心理学は目に見えないこころを扱う学問です。そのため、その一部を何らかの目に見える形する心理検査を通じて、こころを捉えようとしてきました。
今回は心理検査の代表的な手法として質問紙法を取り上げ、その長所や短所、具体例を通じて質問紙法の特徴をご紹介します。
質問紙法とは
質問紙法とは、心理検査の手法の一つであり、被検者に一連の質問項目を提示し、「はい」「いいえ」「どちらでもない」などの回答を選ばせることで被検者の心理的特徴を捉えようとする心理検査の手法のことを指します。
測定内容はパーソナリティを多面的に捉えようとするものと検査時の被検者の心理状態を捉えるものに大別されます。
質問紙法の特徴:他の心理検査法との比較
心理検査法には、質問紙法の他にも投影法や作業検査法などの種類があります。それぞれの特徴を整理して表にまとめました。
「質問紙法」の特徴としては、施行が比較的容易であり、集団で実施出来る点が挙げられます。そのほか、結果の数値化が容易であり、客観的な比較がしやすい点も特徴です。
「投影法」とは、あいまいで抽象的な刺激を被験者に提示し、それに対する被験者の反応からパーソナリティや無意識レベルの深層心理を測定する方法です。
質問紙法に比べて検査の意図が読みにくく、回答の操作が行いにくいといった特徴があります。他方、実施に時間を要することや集団実施が難しいこと、実施や解釈において検査者が熟練されている必要があることも投影法の特徴として挙げられます。
「作業検査法」とは、一定の作業課題を与えて、その作業経過や結果に基づいてパーソナリティなどを理解する方法です。反応の意図的な歪曲が起こりにくいことや被験者の言語能力に依存しないことが特徴として挙げられます。
質問紙法 | 投影法 | 作業検査法 | |
実施方法 | 集団実施も可能 | 基本的には個人で実施 | 集団実施も可能 |
所要時間・被検者の負担 | 比較的短い・負担が低い | 比較的長い・負担が高い | 比較的長い・負担が高い |
採点・解釈 | 比較的容易 | (検査者の)熟練を要する | 比較的容易 |
回答・反応の操作 | 操作しやすい | 操作しにくい | 操作しにくい |
言語能力への依存 | 依存する | 依存する | 依存しない |
質問紙法の長所と短所
心理検査を用いても被検者のこころの全てを把握できるわけではなく、その手法ごとに長所と短所が存在します。
質問紙法の長所
- 施行・結果の整理が容易である。
- 集団実施が可能である。
- 統計的・客観的データが得られる。
- (多くの質問紙法では)短時間で済む。
- 解釈に検査者の主観が入りにくい。
質問紙法は豊富な種類が存在し、実施も簡便なものが多いため、被検者への負担も少ないという特徴があります。
そのため、検査目的に沿って、必要な種類を組み合わせて検査を実施することができます。このように、心理検査を組み合わせて用いることをテストバッテリーと呼びます。
質問紙法の短所
- 回答が被検者の主観に依存するため、社会的望ましさなどによって回答に歪みが生じる可能性がある。
- 無意識の層まで測定が困難。
- 回答者が置かれた状況を統制しにくい。
- 観察法に比べ、行動過程を記録できない。
- 被検者の言語理解能力に依存する。
質問紙法は回答が自己評定であるため被験者の意識的な部分しか読み取れないほか、回答が社会的に望ましい傾向に歪められることが懸念されます。
また、被検者の言語理解能力に依存する点もあり、質問項目に対する理解が被験者によって一定ではない可能性も指摘されます。
質問紙法の留意点
心理検査全般として言えることではありますが、1つの検査で捉えられる情報は限定的であるという点に留意することが必要です。
検査結果を過信し過ぎることなく、面接や観察などの他の手段を用いるほか、時にはテストバッテリーを組む(様々な種類の検査を組み合わせること)ことで全体的理解を試みることが重要となります。
また、質問紙法の心理検査を作成する際の留意点には、測りたいことが正しく測れるように、簡潔で分かりやすく、曖昧で漠然とした表現を避けることや誘導的な質問をしないことなどが挙げられます。
質問紙法のやり方:教示方法
質問紙法には教示文と質問項目の2つのパートに分けることができます。
質問紙法の教示文
教示文とは質問紙に回答する前に実施する質問紙調査の目的や回答方法について説明する文章のことです。
例えば、一般的なアンケートに回答する際でも、どのような調査なのかを分かっているのといないのでは答える際の不安が生じるなど心境に大きな差が生まれますよね。
このように、質問紙調査でも教示によっては質問紙項目が同じでも教示によって回答傾向が大きく異なる可能性があります。そのため、検査の実施前に被検者が不安や疑問を抱かないようしっかりとした教示を行う必要があるのです。
