フロイトが精神分析を提唱してから、様々な学者が精神分析に関する独自の理論を打ち立てています。そして、そのもっとも代表的な人物の一人がカール・グスタフ・ユングという学者です。
それではユングはどのような経歴をたどってきたのでしょうか。主要な業績であるタイプ論や無意識についても分かりやすく解説していきます。
目次
カール・グスタフ・ユングとは
カール・グスタフ・ユングとはスイスの精神科医・心理学者であり、心理学のみならず人類学・民俗学・宗教学・文学・物理学など様々な領域の学問に影響を与えた学者です。
当時まだ十分に確立されていなかった精神医学の基礎を築いたとして、心理臨床の現場でも最重要人物の1人として捉えられています。
ユングの経歴
1875年、スイスのプロテスタント系牧師の家庭に生まれたユングは、早くからキリスト教や科学について独自の考え方を持っていたそうです。
内的に感受性が豊かで、哲学や宗教にも強い興味を示し、印象的な夢や神経症の経験を経て、常識や科学にとらわれず、物事の本質を見極めようとする姿勢を身に着けていきます。
精神医学への道
1895年にバーゼル大学の医学部へと進学したユングはゲーテやカント、ニーチェなどの哲学科に感銘を受け、宗教の形式的な信仰に疑問を感じたことから、実家の牧師を継ぐことはこの時から考えていなかったようです。
バーゼル大学の卒業後、1901年からチューリッヒ大学精神科クリニックでブロイラーの助手を務めるようになりました。
ブロイラーは統合失調症についての重要な知見をもたらすなど精神医学の分野の権威であり、ユングはブロイラーの元で精神障害の治療について向き合います。
フロイトとの出会い
その後、勤務中にフロイトの夢判断に関するレポートを書いたことからヒステリー治療と精神分析の確立を目指していたフロイトと意気投合し、ユダヤ人であったフロイトの代わりにユングが国際精神分析協会の初代会長となりました。
こうしてフロイトと親交を温めたユングでしたが、次第にフロイトやその弟子であるアドラーの提唱した理論は、提唱者の心性を表したものであり、特にフロイトのリビドーを性的なエネルギーであるとしたところに疑問を感じるようになります。
そうして独自のリビドー概念を提唱したことでフロイトとは決別し、独自の分析心理学理論を構築していったのです。
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ユングの業績
ユングは数えきれないほどの業績を残していますが、臨床心理学の分野でもユングの知見は重要視されています。
代表的なものを早速見ていきましょう。
分析心理学
フロイトによる精神分析、ロジャーズによるクライエント中心療法に並び、ユングの分析心理学は臨床心理学の3大理論として取り上げられています。
フロイトから離れた後に独自の理論を展開させていくユングの分析心理学には次のような基本理念があります。
【ユング心理学の基本理念】
- 力動心理学であり、無意識の存在を意識よりも重視する
- 無意識の機能として、補償を重視する
- 無意識から湧き上がってくるイメージを重視する
- 時熟(物事が起こるべくして起こること)を重視する
- 偶然に意味を求める
- 社会不適応や病が持っている意味や目的を重視する
それでは、このような基本理念をどのように体系化しているのか早速詳しく見ていきましょう。
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個人的無意識と集合的無意識
ユング心理学は力動心理学、つまり無意識の存在を仮定し、その働きを説明しようとする理論です。そのため、人間のこころは意識と無意識の2つに大別するところから始まります。
フロイトの精神分析では、そこに前意識と呼ばれる意識と無意識の中間層を仮定するのですが、分析心理学では無意識を2つに分けることが大きな特徴です。
その2つは個人的無意識と集合的無意識と呼ばれます。
個人的無意識はフロイトの提唱した無意識に相当するものであり、個人のこころの中において意識に昇らない内容がある場所のことを指しています。これに対し、集合的無意識とは全人類に共有されている無意識の内容です。
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後年のユングは、世界中を旅し、各地の神話や昔話に共通する内容があることに気付きます。そして、人間のこころには、その個人独自の内容だけでなく、人類に共通して存在する領域もあるのだと考えたのです。
無意識の働き
ユングは無意識の働きを非常に重視していました。
