防衛機制
とは、世界で最も有名な心理学者のフロイト(Freud,S)によって提唱された概念です。私達は自身の欲求が常に満たされる訳ではありません。欲求が満たされない時に、私達は防衛機制という方法を使って、自我を守っています。
心理学の専門書のみならず、高校の倫理の教科書にも出てくる有名な概念である「防衛機制」ですが、皆さんはご存知でしょうか?
いくつか種類のある防衛機制を、分かりやすく具体例を交えながら説明していきます。
目次
防衛機制とは
まずは防衛機制とは、そもそも何かについて説明します。
フロイトによる防衛機制の意味と定義
「防衛機制(Defense mechanism)」とは、精神分析の概念であり、ジークムント・フロイト(Freud,S)によって提唱され、娘のアンナ・フロイト(Freud,A)によって体系化されました。
私達は外界からの課題や、内的な欲求を常に対処していかなければなりません。しかし、それは必ずしも順調にいくとは限りません。
それらの課題が自身に酷く負担がかかる場合、これらの課題や欲求と結びつく記憶やイメージを意識から追い払う努力が行われます。これを防衛機制と呼びます。
防衛機制の種類と具体例
自我を守る機能である「防衛機制」には、いくつかの種類があります。以下でその中でも主要な12種類について説明します。またより分かりやすくするために具体例を交えながら説明していきますので、実際にイメージしながら読んでいただけると、理解しやすいかと思います。
転換
「転換(Coversion)
」は、意識から排除された欲求によって生じる葛藤が、象徴的に体のある感覚や運動器官に症状となって表現されることを言います。
例えば、「私は○○さんを酷く嫌いだ」と無意識では思っていても、それを意識的には受け入れられない時、「水を飲めない」などという症状を通して表現されることがあります。
投影(投射)
「投影・投射(Projection)」
は、自分の中の認められない様なある感情が、ある外的な対象(他人や物事)に所属しているとみなすことです。
例えば、「私は○○さんを酷く嫌いだ」と思っていても、それを自我は受け止めることが出来ずに、自分では気付かず、「○○さんが私を嫌いなのだ」と思う場合などがこれにあたります。
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退行
「退行(Regression)」
とは、現在の状態より以前の状態へ、あるいはより未発達・未分化な状態への逆戻りすることを指します。
これは具体例として、一般の発達でも見られる、子どもの「赤ちゃん返り」を考えてみると分かりやすいかもしれません。長男・長女は両親の愛を独占してる状態ですが、その理想的な状態を第二子によって脅かされますね。
しかし、弟・妹を家から追放するなんてことは出来ませんので、「両親の愛を独占したい」という欲求が満たされないため、退行することで自我を守っています。
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置き換え
「置き換え(Displacement)」
は、ある表象への関心や商店付けがその表象を離れ、連想上では結びつくが、自我にとってより受け入れやすい、別の表象に移りえるという心的現象を指します。
例えば、あなたが「どうしても高級な青森のりんごを食べたい」という欲求を持っていたとします。しかし、あなたのお財布にはどうもりんごを買うだけのお金が無い場合。あなたは「仕方ないから、こっちの安いりんごにしよう」と思うのではないでしょうか。こうした、達成が可能である別の選択肢に変更することを置き換えと言います。
同一視
「同一視(Identification)」
とは、主体が対象を模倣し、対象と同じように考え、感じ、ふるまうことを通じて、その対象を内在化する過程を言います。「同一化」とも言います。
例えば、あなたが大好きなアーティストと何とか会ってみたい、友達になりたいと思っても、この欲求はなかなか達成が容易ではありませんよね。
そこであなたは好きなアーティストの髪形や服装を真似てみたり、好きなアーティストが持っているアクセサリーと同じ物を買ってみたり、好きなアーティストの趣味や行動を真似てみるなんて経験はありませんか?
