。ヘッドフォンからは6人が叫びながら手を叩く大音響が流れます(相手の様子が分からないようにするため)。
1つのグループ(単独条件)では、1人だけで音を出す(大声を出し手を叩く)ように伝えられます。別のグループ(疑似ペア条件)では相手と一緒に音を出すと伝えられます(この際相手には、音を出さないように指示が出されています)。
実験結果は、擬似ペア条件では単独条件の94%の音量しか出ていませんでした。つまり、相手も一緒に音を出していると思い込むことで、手抜きが起こっていたのです。
手抜き結果のフィードバック実験
釘原(2013)は、社会的手抜き結果をフィードバックすることによる効果について次のような実験をしました。
次の5つの条件間で社会的手抜きが生じるかどうかを比較します。
①何も情報を与えない
②社会的手抜きと逆の効果(社会的促進)を説明した後作業を行わせ、作業結果でも社会的促進が見られたと伝える
③社会的促進を説明した後作業を行わせ、作業結果では社会的手抜きが見られたと伝える
④社会的手抜きを説明した後作業を行わせ、作業結果では社会的促進が見られたと伝える
⑤社会的手抜きを説明した後作業を行わせ、作業結果も社会的手抜きが見られたと伝える
その後、もう1度作業を行います。
結果は、⑤以外では社会的手抜きが生じましたが、⑤のフィードバック後の作業では作業効率が上昇しました。
つまり、社会的手抜きという心理学的知識を与えた上で、実際に行った作業でも社会的手抜きが行われたことを知らせることで、社会的手抜きが減少したことが分かります。このことは、社会的手抜きの予防についてのヒントになるでしょう。
社会的手抜きの対策・防止策
社会的手抜きは、チームをまとめるリーダーからすると好ましくないばかりでなく、傍観者効果のように犯罪につながる場合もあります。
関連
では、どうすれば社会的手抜きを減らすことができるのでしょうか。ここでは、社会的手抜きの対策として釘原(2013)が挙げているものの中から、いくつかを見ていきます。
罰を与える
指導者が生徒などを叱ることが、これに当たります。みんなで歌を歌う時、いい加減に歌う生徒に先生が注意する、サッカーの監督がサボっているメンバーを叱るなど、日常で良く使われている対策です。
しかし、罰は一時的に手抜きを減らす効果があるかもしれませんが、楽しんで主体的に活動をする意欲を削いでしまいかねません。長期的に見ると、あまり良い方法ではなさそうです。
リーダーシップ
コーチが変わってチームが強くなるなど、スポーツでも良く見られることです。会社でも、この上司との仕事はモチベーションが上がるということもあるでしょう。学校でもクラスのパフォーマンスを上げる事が上手な先生もいます。このように、リーダーの資質や働きかけにより、社会的手抜きが減少します。
フィードバックを行う
社会的手抜きは、自分の努力の効果が分かりにくいことによって生じる部分が大きいと考えられます。そのため、フィードバックにより努力の効果が示されれば、社会的手抜きも減少すると考えられます。
通りすがりの人を助けたとして、警察が表彰するニュースを見た事があると思います。これも、1つのフィードバックではないでしょうか。本人にとっても、自分の行動の成果を再確認する事ができますし、他の人達にとっても社会的手抜きを防ぐ動機づけになるでしょう。
社会的手抜きについて学べる本・論文
人はなぜ集団になると怠けるのか「社会的手抜き」の心理学
社会的手抜きがなぜ生じるのかについて、数々の実験を踏まえて述べられています。国家やスポーツにおける社会的手抜きについても記載されています。
Social loafing in cheerleaders ; effects of team membership and competition
上述の「社会的手抜きに関する心理学実験」で挙げた、ハーディーとラタネによるチアリーダーの実験についての原論です。
>Hardy,c.I.,& Latane,b.(1988) Journal of Sport and Exercise Psychology, 10, 109-114
社会的手抜きの捉え方
自分1人くらいなら…という発想が生み出す社会的手抜きについて学びました。人との繋がりが希薄化し、オンラインゲームなど匿名で集団に参加しやすいこのような時代には、社会的手抜きが生じやすいのかもしれません。
1人の考え方や行動が環境問題のような大きな問題にまで繋がっていると考えると、社会的手抜きの研究価値は高まっていく事でしょう。
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参考文献
釘原直樹(2013) 「人はなぜ集団になると怠けるのか『社会的手抜き』の心理学」中央公論新社
Kravitz,D.A., & Martin,B. (1986) “Ringelmann rediscovered; The original article “ Journal of Personality and Social Psychology, 50, 936-941
Hardy, C.I., & Latane,B. (1988)”Social loafing in cheerleaders; effects of team membership and competition “ Journal of Sport and Exercise Psychology, 10, 109-114