あたかも、大海(無意識)に浮かんだ小島(意識)という喩えをしているように、意識の中心を「自我」、無意識を含めたこころ全体の中心を「自己」と呼んで区別することで、自我が心をコントロールすることの限界を唱えたのです。
フロイトの理論によれば、自我が内界のイドに対して防衛を行い、外界に適応するための核であると考えたのに対し、ユングは無意識を含めた「自己」の意向を理解し、したがって行くべきだと考えたのです。
なお、ユングは無意識には意識の足りないところを補うという機能を果たすと考え重視しています。これは補償と呼ばれており、普段は本人に自覚されることはありませんが、夢などの中でふと現れることがあると考えられています。
元型
元型(アーキタイプ)とは、集合的無意識の中に存在し、人類に共通して存在するイメージの基となるものです。
ユングは集合的無意識を提唱する際に、世界各国の神話や昔話に共通する内容があることに気付いたのですが、そのようなお話の中で象徴的な登場人物が基となっています。
代表的な元型には次のようなものが挙げられます。
【元型の代表例】
- ペルソナ(仮面):日常世界を生きるうえでの社会的役割のこと
- シャドウ(影):自分自身のこころとして認められず排除した部分
- アニマ・アニムス:男性の中の女性性、女性の中の男性性のこと
- オールド・ワイズマン(老賢者):冷静で思慮深い理想的な男性像のイメージ
- グレート・マザー(大母):全てを受容する大いなる母のイメージ
- プエル・エテルヌス(永遠の少年):ピーターパンのように大人にならない純粋無垢のイメージ
- トリックスター(道化):社会通念に反対し、規範を破壊するイメージ
元型は人間の感情生活の源泉であると考えられており、元型のバランスが崩れ、1つの原型があまりにも優位になるなどの場合は社会生活に支障をきたすおそれがあります。
例えば、プエル・エテルヌスは純粋無垢な若さの象徴ですが、大人になること、成熟の拒否の段階まで至ると、モラトリアム心性につながる恐れがあります。
また、すべてを受容する大いなる母であるグレート・マザーは子どもを可愛がり、育てる力である一方、子どもを抑えつけ飲み込み破滅させる怪物でもあります。
そのため、厳しい躾から虐待へとエスカレートしてしまっている状態などはグレート・マザーが暴走してしまっている状態であるとも考えられるでしょう。
ユング心理学では箱庭療法や夢分析の中での表現の中で現れる元型的イメージを解釈していくことに重きを置いているのです。
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ユングのタイプ論では、まず内向性と外向性のどちらなのかを考えます。
一般的に内向的というと、引っ込み思案で人づきあいが苦手などというイメージがありますが、ユングの言う内向性、外向性は次のような意味を持っています。
- 内向性:リビドー(心的エネルギー)が内側を向く
- 外向性:リビドーが外側を向く
フロイトがリビドーを性欲によるものであるとしたことに対し、ユングはリビドーをより普遍的な心的エネルギーとして考えていました。ユングのリビドーは生きていくために行われるあらゆる活動の根源となっているとされています。
そして、個人の興味関心が外界の事物や他者に向けられているという特徴が見られる場合は外向的であり、内界の主観的要因に興味関心を示す場合は内向的であるとされています。
ユングのタイプ論における「こころの機能」
次に、ユングはこころに次のような4つの機能があると仮定しました。
【こころの4つの機能】
- 思考
- 感情
- 感覚
- 直観
この時、思考-感情、感覚-直感というようにそれぞれのタイプは対を成しており、それぞれの機能のうちどれが優位に働くのかは個人差があります。
例えば、感情が優位に働く人は、対象を「これは楽しいものだ」のように感情的に反応したり、感覚が優位に働く人は、対象を「きれいな色をしている」などと感覚的に物事を捉えたりします。
ユングのタイプ論における性格の8分類
そして、この4タイプと内向性-外向性を組み合わせることにより次のような8つのタイプに分類することが出来るのです。
【ユングによる性格の8タイプ】
- 外向思考型
- 外向感情型
- 外向感覚型
- 外向直感型
- 内向思考型
- 内向感情型
- 内向感覚型
- 内向直感型
このようにタイプの名前に採用されている心理的機能は個人の中で優位に働いている機能ですが、そればかりに頼った生き方はやがて限界を迎えるとされています。
そのため、優位機能以外のものをいかに育てるかがユング心理学でのカウンセリングの核となっています。