ここでは、主な教示方法をご紹介します。
場面想定法
教示によってある特定の状況を作り出し、その状況での心理的な傾向を測定する方法です。
例えば、「あなたが交通事故にあった際、こころにどのような思いが生じますか?以下の設問に答えてください」のように、被検者が仮にある状況に置かれたとしてという条件のもとで回答を求めます。
なお、場面想定法で提示する状況設定の刺激のことはビネットと呼ばれます。
回想法
教示によって過去の出来事や考え、感情について思い出すよう教示する方法です。
例えば、「学生時代のテスト期間中についてお尋ねします」のように過去の出来事を思い出し、その時の心境を答えるよう促すのです。
なお、場面想定法では、過去の出来事を被検者が体験していない場合をどのようにするのか、あまりにも昔の出来事だった場合、回答の信頼性と妥当性に支障をきたすといった課題も残されています。
質問紙法のやり方:回答の方法
質問紙調査は事前に用意された質問項目に回答してもらうことでデータを収集します。ここでは、主な回答方法の種類をご紹介します。
リッカート法
リッカート法とは「全く当てはまらない」から「非常に当てはまる」のように段階的な選択肢を用意し、その中で最も適当なものを選んで回答させる方式です。
質問紙法でもっとも用いられている回答形式であり、統計的な分析にもかけやすいという利点があります。
心理学の研究を見ていると、5件法や7件法といった記述が出てきますが、これはリッカート法の中でも1つの回答項目にどれだけ選択肢が並べられているかを表しています。
二件法
2件法は、「はい」、「いいえ」のように質問文に対し、2つの選択肢のどちらかを選んで回答してもらう方式です。
この場合、教示や質問項目刺激が曖昧だと、被検者の中で疑問や迷いが生じ、どちらかを選べない(どちらともいえない)という第3の回答が生まれてしまう可能性があることに注意する必要があります。
複数選択法
質問文に対し、「当てはまるものを全て選んでください」や「当てはまるものを○○個選んでください」のように、1つの質問から選択肢を複数選んで回答させる方式です。
順位法
質問文に対し、項目を並べ替えて回答するよう求める方式です。
例えば、「あなたの好きなテレビ番組は何ですか。次の項目を好きな順に並び替えてください」のように順位をつけさせるものが挙げられます。
VAS(Visual Analogue Scale)
VASとは10㎝ほどの線分を用い、質問項目に対する主観的な程度を直線状に印をつけることで評定する方法のことです。
例えば、急性の慢性疼痛などを対象として、線分の左端が「痛みがない」、右端が「最悪の痛み」として痛みがどの程度なのかを線分に印をつけることで主観的な感覚を測定したりします。
VASは評定が容易にでき、数量的に評定しにくいものも対象と出来るという利点があります。
自由記述法
自由記述法は質問文の後に設けられた回答欄に自由に記述を行わせる方式です。
自由記述法で得られた回答は統計的な分析を行うことはできませんが、それを基に被検者のより深い心理を捉えることができるという利点があります。
質問紙法の代表例
代表的な質問紙の例をいくつかご紹介します。
MMPI(ミネソタ多面人格目録)
MMPIとは、ハサウェイ,S.Rとマッキンリー,J.Cが開発した質問紙です。
MMPIは被検者のパーソナリティを捉えるパーソナリティ検査の一つであり、精神医学的診断を行うための補助ツールとして開発された経緯にもあるように、臨床場面で多く活用されています。
MMPIの大きな特徴としては、14の下位尺度から構成されている(10の臨床尺度と4の妥当性尺度)ことが挙げられます。
特に妥当性尺度は質問紙法の欠点でもある、虚偽の回答を検出するために設けられたものであるため、MMPIの検査結果は信頼性と妥当性に優れているとされています。
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心理臨床の場面では、抱え ...
東大式エゴグラム(TEG)
エゴグラムは精神科医のデュセイ,Jによって開発された心理検査です。
エゴグラムはバーン,Eが提唱した交流分析と呼ばれる心理療法を基に、弟子のデュセイは交流分析を行う上で重要となる5つのこころ(批判的な親・養護的な親・大人・自由な子ども・順応した子ども)を測定し、クライエントのパーソナリティの偏りを捉えることを目的として開発されてます。
日本においてもっとも用いられているエゴグラムは東大式エゴグラム(TEG)と呼ばれる検査であり、得られた測定結果をグラフ化することで被検者の性格傾向や行動パターンが捉えやすいという特徴があります。
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日常生活、職業生活をより! ...
