ワトソンが提唱した恐怖条件づけという学習理論をご存じでしょうか。恐怖条件づけや嫌悪条件づけは古典的条件づけの一つですが、学習心理学だけでなく、心理臨床においても非常に重要な概念です。今回は恐怖条件づけ・嫌悪条件づけとは何かから、味覚嫌悪学習などの種類や具体例、脳の扁桃体との関連、消去の方法までわかりやすく解説します。
目次
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけとは
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけとは古典的条件づけの一つです。
古典的条件づけとは
古典的条件づけで有名なものとしては生体に好ましい刺激(無条件刺激)としての「餌」と何も反応を引き起こさない刺激(中性刺激)としての「ベルの音」を同時かつ繰り返し提示することで、餌を呈示せずベルの音だけで唾液が分泌されるという例が有名です。
つまり、それまでは刺激と反応の間に何も関係がなかったとしても、刺激を呈示する条件によって本来は存在しなかった刺激と反応の関係性が構築されるということです。
※古典的条件づけについては以下の記事でより詳しく解説しています。
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恐怖条件づけ・嫌悪条件づけとは
しかし、古典的条件づけにおいて、無条件刺激として用いられる刺激は何も生体にとって好ましいものばかりとは限りません。
そのため、電気ショックや吐き気を促したり悪臭を放つ化学薬品、嫌なイメージなどの嫌悪刺激によっても古典的条件づけは成立するのです。
このように嫌悪刺激によって、本来は嫌悪感を抱いていなかった刺激・対象に対して嫌悪感を形成することを嫌悪条件づけと呼びます。
また、恐怖条件づけでは、通常恐怖を引き起こすことのなかった条件刺激と同時に恐怖を引き起こす不快な刺激を対呈示することによって、それまでなんでもなかった条件刺激に対しても恐怖反応を示すようになります。
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけの代表例
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけの概要をお伝えしました。ここからは具体例で理解を深めていきましょう。
ワトソンのアルバート坊やの実験
恐怖条件づけのもっとも有名な実験として、アルバート坊やの実験が挙げられます。
ワトソンは生後間もない乳児(アルバート)に対して次のような刺激を呈示しました。
条件刺激:白ネズミ
無条件刺激:ハンマーで鋼鉄の棒を叩いた時の音
この条件において、まず乳児が白ネズミを怖がっていないことを確認したのち(条件刺激としいて成立)、乳児がネズミに触ろうとしたときに鋼鉄の棒を叩いて音を出し怖がらせます。
この一連の手続きを繰り返すと乳児は、ハンマーで音を出さず白ネズミを呈示するのみでも恐怖反応を示すようになったのです。
このように本来怖くないものに対する反応が変化するのが恐怖条件づけの大きな特徴と言えるでしょう。
味覚嫌悪条件づけ
味覚嫌悪条件づけとは、ある食べ物を食べた後に腹痛や吐き気などを経験することで、その食べ物の味の好き嫌いは問わず二度と摂取しなくなる学習のことを指します。
この条件づけは心理学においても重要な概念として考えられています。それは、次のような特徴があるからです。
- 繰り返す必要がなく、一度の経験で学習されてしまう
- 「味覚と消化器官」といった特定の刺激と反応の組み合わせで起こる
- 味覚と体調不良(腹痛や吐き気)の感覚が数時間離れていても学習が成立する
- 消去することが難しく、いつまでも学習が残ってしまう
例えば、期限の過ぎた牛乳を飲んだ日の夜に食中毒になり、腹痛や下痢と経験すると牛乳に対し嫌悪感を抱き飲めなくなってしまうことなどが挙げられます。
そして、味覚嫌悪条件づけは偏食や好き嫌いなど食にまつわる問題の原因の1つだと考えられています。
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけのメカニズム:不快な情動と扁桃体の関連
実は恐怖条件づけの獲得には脳の扁桃体と呼ばれる部位が深く関わっていることが分かっています。
そもそも恐怖反応とは動物が危険を予測し、生存確率を上昇させるために行う防御的な反応、つまり危険を知らせるアラートとして機能しています。
恐怖条件づけとは、恐怖体験をした場所や関連する手がかりなどそれまでは怖くなかったものが引き金となり、恐怖を体験した過去の記憶が想起されることにより、血圧の上昇や心拍数増加、すくみ反応といった恐怖反応が示されるものでした。
つまり、恐怖条件づけは脳部位の中でも記憶を形成したり、想起をする機能を持った部位と密接な関りを持っていることが推測されるでしょう。
その中でも扁桃体はヒトを含む高等脊椎動物が持つ側頭葉内側の側に存在する神経細胞で、情動反応の処理と記憶において主要な役割を持っています。そのため、恐怖という感情の記憶の想起が鍵となっている恐怖条件づけにおいて重要視されているのです。
実際に増田・福田(2012)の研究では、ラットが自由に動ける実験室の中で、特定の領域に入った時のみ電気ショックを受ける装置において恐怖条件づけにおける扁桃体の影響を検討しました。
その結果、扁桃体を障害されたラットは恐怖関連の記憶が減弱したと報告しています。つまり、扁桃体は感情に関連する記憶の学習に密接な関りを持つ脳部位であると言えるのです。