こうして、好きなアーティストと自分との共通点を作ろうとする行動は「同一視」と言えます。
打ち消し
「打ち消し(Undoing)」
とは、過去の思考・行為に伴う罪悪感や恥辱の感情を、それとは反対の意味をもつ思考ないしは行動によって打ち消そうとする無意識的行為を言います。
例えば、あなたが誤ってご老人を車で轢いてしまったとします。あなたは罪悪感の余り最初は「やってしまった。申し訳ない」と考えるかもしれません。
しかし、その罪悪感が余りに大きく、耐えきれなくなると「あの人が、飛び出してきたのが悪いんだ」「これだから年寄りは認知能力が低い」と俗に言う"逆ギレ"によって自我を守ろうとするかもしれません。これを打ち消しと言います。
合理化
「合理化(Rationalization)」
とは、自分の取った態度や行為、思考、感情などに対して、論理的に妥当な一貫性のある説明を行おうとする心的機制です。これは「酸っぱいブドウ」というイソップ童話が具体例として有名です。物語の内容は以下の通りです。
キツネがある日、たわわに実った、とっても美味しそうなブドウを見つけました。しかし、何とか食べようと必死にジャンプしてもブドウに届きません。キツネは結局諦めて「あんなブドウ、きっとすっぱくて美味しくないに決まってる。誰が食べてやるものか」と捨て台詞を吐いて立ち去る。
この物語では、キツネは「ブドウを食べたい」という欲求が満たされないため、「あのブドウはすっぱくて美味しくない」という合理化を行っています。
知性化
「知性化(Intellectualization)」
とは、特定の欲求や感情を直接意識化したりあるいは、表出したり行動に移したりする代わりに、論理的な思考過程や知識の伝達、客観的認識や観察に置き換える過程であるとされています。
具体例として、恋愛片思いを経験している青年を想定できます。
彼らは、「私は○○さんが好きだ」という恋愛状態にあるが、その思いを告げることが不安や恐怖で出来ず、代わりに「恋愛とは」という抽象的な本や映画によって論理的に知識を深めることで満足するといった場合がこれにあたります。
逃避
「逃避(Escape)」
とは、葛藤や欲求不満を自覚させるような困難で危険な事柄、状況から他の安全な所へ逃げるといった心的機制を指します。
具体例として、「明日、試験を控えている」という学生が、前日にカラオケに遊びに行ったり、喫茶店で友達と談笑しに行ったりと、「勉強しなくてはならない」といった現実の課題から目を背け、自室や塾、勉強机といった「勉強しなくてはならない」といった感情を自覚させる対象から遠ざかろうとする行為を指します。
抑圧
「抑圧(Repression)」は
、自我にとって危険で耐えられない衝動、それに結びついた記憶、イメージを意識から追放すること、あるいは無意識にとどめておくことを指します。
具体例として、学校で酷くいじめを受けている中学生が居たとします。彼は学校でのいじめがトラウマになる余り抑圧することで、数年後に「学校でどのようないじめを受けていましたか?」と聞かれると、当時のことを覚えていないと振り返るかもしれません。
実際こうした例は、精神科や教育相談センター等、臨床の現場では多く見受けられます。
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反動形成
「反動形成(Reaction formation)」
とは、抑圧された諸傾向と正反対の態度が強調して示される事です。
例えば、あなたが「○○さんが酷く嫌いだ」という敵意を持っていたとします。そこであなたが逆に、その○○さんに対し極端にへりくだり、馬鹿に丁寧な態度を示した場合、その行為は反動形成であると言えるでしょう。
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昇華
「昇華(Sublimation)」
とは、ある禁止された本能的欲求がその目的を性的満足、攻撃的満足など社会的に否定されるものではなく、社会的に好ましいものに変えることによって発散されることを指します。
例えば、あなたが「○○さんを好き」であり、「性的行為をしたい」という欲求を持っていたとします。しかし、その性的欲求は社会的には否定的なものであり、(特にあなたが女性であれば)認めがたいものです。
そこで、「○○さんと性的行為をする」代わりに、小説を書いたり、資格試験の勉強をしたりと社会的に望ましい行為に置き換えて気分を発散させることを昇華と言います。
防衛機制に関する心理学的研究
防衛機制という言葉はフロイトによる著書『防衛―神経精神病』という本で1894年において既に記されています。フロイトは防衛とヒステリーについての関連性を、フロイトの臨床経験から彼独自の考察を展開しました。
その後、ヴァイラントによって、防衛機制は4つの段階に分けられています。