Y-G性格検査
Y-G性格検査(矢田部ギルフォード性格検査)とは、アメリカの心理学者ギルフォードが作成したギルフォード性格検査をモデルに、矢田部達郎らが日本版として作成した質問紙法の心理検査です。
性格傾向、思考や行動のパターン、対人関係の特性などを測定することが目的であり、後述する12の尺度の強弱をグラフ化することで、回答者の特性を視覚的に把握することが可能となります。実施や採点が比較的簡便なこともあり、医療・産業・教育など様々な場面で広く活用されています。
実施において「強制速度法」(検査者が質問を読み上げ、それに合わせて回答をさせる方法)が採用されており、考える時間が短くなるため、回答の意図的な歪曲がある程度は防げることが期待されます。
Y-G性格検査とは?やり方や結果の解釈、代表的な類型について解説
今回は心理検査の中から「Y-G& ...
MPI(モーズレイ性格検査)
MPI(モーズレイ人格検査)とは、アイゼンク,H.J.が開発したパーソナリティを測定する質問紙法の心理検査です。
MPIにおいては、アイゼンクの性格理論における「内向性-外向性」や「神経症傾向(不安や抑うつなど情緒の不安定さ)」を測定しています。
なお、内向性とは外界よりも自分自身に興味や関心が向けられやすい性格をあらわし、外向性とは外の世界に対して興味や関心を示し、社交的で活発な性格をあらわします。
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心理検査には様々な種類が ...
NEO-PI-R
NEO-PI-Rとは、パーソナリティをいかに示す5つの基本的な特性から説明しようとする理論である「ビッグファイブ理論」に基づいた心理検査です。
- 神経症傾向:不安や抑うつなどネガティブな気分へのなりやすさ、情緒不安定性
- 外向性:活動的で社交的な傾向
- 開放性:新しかったり珍しいものに興味を持つ傾向、経験や知識に対してどれだけ開かれた態度を持つかに関わる
- 調和性:他者に対する共感性や優しさの程度を表す
- 誠実性:まじめさの程度を表す
NEO-PI-Rとは?ビッグファイブ理論に基づいたパーソナリティ検査の特徴や解釈法を解説
パーソナリティに関する理# ...
STAI(状態不安-特性不安検査)
STAIとはスピルバーガー,C.Dらが作成した「不安」を測定する質問紙法の心理検査です。
そもそも不安という概念は次の2つに分けることができます。
- 特性不安:性格傾向としての不安。慎重・心配性などといった不安を感じやすい傾向のことであり、特性不安が高いほど、慢性的・日常的に不安を抱えているとみなされます。
- 状態不安:一時的な不安。ある特定の状況や物事に直面したときに感じられるものですぐに解消されるという特徴があります。
不安をこの2つに分けて測定することは心理療法において重要な意味を持つことがあります。
例えば、状態不安が強い人に対し鎮静剤等の薬物療法を適用すると即効性が認められますが、特性不安の強い人に投薬や心理療法を行っても効果が表れるまで比較的長期の経過を要するという違いがあります。
そのため、STAIのようにどの不安が強いのかを測定することは治療計画を立てるうえでも重要な指標となることがあるのです。
STAI(状態-特性不安検査)とは?その目的や点数の採点法について解説
心理臨床の現場において、 ...
MAS(顕在性不安検査)
MAS(顕在性不安検査)とは、テイラーが開発した顕在性不安(意識化できる不安)を測定する質問紙法の心理検査です。
MASは、MMPIから不安に関する項目(50項目)を抽出し、日本版においては、これらに虚偽尺度を加えて構成されています。
BDI(ベック抑うつ質問表)
BDI(ベック抑うつ質問表)とは、ベックが開発した抑うつの程度を測る検査です。
過去2週間の状態についての質問(21項目)に回答し、抑うつ症状の重症度を評価する検査であり、身体症状に関する項目が少なく、気分や認知に重点が置かれている点が特徴です。
日本版BDIーⅡにおいては、各項目0~3点で評価し、14~19点が軽度・20~28点を中等度・29点以上を重度と区分されます。
SDS(うつ性自己評価尺度)
SDS(うつ性自己評価尺度)とは、ツァングが開発した抑うつ性の程度を測る検査です。
憂鬱感や疲れ易さ、入眠障害などに関する質問(20項目)に回答し、抑うつ症状の重症度を評価する検査です。各項目0~3点で評価し、40~47点が軽度・48~55点が中等度・56点以上が重度と区分されます。
SDS(自己評価式抑うつ性尺度)とは?特徴や結果のまとめ方をわかりやすく解説
抑うつを測定する方法には ...