布置と共時性
超心理学に関する研究も行っていたユングによる分析心理学は、「偶然」にも意味を求めようとすることが大きな特徴です。
共時性とは、意味ある偶然の一致のことです。
例えば、誰かがなくなったときに、その人の夢を見るという偶然があるとしましょう。このようなことは内的なイメージと外的な出来事の間につながりがあるためと考えるのです。
また、共時性とよく似た概念に布置というものがあります。これは多くのものが一点に集められたり、関連付けられることでまとまりを持って現れる現象のことです。
例えば、人生における多くの挫折経験はその時には何の意味も感じられず、苦痛をもたらすものだと感じられるでしょう。しかし、ある時にこれまでの様々な困難の経験が今の自分に繋がる意味あるものだったと気づけることもあるでしょう。
このような、無意味だと思われたことがまとまりを持って理解されることが布置なのです。
ユング心理学の面接態度
ユング心理学は理論化されているのに対し、面接技法自体は曖昧なものなため、治療者の経験や直感に左右されるという特徴があります。その中でも、無意識やイメージ、夢を重視し、クライエントから伝えられるメッセージの理解に努めていくのです。
このような曖昧なメッセージを捉えようとすることには曖昧さへの耐性が求められます。そして、そのような曖昧なものをクライアントと共有し、体験的に理解する姿勢が重要なのです。
拡充法
精神分析においてクライエントの内的状態を捉えるための技法で有名なのが自由連想法です。
自由連想法では、寝椅子などにリラックスして腰かけ、頭に浮かんだものを無批判に連想していくのですが、浮かんだイメージを連続的につなげていくことが特徴です。
例えば、「トイレ→汚い→怖い→母親→…」のようになるでしょう。
自由連想法とは?カウンセリングのやり方や基本規則、日常での活用事例を解説
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これに対し、拡充法は頭に浮かんだ1つのイメージをより多角的な視点から眺めていきます。
例えば、「トイレ→汚い、トイレ→人、トイレ→水…」のように中心を外さず、一つのイメージを突き詰めていくのです。
客体的解釈と主体的解釈
ユング心理学では無意識の内容を探るために夢を分析することもあります。
その際に用いられる技法として有名なのが客体的解釈と主体的解釈です。これは、夢の中の登場人物をどの立場から捉えるかを表しています。
例えば、夢の中に友人が登場した場合、その友人自体を解釈することが客体的解釈です。対して、その友人として振る舞う自分として解釈を行うのが主体的解釈です。
このように視点を変えてイメージに対して解釈を行うことにより、無意識の内容をより深く探っていこうとするのです。
ユングについて学べる本
ユングについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい本をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
ユングの生涯 (レグルス文庫)
ユングは牧師の家庭に生まれたこともあり、神学など心理学以外の学問にも広く精通しています。
そのようなユングの生涯をなぞることで、彼が提唱した理論もまた違う視点で見ることが出来るかもしれません。
ユング心理学入門
ユング心理学は、スピリチュアルな印象を受けることも多く、初学者は理解が難しくなることも多いでしょう。
そのため、まずユング心理学を学ぶ方は入門書を手に取ることがおすすめです。
フロイトの精神分析とは異なる無意識へのアプローチ
フロイトの下で精神分析を学んだユングでしたが、フロイトとは見解の相違により袂を分かち、独自の心理学理論を提唱しました。
ぜひこれからもユングの豊かな思想、理論に触れ、心理学を深く学んでいきましょう。
【参考文献】
- 吉田里美(2003)『ユング心理学の源流について』日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 (3), 118-130
- 入江良平(2008)『ユングにおける「無意識の知覚」について』トランスパーソナル心理学/精神医学 8 (1), 37-43
- 松下姫歌(2021)『<論文>心理臨床における現代的問題へのアプローチとしてのユング理論の再検討』京都大学大学院教育学研究科附属臨床教育実践研究センター紀要 24 118-158
- 吉川眞理(2012)『ユングによるパーソナリティ理論再考 : 自然のダイナミズムを手がかりとして』人文 10 103-118