- 精神病的防衛 精神病者が取りやすい防衛機制であり、転換や投影がここに分類される。
- 未熟な防衛 防衛機制としてやや機能の弱いものであり、退行などがここに分類される。
- 神経症的防衛 神経症水準の患者が取りやすい防衛機制であり、合理化や置き換えがここに分類される。
- 成熟した防衛 健康的な人が取る防衛機制であり、知性化や昇華がここに分類される。
日常生活における防衛機制の対策と活用
日常生活において防衛機制はどのように行われているのでしょうか。まず第一に理解しておきたいのは、防衛機制とは、それそのものが悪い行為ではないことです。
見出しとして「対策」と入れてはいますが、防衛機制はあなたの自我を守るための心的機制であり、決して「防衛機制は行ってはならない、悪い行為である」と誤解しないようにしましょう。
しかし、防衛機制を行うことで社会的に問題を起こす事も確かにあります。そういった時には対策が必要でしょう。以下の対策と活用をぜひ頭に入れておきましょう。
ビジネス
ビジネスの場面では、逃避により社会的問題を引き起こしてしまうケースがあります。
どうしても会社に行くのが嫌だという場合には、ずる休みをして公園や喫茶店に一人で遊びに行ってしまうなんてこともあるかもしれません。一度くらいの逃避ならまだしも、これを繰り返してしまうと最悪、首なんてこともあるかもしれません。
対策として、まずは自分が会社に行くことに対し、酷くストレスを受けているということを自覚しましょう。そして防衛機制を「昇華」や「置き換え」にするよう意識するというのも有効な手段かも知れません。
公園に行くくらいなら会社内で楽しみを見つける。喫茶店でお茶をするくらいなら、喫茶店でも出来る仕事を探すといった方法が有効な活用方法です。
恋愛
恋愛の場面では、反動形成により社会的に問題を引き起こしてしまうケースがあります。
例えば、あなたが長年付き合っている彼氏(または彼女)に振られてしまったとしましょう。あなたはその失恋を余りに受け入れ難く、また彼(彼女)に好きになってもらいたいと思うかもしれません。
しかしその思いが満たされない時、満たされない思いがあなたの自我に余りに負荷をかけ過ぎる余り、反動形成により、逆に相手を苦しめてやろうという行動を取ってしまう可能性があります。
こうした時、対策としてはまず何より自分が反動形成といった防衛機制によって自我を守っているという状況に気付きましょう。
そして相手に暴行やストーカーなどの法的な行動を自身が行ってしまう恐れがある場合には、家族や気の許せる友人、カウンセラーなどの信頼に出来る相手に現状のあなたの辛さや心への負担を打ち明けてみることをおススメします。
防衛機制について学べる本
防衛機制をさらに詳しく学びたい方には、以下の2冊がオススメです。
心理臨床大辞典
精神分析について非常に詳しく記載されています。著者も非常に高名な方たちばかりで、精神分析の巨匠が名を連ねています。高価な本ですが、心理臨床の専門家を目指す方は必ず手に持っておきたい一冊です。
精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に
防衛機制のみならず、精神分析的な視点から人の性格や行動について理解したいと思う方にオススメの一冊。サブタイトルに「心理療法を始める前に」ともある様に、初学者の方にも読みやすくオススメの一冊です。
防衛機制は悪者ではない
いかがだったでしょうか。防衛機制を説明するにあたり「自我」や「心的機制」など、専門用語も多く、概説だけでは理解しにくい所もあったかと思います。
今回の記事では、これでも専門用語を出来るだけ削りました。専門書を開いて防衛機制について調べてみると、専門用語の多さが分かるかと思います。しかし、具体例から実際にイメージを持ちながら読んでみると比較的スムーズに理解できたのではないでしょうか。
何より忘れてはならないのは、防衛機制は「自我を守る機能」であり、決して悪者ではないことです。防衛機制を取らない様にしようとすると、うつ病になったり、イライラしたりと、それもそれで精神的・社会的問題を引き起こす原因になります。
防衛機制を無くすのではなく、意識し、共存していけるようにしましょう。防衛機制は悪者ではなく、あなたを守る「味方」なのです。
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参考文献
- 精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に. (2008). 馬場禮子.
- 心理臨床大辞典. (1999). (編集)氏原寛. 亀口憲治. 成田善弘. 東山紘久. 山中康弘.
- Psychodynamic Psychology: Classical theory and contemporary research. (2004). Matt Jarvis.