恐怖条件づけとかかわりのある精神障害
恐怖条件づけのメカニズムは不安障害と関連があることが指摘されています。
学習心理学や行動療法の立場では、不安障害の症状は恐怖条件づけによって誤って学習された結果であるとみなします。
代表的な不安障害の主な症状は次の通りです。
パニック障害:急激な発汗や過呼吸など激しいパニック発作とそのパニック発作への恐れを特徴とする
限局性不安障害:特定のものや状況に対し、極度の不安や恐怖を感じるもの。代表的なものとしては高所恐怖や動物恐怖、閉所恐怖などが挙げられます。
社交不安障害:他者と接することに対し恐怖を抱きその状況を回避しようとします。人前で発表をするなど注目を集める場面ではさらに不安が高まり、手足の震えや動悸などの症状が現れることもあります。
心理臨床と恐怖条件づけ・嫌悪条件づけ
心理臨床の現場において、恐怖条件づけや嫌悪条件づけの理論は治療法に応用されています。
まずは、それらの治療法を理解するうえで、学習理論における消去と呼ばれる概念をご紹介します。
学習理論における消去とは
消去とは、条件づけによって結び付けられた条件刺激(本来は中性刺激)と条件反応の間の結びつきを弱める、無くすものです。
そのためには、条件刺激を呈示した後に、無条件刺激を同時に呈示しないようにするという手続きをとります。
このようにすることで、条件刺激が生じただけでは無条件刺激が生じるとは限らないと改めて学習し直し、条件刺激と無条件刺激の間の結びつきが弱まるのです。
エクスポージャー(暴露法)
エクスポージャーは不安を主な症状とする疾患に対し有効な行動療法です。
不安という感情は、恐怖反応を引き起こす刺激を事前に避けようとする回避行動により、より不安が高まるという悪循環に陥りがちです。
例えば、人前でのスピーチで失敗したから、人前に出るとまた絶対失敗するという非合理な信念を強化させ、人前に出ることを避けることなどが挙げられるでしょう。
そのため、エクスポージャーでは実際に恐れている対象に対し、直接晒される(暴露)ことによって、恐れていることが実際に起こらないことを改めて学習し直すという手続きをとります。
上の例だと、実際に不安を抱く人前でのスピーチをあえて実践してみることで、失敗が起こらなかったという経験から不安を弱めるのです。
嫌悪療法
嫌悪療法とは、味覚嫌悪条件づけを応用した心理療法です。
代表的なものとしてはアルコール依存症患者に対する嫌悪療法が挙げられます。
その際には、アルコール依存症患者に抗酒剤と呼ばれる、お酒を飲むと気分が悪くなる薬を服用させ、アルコールを摂取すると体調不良になる状況を作ります。
こうすることで依存症患者が我慢できずお酒を飲んでしまっても、気分が悪くなり、お酒自体に嫌悪感を抱くようにさせることが狙いです。
他にもタバコ依存や薬物依存にも摂取後に体調不良となる状況をつくる同様の手法がありますが、意図的にクライエントに対し苦痛を与えるという点から倫理面での問題があると批判されています。
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけを学べる本
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけについて学べる本をまとめました。
記憶と情動の脳科学―「忘れにくい記憶」の作られ方 (ブルーバックス)
本書は情動、つまりこころの動きが記憶に影響を与える仕組みについて取り上げています。
その中で扁桃体と情動に関する記憶との関連についても解説がされているため、恐怖条件づけ・嫌悪条件づけという現象から脳科学的視点を取り入れたい方におすすめの一冊です。
学習心理学における古典的条件づけの理論―パヴロフから連合学習研究の最先端まで
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけは古典的条件づけの一種です。
しかし、その基礎となる古典的条件づけのメカニズムがよくわかっていなければ深く学ぶことは難しいでしょう。
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけを含めた古典的条件づけについて理解を深めたい方は、この本で古典的条件づけを発見したパブロフの犬の実験まで遡ってみるのはいかがでしょうか。
ネガティブな感情によって生じる学習
恐怖条件づけ・嫌悪条件づけはネガティブな感情の記憶によって生じる学習といえます。
日常生活においてネガティブな感情と結びついて生じる学習は、ごく短期的であれば効果がみられるかもしれませんが、長期的に見れば生体の意欲や能力を引き出す適応的な学習とはみなされていません。
そのため、子育てや教育の場面においては恐怖によって望ましくない行動を減らそうとするのではなく、褒めることによって自発的なやる気を引き出すように接することがよいでしょう。
古典的条件づけとは?現代の心理療法への活用と日常生活への応用
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参考文献
- 田積徹(2012)『恐怖の古典的条件づけと扁桃体 : LeDouxモデルの再考と今後の展望』人間科学研究 (34), 73-84
- 増田達・福田正治(2012)『場所-恐怖条件付けにおける扁桃体の寄与』富山大学医学会誌 23, 7-13
- 金井嘉宏(2015)『社交不安症の認知・行動療法―最近の研究動向からその本質を探る―』不安症研究 7(1), 40-51