GHQ精神健康調査票
GHQ精神健康調査票とはイギリスのゴールドバーグ,Dが開発した軽度な精神障害症状や神経症症状をを発見するための質問紙です。
2~3週間前から現在までの健康状態で、精神的・身体的問題があるかどうかについて尋ねており、質問内容も日常的で身近なものとなっているため、人種や宗教、文化、社会が異なっている場合も実施でき、国際比較研究も可能とされます。
このような特徴は災害現場などでも重宝されるようです。災害など未曽有の事態に巻き込まれた場合、ASD(急性ストレス障害)を発症する人も少なくありません。
しかし、災害現場で一人ずつ症状を丁寧に聞き取り診断を行うだけの余裕はなく、ストレス障害の疑いがある人をふるいにかけるスクリーニングテストとして有用です。
また、短時間で容易に実施ができるという特徴から病院や、学校、企業等でも用いられています。
GHQ(精神健康調査票)とは?特徴や解釈法についてわかりやすく解説
GHQ(精神健康調査票)は心理& ...
質問紙法について学べる本
質問紙法をこれから学ぶ方へおすすめの書籍をまとめました。
質問紙調査と心理測定尺度―計画から実施・解析まで
質問紙法は心理臨床の現場だけでなく、研究の分野でも用いられている手法です。
この本は質問紙調査を一度も経験したことのない初学者が押さえておくべき基本的な知識から、研究の計画、データの整理・解析、論文・レポートのまとめ方と調査に係る一連の関連分野まで網羅されている良書です。
これから質問紙を使って心理学研究を考えている方はぜひ手に取ってみてください。
[三訂]臨床心理アセスメントハンドブック
心理士の強みの1つであるアセスメントに用いられることもある質問紙法はもちろんのこと、アセスメントの目的や狙いに沿った計画を立て、得られた結果を心理療法に生かすまでの効果的なアセスメントを実施するために必要なことがまとめられている良書です。
関連するキーワード
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質問紙法を理解するためのポイント
- 質問紙法とは、被検者に一連の質問項目を提示し、質問項目への回答を整理・数量化することで心理的特徴を捉えようとする心理検査の手法である
- 質問紙法の長所は、実施が簡便なものが多く、被検者への負担も少ない点が挙げられ、短所としては、被験者の意識的な部分しか読み取れないほか、回答が社会的に望ましい傾向に歪められることが挙げられる
- 実施においては、検査結果を過信し過ぎることなく、面接や観察などの他の手段を用いること、テストバッテリーを組むことで全体的理解を試みることが重要となる
- 質問紙法には教示文(質問紙調査の目的や回答方法の説明する文章)と質問項目のパートがあり、被検者が不安や疑問を抱かないようしっかりとした教示を行う必要がある
- 質問紙法の回答方法としては、リッカート式(「全く当てはまらない」から「非常に当てはまる」のように段階的な選択肢から選択して回答)や自由記述法などいくつかの種類がある
- 質問紙法は種類が豊富であり、MMPI(ミネソタ多面人格目録)やY-G性格検査、TEG(東大式エゴグラム)など様々な検査があり、検査目的に沿って、必要な種類を組み合わせて検査を実施することが重要である
質問紙法で得られた結果の過信は禁物
質問紙法などの心理検査は、面接・観察では理解出来ない個人の内面の把握など有効な情報収集の手段となり得ますが、検査結果の過信によるラベリングやステレオタイプ形成の可能性もあり、情報収集を心理検査だけに頼ってしまうのは厳禁です。
検査結果はクライエントの一側面をあらわしているに過ぎないことを留意しつつ、面接・観察と合わせて理解するといった補完的な役割として検査を有効に用いるように心がけましょう。
そして、検査を選択・実施する際には、質問紙法や投映法など検査法の特徴、各検査の特徴や検査で測定できる対象を理解した上で、目的に沿った検査を選択し、正しく実施することが求められます。
参考文献
- 山下利之(2015)『特集③人間工学のための計測手法 第3部:心理計測と解析(1):-質問紙による計測と解析-』人間工学 51(4), 226-233
- 中里克治・水口公信(1982)『新しい不安尺度STAI日本版の作成 : 女性を対象とした成績』心身医学 22(2), 107-112
- 下山晴彦 監修(2012)『面白いほどよくわかる!臨床心理学』西東社